Inter BEE 特別インタビュー NHK 技術局長 伊藤寿浩氏に聞く

 日本最大級のメディア総合イベントである「Inter BEE 2025」が11月19日から開催される。NHKは電子情報技術産業協会(JEITA)と共同で出展する。今回は「100年、その先へ メディアの新しいカタチ」をコンセプトに、NHK のサービスを支える技術を「つくる」「とどける」「たのしむ」の3つのゾーンに分けて紹介する。
 NHK技術局長の伊藤寿浩氏に、今回の展示概要や見どころ・特徴の他、10月1日にスタートした「NHK ONE」の最新技術、リモート/バーチャルプロダクションの導入状況、情報棟の建設状況などについて聞いた。
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 ―Inter BEE 2025でのNHK/JEITAブースの出展概要を教えてください。 
 伊藤 11月19日(水)~21日(金)、幕張メッセで開催される「Inter BEE 2025」に今年もJEITA(電子情報技術産業協会)と共同でブースを出展します。「100年、その先へ メディアの新しいカタチ」をコンセプトに、NHKのサービスを支える技術を「つくる」「とどける」「たのしむ」に分けてご紹介します。「つくる」エリアでは、災害状況を直感的に把握できるデータ可視化技術など4点、「とどける」エリアでは、電波やインターネットなどコンテンツをとどける仕組みをわかりやすくお伝えする展示など2点、「たのしむ」エリアでは、人の動きをAIで解析して3Dキャラクターを自在に操作する技術など4点を展示します。ぜひご来場いただき、実際に見て触って体感していただきたいと思います。
 また、昨年のInter BEEでご好評をいただいた「放送100年特別企画」を今年も実施します。今年3月、NHKの前身である社団法人東京放送局がラジオ放送を開始してから100年の節目を迎えました。メディアは、ラジオからテレビ、そしてインターネットでの配信へと進化を続けています。展示では、こうした歴史を振り返りながら、黎明期に使われていた貴重な機器をご覧いただけます。
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 ―10月1日に新しいインターネットサービス「NHK ONE」がスタートしましたが、何か展示はありますか?また、局長ご自身がサービスをご利用になられてお感じになった、新しいサービスのポイントやおすすめの機能はありますか?
 伊藤 10月1日、NHKの新しいインターネットサービス「NHK ONE」がスタートしました。Inter BEEでは、先ほどお話した「放送100年特別企画」に加え、「NHK ONE Touch&Try」と題した特別企画もご用意しています。この展示では、タブレットやテレビなどで実際にサービスを体験していただけます。まだ使ったことがない方や、使ってはいるけれどもう少し詳しく知りたいという方に向けて、サービスの内容や魅力をわかりやすくお伝えできるよう準備を進めています。
 私自身もNHK ONEを使っています。テレビ向けアプリでは、これまでの見逃し配信に加えて、同時配信がご利用いただけるようになりました。たとえば、自宅に帰ってテレビをつけたときにニュース番組がすでに始まっていた場合でも、同時配信で追いかけ再生をすれば番組の最初から視聴できるので、とても便利になりました。
 また、私は過去に勤務したことのある東北、北海道の番組をはじめ、いくつかの番組をフォローしてマイページに登録しています。これにより、いつでも見たい番組をすぐに見られるようになりました。さらに、NHK ONEではデバイス連携も可能になったので、自宅のテレビで見ていた番組の続きを、通勤中にスマートフォンで楽しむこともできるようになりました。まさに「いつでも、どこでも」NHKの番組を楽しめる時代になったと感じています。こうした新しい機能についても展示でご紹介しますので、ぜひ会場にお立ち寄りいただければと思います。
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 ―「NHK ONE」について、技術部門ではどのように関わって対応してきましたか?
 伊藤 「NHK ONE」のサービス開始に向けて、NHKでは全職員が一丸となって準備を進めてきました。2024年8月には「インターネット必須業務化事務局」を設置し、さまざまなプロジェクトを立ち上げ、サービスの検討から視聴者対応、システム整備まで、幅広い分野で検討を重ねてきました。
 技術部門は、各プロジェクトに参加するとともに、全体を統括する推進チームにも加わり、サービス開始に向けてプロジェクト間の円滑な連携に努めてきました。システム面では、映像や番組情報などを配信するための「配信基盤」、ユーザーアカウントの認証を行う「認証基盤」を中心に、技術基準の策定やシステム開発・整備、運用検討を進めました。
 放送開始から100年という節目に、NHKが新たなインターネットサービスを立ち上げたことは、とても感慨深い出来事です。そして、技術部門としてその一端を担えたことは本当に嬉しいですし、何よりこの新しいサービスによって、視聴者のみなさまがNHKのコンテンツをより便利に、より身近に楽しんでいただければ幸いです。
 ―現在は、どのような研究開発に力を入れて取り組んでいるのでしょうか?
 伊藤 NHK放送技術研究所(技研)では、2030~2040年ごろのメディア環境を見据え、研究の方向性と重点領域を示した「Future Vision 2030―2040」に基づき、研究開発を進めています。あたかもその場にいるような世界を体感できるイマーシブメディアの研究開発に加え、映像・音声・手話・触覚など多様な情報提供手法を通じて、どこでも誰にでも必要とされる情報を受け取れるユニバーサルサービスの研究開発を推進しています。さらに、安全で使いやすいAI技術や材料科学に基づくデバイス開発など、未来のメディア創造と持続可能な社会への貢献を目指すフロンティアサイエンスの研究開発にも力を入れています。
 こうした研究成果は、技研で毎年開催される「技研公開」で広く紹介しており、今年は「広がる つながる 夢中にさせる」をテーマに、5月29日から6月1日までの4日間にわたり一般公開を実施しました。このテーマには、メディアを視聴するデバイスや環境が広がり、人と人、人とコンテンツ、人と社会がつながり、実物感や没入感あふれる新時代のメディア体験で多くの人々を夢中にさせるという想いが込められています。  
 技研公開で発表した研究成果の中から、「つくる」では「広視野撮影を目指した湾曲イメージセンサー」、「とどける」では「ニュース速報の手話CG生成技術」、「たのしむ」では「触覚と香りで体感する3次元コンテンツ」と「誰もが音楽を楽しむための可視化技術」を展示します。これらの展示を通じて、技研が目指す未来のメディア体験と社会への貢献を、より多くの方に直接ご覧いただける、そして体験いただける機会となっています。
    

    
 ―番組制作におけるIPリモートプロダクションの導入状況について教えてください。
 伊藤 IPリモートプロダクションは、スポーツ中継やクラシック音楽の収録、昨年末の「ゆく年くる年」での中継など、さまざまなジャンルで活用される機会が徐々に増えてきています。検証を重ねながら、実際の番組制作への導入に少しずつ取り組んでいます。本部から地域のテロップ制作を遠隔で支援するなど、要員を柔軟に活用できるといったメリットがあります。また、スペースの制約や自家発電の使用による騒音対策などで中継車での制作が難しい現場では、IPリモートプロダクションが有効な選択肢となっています。
 大阪・関西万博の特別番組では、日本で初めてIOWN回線を用いたフルリモートプロダクションに取り組みました。大阪局のスタジオと夢洲の会場をつなぎ、非圧縮かつリアルタイムで出演者の歌やダンスをシンクロさせる演出を実現できたことは、技術的にも運用面でも貴重な経験となりました。こうした新しい取り組みは、IPリモートプロダクションの実用性や、今後の展開に向けた可能性を探る一歩となりました。広島局、福岡局、名古屋局、仙台局など、各地域の拠点局にIPリモートプロダクション対応のスタジオの整備を進めており、スポーツ中継を中心に取り組んでいます。
 高速通信インフラの普及、IP機器の導入コスト、セキュリティ対策、IPスキル向上などの課題に一つひとつ向き合いながら、放送現場に根ざした新たな制作スタイルを築いていきたいと考えています。
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 ―バーチャルプロダクションの実施状況、コンテンツ制作におけるAIの活用状況はいかがですか?
 伊藤 昨年のInterBEEでは、「最新の3D表現技術による報道バーチャル制作の高度化」をテーマに、映像からフォトリアルな3Dモデルを生成する「3D Gaussian Splatting」の手法を用い、独自開発のシステムによってバーチャル演出を実現する仕組みを展示しました。
 この技術は、今年8月に放送された生放送番組「ニュースーン」において活用されました。月面探査車模型の映像素材から3Dモデルを生成し、バーチャルシステムと連携させることで、高度な演出を実現しました。
 現在は、クラウドを活用して専門知識がなくても簡単に3Dモデルが生成できるシステムの開発を進めるとともに、バーチャル演出が手軽に運用できるシステム開発と検証にも取り組んでいます。
 また、AIを活用したコンテンツ制作にも取り組んでいます。AI自動音声によるアナウンスシステムでは、より自然な発音が可能になっています。また、映像を自動で要約するAIシステムを活用し、番組内容を短く編集してSNSなどに発信する取り組みも進めています。災害時に視聴者から投稿された映像に対して生成AIを用いて説明文を自動生成するシステムの検証も継続して行っています。一方で、生成AIの利用には誤情報の混入や著作権侵害といったリスクも伴うため、現在、安全な運用に向けたルール整備と機能の検証を進めています。
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 ―情報棟整備の現在の進捗状況を教えてください。
 伊藤 かつてない大規模整備となる新放送センター情報棟は、建築工事が昨年10月に竣工し、その後、放送や各種サービスに必要な約300ものシステム・設備の搬入・据付工事に着手しました。今まさに情報棟の心臓部でもあるニュースセンターや送出システムなどの放送設備を始めとしたシステム間の結合テストの真っ只中で、この後に予定されている総合テストや運用訓練に向けて各システムの完成度を高めていきます。
 設備はNHK独自仕様のものではなく、今回は業界標準のものを導入していこうとしています。
 また、情報棟整備に併せて、デジタル時代の多様な働き方を支える統合ネットワークとして、高度なセキュリティレベルを実現し、利便性と安全性を備えた情報ネットワーク・セキュリティ基盤の再構築を進め、今年7月より運用を開始しています。こうした工事も概ね今年12月には完了する見込みで、現在、情報棟への切替手順や実施体制、大規模災害時の放送確保手順などの検討も進めており、2026年度に予定している本格的な運用開始に向け、準備していきます。
 情報棟は、国民の命と暮らしを守る防災・減災報道の拠点として、また、豊かで質の高いコンテンツ制作の拠点として、IP技術やAIなどの最新技術を随所に導入しています。ニュースセンターではメディアごとに分かれていた設備を集約して情報の一元化を図り、多角化するサービスを効率的に生み出すことが可能なコンテンツ制作の基盤を構築します。テレビスタジオではビデオサーバーやテロップ装置を集約し、IP技術の活用により柔軟なリソース運用を可能とすることで生産性の向上と新しい“作り方”の実現を目指します。