放射線画像診断支援AI実用化向けの共同研究を開始、NICTや大学で

 国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT、徳田英幸理事長)は、立命館大学(仲谷善雄学長)、信州大学(中村宗一郎学長)、滋賀医科大学(上本伸二学長)、金沢大学(和田隆志学長)及び三重大学(伊藤正明学長)と共同提案した研究課題「高機能暗号を活用した連合学習技術の高度化と医療データへの応用」が、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)のKプログラム「セキュアなデータ流通を支える暗号関連技術(高機能暗号)」に採択されたと発表した。NICTのサイバーセキュリティ研究所セキュリティ基盤研究室で開発したプライバシー保護連合学習技術「DeepProtect」を活用したもので、データサイエンス(高機能暗号)と医学(画像診断)の異分野融合研究となる見込みという。

「DeepProtect」は、連合学習技術に暗号技術を融合することによって、NICTが独自に開発したプライバシー保護連合学習技術。各組織で持つデータを基に深層学習を行う際に、学習中のパラメータ(勾配情報)を暗号化して中央サーバに送り、中央サーバでは、暗号化したまま学習モデルのパラメータ(重み)の更新を行う。次に、更新されたこの学習モデルのパラメータを各組織においてダウンロードすることで、より精度の高い分析が可能になるという。各組織から中央サーバにデータそのものを送ることなく、学習中のパラメータのみを暗号化して送信するが、このパラメータは、複数のデータを集計した統計情報とすることによって個人を識別できない状態にすることが可能であり、さらに、暗号化を施すため、データの外部への漏えいを防ぐことができるといい、パーソナルデータのような機密性の高いデータを外部に開示することなく、複数組織で連携して多くのデータを基にした深層学習が可能となる特長を持つ。

 近年、医療需要が高まり、診断業務のひっ迫が顕著となる一方で、医師の働き方改革が求められる医療現場において、AIを活用した診断の効率化・高度化が期待されている。医療現場での実用に耐え得るAIを実現するには、様々な属性を持つ患者の多様な症例を網羅する大量のデータをAIの学習に使う必要があるが、単独の医療機関が網羅的なデータを確保することは困難。一方、複数の医療機関のデータを連携させて網羅的で大規模なデータの確保を目指す場合、個人情報の保護とセキュリティの確保が課題となる。

 政府では次世代医療基盤法に基づく匿名加工医療情報による医療データの利活用活性化等の取組を進めているが、匿名加工の困難さやデータ解析に及ぼす制約(匿名加工によってデータの粒度が落ちるため、AIの性能に悪影響を及ぼすことがある)等により、依然として医療機関間のデータ連携は難しいのが現状とされている。

 近年、複数の機関が持つデータそのものを共有せずに共同でAIの学習を行うための有望な方法として、分散型機械学習技術の一種である連合学習技術が世界的に研究されているが、現在の連合学習技術にはサイバー攻撃に対する脆弱性が指摘されており、要配慮個人情報を多く取り扱うため厳格なデータ保護が必要な医療データ解析に連合学習技術を応用するには課題があった。こうした背景から、NICTではこれまで、暗号技術と連合学習技術の融合により、個人情報の保護とセキュリティの機能を強化したプライバシー保護連合学習技術「DeepProtect」の研究開発に独自に取り組んできたという。

 NICTサイバーセキュリティ研究所と信州大学医学部は、2023年に両機関の間で締結した包括連携協定書に基づき、2024年に「医療・ヘルスケア分野のサイバーセキュリティ及びデータプライバシーの確保に関する研究に関する協定書」を締結。医療現場の課題をデータサイエンスで解決するために協議を重ね、DeepProtectを放射線画像診断業務に応用することを決めた。

 高機能暗号技術により、連合学習技術の個人情報の保護とセキュリティの機能を強化することで、複数の医療機関が安全に連携して画像診断支援AIを実現する研究構想を策定。共同研究機関を募り、信州大学医学部に加え、放射線画像診断において豊富な症例を有する滋賀医科大学医学部、金沢大学医薬保健研究域医学系及び三重大学医学部が参加。また高機能暗号技術を用いた連合学習技術の研究開発には、NICTに加えて立命館大学情報理工学部が参加する。

 JSTのKプログラム「セキュアなデータ流通を支える暗号関連技術(高機能暗号)」に採択された共同提案「高機能暗号を活用した連合学習技術の高度化と医療データへの応用」では、NICと立命館大学(主たる研究分担者: 野島良氏)がDeepProtectを医療に応用することが可能となるように、個人情報の保護とセキュリティの機能を強化する。次に、信州大学(主たる研究分担者: 山田哲氏)、滋賀医科大学(主たる研究分担者: 渡邉嘉之氏)、金沢大学(主たる研究分担者:小林聡氏)及び三重大学(主たる研究分担者: 市川泰崇氏)が、長年にわたる診断(アノテーション)によって蓄積してきた大量のデータを教師データとして、放射線画像診断支援AIのプロトタイプを開発し、標準治療としての採用を目指して2029年まで臨床研究を行う。

 NICTによると、プロトタイプの実証実験を通じて得られるDeepProtectの医療応用上の評価や課題は、NICTや立命館大学にフィードバックし、更なる技術向上のサイクルを回す。また、医療分野やICT分野の企業との連携を積極的に行い、個人情報の保護とセキュリティの機能の強化だけでなく、使いやすいユーザーインターフェースや保守可能なシステムの実現も含めた社会実装を目指すオープンイノベーション体制の構築を行う方針としている。

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kobayashi
主に行政と情報、通信関連の記事を担当しています。B級ホラーマニア。甘い物と辛い物が好き。あと酸っぱい物と塩辛い物も好きです。たまに苦い物も好みます。