総務省吉田総務審議官インタビュー:通信インフラ、AIが社会で使われるルールづくり必要

 電波タイムズではこのほど、総務省のICT分野における研究開発政策などを吉田眞人総務審議官に聞いた。吉田総務審議官は、コロナ禍にみまわれた2020年(令和2年)を振り返って、同省が設定した「ICTグローバル戦略」の方向性や取組、G20デジタル経済大臣会合の成果、多言語音声翻訳技術の将来、ICTの海外展開などについて話した。  ――総務省は2019年5月、「ICTグローバル戦略」を公表しました。社会全体のデジタル化の推進によって、国連の持続可能な開発目標(SDGs)の達成やSociety 5・0の実現に貢献することを目的とし、それらの達成や実現に向けた方策を掲げたと聞いております。「ICTグローバル戦略」について、その方向性、取組をお聞かせください。 「ICTグローバル戦略の特長は、国際戦略と技術戦略を一体化して議論するということだ。ICTの国際化というのは技術の高度化と、高度化された技術を海外展開していくということの必要性という点で両者を一体化したことに意義がある。ただ、戦略において重要なことは、これを実際に実装して実現していくこと。様々な戦略が日々打ち出されるが、その戦略として打ち出したことが具体的に個別のプロジェクトに落とし込んで実施していくというのは非常に重要だと考えている。そのために「総務省海外展開行動計画2020」を昨年の5月に公表している。デジタル分野を中心に20くらいの分野を選定し、総務省の持っている政策資源をそれに投入することによって海外展開に取り組んでいる。〝具体化〟していくことが非常に重要だと考えている。さらに、それを実行していくために官民の連携は非常に重要で、官民のデジタル海外展開のプラットフォームを作るべきだ。「総務省海外展開行動計画2020」にも掲げられていることだがプラットフォームこれを2020年度中の立ち上げに着手したい。プラットフォームこれを通じて政府全体の新たなインフラ海外展開戦略の一翼を担うという意味で積極的に取り組んでいきたい」。 ――第5世代移動通信システム(5G、IMT―2020)について、2020年11月に開催されたITU―R SG5 WP 5D第36回bis会合で無線インタフェースの新勧告案が作成され、上位会合(SG 5)に提出されました。ITU―R勧告の策定を受け国内外で5Gの導入・普及がより進展・加速化されることを踏まえ、5Gの国内での普及のための取組や海外への展開のための取組を推進していくとしています。この経緯と意義、今後の動きをお話しいただけますか。 「5Gは、言うまでもなく中長期的なICTの発展のための基本的なインフラになる技術であり、世界各国が取り組んでいる。さらに、その先のBeyond 5Gにも取り組んでいるが、目の前の様々なプロジェクトを推進していく基盤となっていくのは5Gだ。情報通信技術は、ITUをはじめとした様々な公的な標準機関で標準化される部分と、それとは並行してデファクト的に進んでいく部分と両方ある。ただ、ITUという機関で勧告化されることにより、途上国をはじめ世界各国は新しいシステムを導入する際に〝ITUの勧告〟という一つの基準を参考として導入をしていくという傾向にあるので、ITUの勧告案とは技術がグローバルに普及していくという意味で意味があるように思っている。5Gは多くの国ではこれから始まろうとする通信規格なので、途上国がこれから導入をしていこうという際にデファクトしかないと何を基準にしていいか分からないが、ITUで1つの標準を確立していると基本的にはそれを基準にして導入していこうという流れになる。いずれも我々はITUでの動きを見据えつつ、一方で現実の市場ビジネスが動いていく面もあるため、総務省としても関連の様々な企業の皆さんと十分にコミュニケーションをしてビジネスマインドを持って進めていくことも必要だと考えている」。 ――2020年7月22日、G20デジタル経済大臣会合がテレビ会議形式で開催されました。AIをはじめとしたデジタル技術の活用拡大に関し国際連携を強化することを確認するとともに、閣僚声明を採択しました。閣僚声明のポイントとお聞かせください。今年(令和3年)はイタリアで開催予定ですが、どういった点がテーマになるとお考えですか。 「本来であればサウジアラビアで開催されるはずだったが、新型コロナウイルス(COVID―19)の影響で7月にオンラインに置き換わる形になった。その中で精力的に様々に取りまとめをしてもらったなかで、日本にとっても評価できる内容だったと捉えている。2019年に日本が議長国として取り組んだDFFT(信頼ある自由なデータ流通)とAIの G20としての原則は、我々が日本として重点を置いたデジタルの原則。そこをしっかりと引き継いでいただいたと認識している。この重要性を再度オンラインのデジタル経済大臣会合で確認した。また、2020年の4月にデジタル技術を活用することによるコロナ対応に関する大臣会合を臨時で行った。プライバシー保護やセキュリティ、安全なインターネット空間維持などを議論した。コロナ対応にデジタル技術を活用していくのは非常に有効だが、個人の行動履歴とプライバシーの問題から一部注意が必要だ。4月に行われた大臣会合で議論が行われたことは価値があることだと思う。そのような意味でサウジアラビアは、議長国としてしっかりとした対応をしたと思う。2021年の議長国はイタリアだが、恐らく引き続き新型コロナウイルス(COVID―19)にどのように対応していくのかが重要な課題になるだろう。また、ポスト・コロナ時代のデジタル技術活用についても中心議題の一つになるだろう。イタリア独自の議題として、中小企業とデジタルの活用も問題になってくるのではないかと思う」。 ――総務省と情報通信研究機構(NICT)は、多言語音声翻訳技術の新たな活用方法の「アイデア」と「試作品」を募集する「多言語音声翻訳コンテスト」を募集しています。「グローバルコミュニケーション計画2025」の一環として行うものということですが、「グローバルコミュニケーション計画2025」のねらい、概要をお話しください。2021年は東京オリパラが開催され、ますます言葉の壁を超えたグローバルな交流が広まると思いますが、今後の多言語音声翻訳技術の開発・普及に引き続きどう取り組むかお話しください。 「多言語音声翻訳技術は、2021年に開催される東京オリンピック・パラリンピックと、2025年に開催予定の大阪万博をターゲットに取り組んでいる。レベルは上がってきていて、多くの場面で翻訳の技術が使われている。中核となって取り組んでいるNICTが〝VoiceTra〟(ボイストラ)を開発し、一般にも活用していただけるような形にしており、翻訳精度は実用に耐えるレベルになってきている。もっと精度を上げていって、2025年の大阪万博には同時通訳をできるレベルにまでもっていきたいと考えている。このようなものを開発する理由は、グローバルになればなるほど言語翻訳の負荷を技術によって下げることで、グローバルな交流を促進できる面はあると思っているためだ。デジタル技術による翻訳だけですべての局面が対応できるわけではないが、インバウンドの旅行者と日常会話で接するレベル、医療や事故などの緊急時の状況には十分耐えうるような精度になってきている。また、英語のことばかり考えがちだが、現在東南アジアの国々から多くの外国人が日本に来ている。ボイストラでは重点を置いている言語が12言語あり、東南アジアの主要な言語はカバーできている。そうすると、アジアの方との交流はより容易になる。言葉の壁を下げていくことによってグローバルな人々の交流をより一層容易ならしめるということがこのプロジェクトの主旨。今後の技術進展により、将来は外交交渉のようなハードな交渉も自動翻訳でできるようになるよう目標設定して取り組んでいる。ほぼ全てのコミュニケーションが自動翻訳でできる未来がやってくるかもしれない。一方で、言語に代表される相手の文化を理解するための努力は否定されるべきではない。その両面と相まって進んでいく社会になればいいと思う」。 ――総務省では、ポスト・コロナの未来社会を見据えた新たな価値を創造する、野心的な破壊ICTイノベーションへの「挑戦」とその地球展開を支援する「異能vation」プログラムでこのほど選考結果を公表しました。この「異能vation」をはじめ〝異色多様な「挑戦」を地球の隅々まで発信する〟取組についてお話ください。 「平成26年度に『異能vation』プログラムを打ち出した際は〝変な人〟プロジェクトと言っていた。年々広がりを見せ、年間1万件ほどの応募がある。破壊的イノベーションを募集する部門と、年齢を問わず自由なアイディアを募集するジェネレーションアワード部門があり、海外への広がりも見られる。2020年からはタイにも拠点を置き、200~300件の応募があった。インドネシアにも広げていこうという計画もある。元々応募資格のないプロジェクトでグローバル志向の施策だが、個別の国と覚書を結び、周知をしてもらうことでより様々な国のイノベーションが促進されるのではないかと考えている。今年度はおよそ1万8000件の応募があり、小学生から80歳を超えるお年寄りまで、様々な方からアイディアが寄せられている。破壊的イノベーションを創出するというアワードに継続的に挑戦するなかで、起業する人も少しずつ出始めている。参加していた人のネットワークも大切にしていって、その中から新しいビジネスにチャレンジしたり、チャレンジする人を支援する仕組みなどが出てくればいいと思う。総務省としても引き続き取り組みを支援していく」。 ――世界規模のコロナ禍の中で、今後のICTの研究開発/社会実装、国際標準化、インフラ・システム・サービスの海外展開でどういった影響を及ぼすとお考えですか。 「今回のコロナ禍で最も重要なのは、全ての人がICTの重要性を再認識したことだ。様々な制約がある中で社会活動を維持できているのも、ICTに下支えされているところが大きい。そこで、次に考えなければならないのは新型コロナウイルス(COVID―19)が落ち着いたあとに、このコロナ禍の経験をどのように生かしてより良い社会を作っていくのかを考えることが重要。ICTをどのように社会に定着させていくかを考えなければならない。特に、Beyond 5Gも含めた通信インフラ、AIの技術発展などだ。AIに関しては新しい技術なので、円滑な社会実装のためのルールメイキングを併せて行っていくことが必要。例えば、AIによる医療行為や自動運転によって事故が発生した場合の責任はどのよう規定していくのか。ポスト・コロナ時代の研究開発は、研究開発と同時に技術が円滑に社会で使われるような、制約的にならない形でのルールメイキングをしていかなければならない。総務省としては民間の研究開発を支援しながら、どのようにルール作りを行っていくのかを議論するのが役割だと思っている。また、技術力と社会実装によって積み重ねた知見を、海外に展開することによって途上国をはじめとする他国の発展に貢献したいという思いがある。特にSDGsの実現に貢献していきたい。SDGsの貢献のためには、開発援助的なアプローチだけではなく、ビジネスとして成り立たせる視点が重要。援助を行う国の市場のニーズに対し、日本の企業がサービスとして提供することでサイクルが回り、Win―Winの関係になる。海外展開において重要なことは、SDGsによって世界が持続可能な開発をしていくためにはビジネスとして回っていく仕組みをうまく考えていく必要があることだ。海外展開の際は、その現地のニーズを細かく把握し、そのニーズに合ったものを提供していくことが重要。これから官民共通のプラットフォームを作っていくなかで、世界の様々な市場の動向やデータを整理し、民間の企業に提供する仕組みを設けていきたいと思っている。総務省としては、日本の企業がもっと積極的に海外に進出してほしい。その際に相手国の人たちに喜ばれるような形で技術・サービスを供給し、それにより相手国の市場も拡大し、日本企業の進出も加速するような〝正の循環〟となることを望んでいる。官民共通のプラットフォームがその一助となれば良いと思う」。 ――2021年に向けた抱負についてお聞かせください。 「国際担当の総務審議官は年の3分の1ほど外国にいるのが通例だが、2020年7月に就任以来一度も外国に行けていない。この状況は2021年になってもしばらく続くだろう。その間、リアルとオンラインをハイブリッドでできることを経験できた面もあるが、現地の方のニーズの把握などFace to Faceのリアルなコミュニケーションが重要な職務もあるため、可能な限り多くの国を訪れて相手国の方とリアルなコミュニケーションを行っていきたい。また、ICTの重要性が再認識されたことは、今までできなかったことを実現するチャンス。ICTが人々の役に立ち、社会に実装されるような〝ポスト・コロナ元年〟として、ICTの社会実装のための飛躍の年になればいいと思う。前向きに取り組んでいきたい」。