Inter BEE2025フォーラム、災害時における放送メディアの可能性を考える
メディア&エンターテインメント産業分野における日本最大級の総合イベント「Inter BEE 2025」(インタービー 2025)が11月19日から21日まで幕張メッセ(千葉市)で開催された。主催は一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)。11月20日のInter BEE FORUMでは「災害時に〝誰一人取り残さない〟を目指して~放送メディアの挑戦~」と題した特別講演が開催された。
パネリストは次の方々。
信州大学DX推進センター特任教授の不破泰氏、中京テレビ放送ビジネスプロデュース局ビジネス開発グループの中村鑑三氏、山口放送取締役ラジオ局長兼技術局長の惠良勝治氏、東京メトロポリタンテレビジョン(東京MX)地域防災DX事業室の服部弘之氏、北海道テレビ放送(HTB)技術局長の樹山英則氏。
モデレーターはメディア研究者(元NHK放送文化研究所)の村上圭子氏。
企画要旨は次の通り。
災害時、情報を通じて市民の命を守ることは、リアルタイムで情報を伝える放送局の最大の役割の1つである。しかし、南海トラフ地震などの広域大規模災害では、局舎や伝送路の被害、長期間の停電などで、地上放送の取材や送信が困難になることが想定されている。
こうした中、衛星通信、ドローン、ナローキャストなど、新たなテクノロジーを活用することで、課題を解決したり役割をアップデートしたりしようとする放送局が出てきている。このセッションでは、先進事例を共有、議論することで、災害時における放送メディアの可能性を考える。
冒頭でモデレーターの村上氏は「今日の題目は『災害時に誰一人取り残さない』だが、地上放送の役割のひとつは、災害時、被災地に必要な情報を的確に早く届けるということ。しかし、能登半島地震では、一部の中継局が停波した。南海トラフ地震や首都直下地震など大規模な広域災害では、長期間放送は困難な状況ということも想定されている。また、線状降水帯の発生など突発的な水害だったりとか、最近ではクマ被害も非常に多発している。そういった中で、広域をエリアとする地上放送は、情報の早い把握や伝達で限界もある。本日の登壇者はこうした課題や限界に対してどう地上放送が積極的に向き合っていけばいいのか、新たなサービスの導入だったり、テクノロジーの活用を通じて災害時の地上放送メディアの役割のアップデートというところに取り組んでいる方々である」と述べた。
続いて信大の不破特任教授が「私にとってエポックメイキングな出来事は、2018年に学会で北海道にいた時に胆振東部地震に見舞われたこと。札幌市内で震度6弱で夜中の3時に起きた。北海道中が停電する中で情報を得ようと思ったが、ホテルが停電しているのでテレビは見られない。インターネットサービスも止まっている、携帯電話は非常に不安定になっている中で、情報が得られない、孤立状態を一瞬味わった。その中で救いだったのは、旅行カバンの中に乾電池で動くポータブルのラジオがあって、夜中の4時にNHKのAMのニュースを聞くことができた。今、NHKの夜の7時のニュースを読んでいる糸井羊司アナウンサーがラジオで情報を伝えて、事なきを得たという経験をした。そういう中、地上波のメディアの重要性を改めて感じた」と話した。
1番手として、山口放送の惠良勝治氏が「『みちびき』を活用した防災・減災への取り組み」で講演した。講演要旨は次の通り。
これは内閣府の「みちびき」を利用した実証事業。我々は災害発生後『放送は止めてはいけない』と強く感じており、止めることは〝孤立をされる方が増える〟ということでもある。
準天頂衛星「みちびき」は、日本の人工衛星で今は7号機体制に向けて準備している。日本上空に常に衛星がいることになって、常時安定した測位ができる。もともと測位衛星だが、防災気象情報である「みちびき」災害・危機管理通報サービス(災危通報)も含まれている。
「みちびき」は、日本が管理・運用する測位衛星で、米GPSと互換性を持っている。2018年から、日本上空に必ず1機存在する4機体制を目指している。災危通報は大きく分けて、津波、火山、気象、地震、Jアラートの情報が常に配信されている。配信間隔は4秒間に1回。
この災危通報を利用するメリットは、山間部など携帯電話やVICSのサービスエリア外となりやすいエリアをカバーすること。アンテナを掲げて日本上空を遮るものがなければいつでもどこでも受信できる。
今回私どもが取り組んだのは、この「みちびき」からの情報をラジオに応用すること。ラジオ放送は受信機で容易にかつ、気軽に音声情報を得ることが可能なメディアとして利用されている。災害時には、ラジオの利便性がクローズアップされている。山口放送でもFM補完放送を始めるにあたって、FMラジオでもネットワークの一部が切れた場合を想定して、その場合に災害の危機管理通報サービスを活用して、中継局ごとにそれを受信して、それを自動的に途切れなく放送する『被災対応FMラジオ放送システム』を今回構築した。
実証実験は、2023年11月23日に実施した。山口放送ラジオで現地より生中継を行った。山口放送が保有する錦FM実験局(山口県岩国市)にこの装置を設置。放送ネットワークが遮断したことを想定して、内閣府の協力も得て、実際に「みちびき」からダミーデータを受信した。そして、あらかじめ録音していた山口放送のアナウンサーからの声で緊急ラジオ放送を行う公開実験を行った。
地域の住民90人に避難訓練の名目で避難所に集まってもらい、手持ちのラジオで視聴体験した。例えば、放送波において送信所が被災した場合、放送が途絶する。FM放送による災危情報を伝達することができない。大規模災害での伝達手段の確保は必須である。
なお、それより前の2023年10月31日には「みちびき」の配信実験を行っている。日本通信機厚木工場における室内実験で、実際に内閣府からテストデータを送ってもらい、それを「みちびき」のアンテナが受信した。
11月の実証実験の後、アンケートを取ったところ、今回、男性アナと女性アナ両方に同じように録音して、同じように聞いてもらったが、違いはなくどちらも問題がなかったという意見だった。それから「みちびき」を経由しての緊急放送という実感はなかったと。また、アナウンサーの声は大変クリアで実用性があるという意見。心強いとか、初めて「みちびき」を知る良い機会になった。災害に役立つことを期待しているなどの回答があった。
コードごとに全て当社のアナウンサーで一言一句録音して、あとはソフト的にそれを組み合わせて出したという仕組みだった。入れる作業は大変だったが、終わった後、住民の皆さんに聞くと『地元のアナウンサー、聴き慣れたアナウンサーの声で災害情報を聞くことができた』ことが今回、実証を通じていちばん思ったこと。聞き慣れたアナウンサーの声からこういった情報を聞くと〝安心する〟という声が多かった。
このほか、山口県も高齢化かなり進んでおり、まだまだラジオというメディアを皆さん活用されていると改めて実感した。そして、放送はいかなる時でも途切れさせてはいけないと改めて感じた。
次に中京テレビ放送の中村氏が『ドローンの取り組み』で講演した。講演要旨は次の通り。
私もヘリコプターに乗って取材活動を行ったことがある。ヘリコプターではヘリの飛行時間が足りない、ヘリの騒音がうるさいといった課題があった。今の部署になって〝東海エリアを支える様々な産業にドローン活用で新たな力を〟と謳った「そらメディア」というドローン事業を立ち上げている。中京テレビが運営するドローンスクール事業などを展開している。中京テレビは40年以上の空撮の実績を持ち、その技術と経験を活かすためにドローンスクールを開設している。経験豊富なので安心で資格取得を目指す際には、全力でサポートする。
私は、ドローンに関してはあまり〝撮影〟という概念が無くて、インフラとして捉えている。このインフラを使って労働力不足や建設業、農業、林業、物流、防災、医療といった面で様々な地域の課題を解決しようと考えているそういったところでドローンが使えるのではないかと思う。
「そらメディア」はドローンスクール事業、系列災害/報道システム開発事業、機体販売事業、ドローンショー事業の4つを展開している。スクールに関しては国家資格がゴールではなく、資格を取った後のビジネス、ドローン活用までサポートしている。スクールの卒業生に向けて産業用ドローンを使った仕事をができるように進めている。従来のドローン事業者は『国家資格が取れます』で終わってしまうが、国家資格を取ってもすぐ仕事につながらないところがあるので細かくサポートさせていただいている。
災害/報道システム開発は行政を中心にソリューションを提案している。モットーは『遠隔操作を行うことにより、最短距離で被災地へ飛び立ち、情報把握と情報発信を可能にする』ことだ。
防災については我々、遠隔操作のドローンを使って取り組んでいる。できるだけ早く被災地に入り、できるだけ早く情報を収集し、発信するということを目的としている。私は、東日本大震災の時に、ヘリコプターからの報道を担当していたが、なかなか初動でうまく伝えることできなかった。その中で、今後起こるとされている南海トラフ地震を視野にどうするか考えたときに、我々のヘリは名古屋空港ベースなので、ヘリのフライト指示をしてから、飛んで現地まで入るとなると大体50分ほどかかってしまう。
南海トラフのときの津波の想定は、三重県では、6分後には3㍍の津波が来てしまう。ヘリは間に合わないのか、だったらこの遠隔ドローンを置いてしまえばいいという発想となっている。
もちろん我々も情報カメラは配備している。しかしこれも震災のとき感じたのが、情報カメラなど定点観測では、この港に今津波が来ていることは伝えられるが、これを見てから逃げても遅い場合が結構多い。だったら当時はドローンはなかったが、その時、自衛隊ヘリの津波が迫っている映像が出せれば、多くの命が救えるのはないかという思いだ。
次に2024年12月14日に熊野市で行った遠隔操作ドローンの災害報道訓練について。名古屋から150キロ離れた津波が想定されている三重県熊野市に遠隔ドローンを設置して、訓練を行った。放送に使える映像を撮った。初動として、この遠隔ドローンが海岸線約7キロを飛んで、これから津波が来ることを伝える。次に津波が入ってしまった町の状況はどうなっているか。どこまでが危険でどこまでが安全かを伝えるために、ドローンを飛行させる。今後、沿岸部に配備していこうと考えている。
その他にも洪水にも使えるのではないかとこちらも訓練を行っている。名古屋市内に庄内川があって、ハザードマップになると、洪水するエリア。そこでドローンを使ったらどうなるかの訓練である。ここでは内陸部の洪水にも使えることもわかった。
普段の使い方も試しており、情報番組の天気コーナーで使った事例もある。情報カメラと一体的に使うことができる。
オペレーター育成の問題もあるが、我々は国家資格の学校も運営し、当社の社員教育、社内教育で、ドローンの国家資格を取ってもらっている。
次は行政との取り組みについて。
福岡県行橋市と行った実証実験で、防災危機管理課あるいは消防の方と一緒の訓練を行った。災害対策本部の中からドローンを飛ばして津波が来ているかとか、避難所の様子の確認に使うという形だ。
災害報道は現場に行くのが仕事で、ただ取材を行っている中で、津波が来た現場に到着することはできない。入ったドローンで遠隔で効果的に伝えることが非常に有効ではないかと思う。
その他にも、孤立を防ぐ、取り残さないというテーマで愛知県で実証実験を行っている。ドローンを使って豪雨や地震などで孤立した集落や家屋の状況を確認し、被災者の呼びかけを行うもの。避難所には何人が避難しているかも確認する。ドローンは遠隔での自動飛行が可能で、車で15分かかる場所でもおよそ3分で到着できるため、今後も幅広い分野で活用を検討したい。災害時のドローン活用は、ヘリコプターと比べて導入や整備コストが抑えられるほか、発災直後に3分程度で飛ばすことができ、その映像をリアルタイムで多くの人に共有できるなどのメリットがある。
次に北海道テレビ放送の樹山氏が「データ放送とHybridcastによる地域・防災情報伝達サービス」で講演した。講演要旨は次の通り。
今回、ご紹介する地域・防災情報伝達サービスはHTBとジャパンケーブルキャスト(JCC)が共同で開発した。HTBはアナログ放送の頃からデータ放送に取り組んで、いろいろ試行錯誤を続けてきた。その中で、JCCはハイブリッドキャスト技術を使いたいと我々と同様、自治体回りをしており、私どもはある自治体からJCCを紹介されて共同開発した。
北海道における防災情報伝達の課題は①広大で音が届かない②寒冷で高断熱住宅である③雪で音を吸収―といったことで防災行政無線(屋外スピーカー)の音声が聞こえない。そこで、誰一人取り残さない情報伝達を目指した仕組みを開発した。地域・防災情報など様々な情報を自動で〝とりこみ〟。各デバイスに自動で〝配信〟するサービスだ。情報源から情報を収集して『地域情報クラウド』に情報を集め、出し口を作っていく。スマホやIP告知端末等での情報伝達はJCCが開発した。テレビのデータ放送を用いた情報配信伝達は両社で開発した。
スマートフォンをなかなか使いこなせていない方に対して、使いこなせるテレビのリモコンさえあれば情報が届けられる。防災DXタブレットというものを使えばプッシュ通知ができる。データ放送とHybridcastを用いた情報伝達の特長をまとめると▽高齢者でも簡単操作。大画面+スマホ不要▽導入・運用コストの削減。住民宅のテレビ受信機を活用で専用機器が不要▽災害時でも避難所等で使用可能。送信所は停電時でも発電機やバッテリーを使用している。
HTBが取り組む地域・防災情報の伝達では、テレビの購入時に設定された郵便番号が情報伝達の該当地域の場合、データ放送のメニュー画面に自治体からのお知らせを表すボタンが出現して自治体情報の画面に遷移できる。
テレビを使って誰一人取り残さないと言いながら、ハイブリッドキャストに対応していないテレビは6割くらいはある。さらにインターネットにつないでないものもある。それらのパターンでも情報が伝達できることにしなければ、誰一人取り残さないという形にならない。だから、それぞれのテレビに合わせた表示ができるようにサービスを最終的に仕上げることができた。テレビの種類・インターネット接続に拘わらず情報を確実に伝達する。誰一人取り残さない情報伝達となった。
また、防災情報をスマホ未所有者へPUSH通知する仕組みもある。これがJCC開発の防災DXタブレット。操作不要で、SIM入り端末で活用でコスト圧縮につながる。
東京MXの服部氏が「地上デジタル放送による地域防災DX事業」で講演した。講演要旨は次の通り。
IPDC防災行政無線の概要を紹介する。IPDC防災行政無線とは、IP DataCast(IPDC)により、放送波を使って複数の自治体がそれぞれの住民向けの防災行政無線を鳴らす仕組みだ。通信で一般的なIPパケットを地上デジタル放送波にのせ、受信機へ災害情報を伝達する。地上デジタル放送波を活用した災害情報伝達は、災害情報交換言語(EDXL)で記述する。
テレビの電波を利用した新しい防災行政無線である。近年、風水害や感染症など地域生活に大きな影響を与える災害が相次いでいる。こうした災害時に正確かつ迅速な対応につなげることが重要と考え、開発を推進した。特にスマートフォンを持たない住民や機密性の高い屋内などへの確実な情報伝達にIPDC防災行政無線が有用と考えられる。
次に情報伝達とシステムの概要。今までの防災行政無線のように、それぞれの自治体から避難指示などの情報を発信する。それらをIPDCの技術を利用してテレビの電波に乗せ、各家庭の受信機へ届ける。避難所の鍵開け、デジタルサイネージへの情報発信など、遠隔での操作も可能としている。
また、他社防災システムとの連携として、日本全国の850自治体が使用しているアルカディア社のサービスとの連携も予定している。柔軟性と実装性の強み。各家庭用の防災行政無線として活用ができ、マンションなど機密性の高い屋内にも安定して情報を届けることができる。
さらに、インターネットが利用できない時でも、自治体提供の防災アプリ等と受信端末を連携させて、スマホで避難指示を受けることができるようになる。エリア別の情報配信、エリアを絞った情報伝達が可能となり、災害リスクの高まったエリアのほか、早期に避難開始が必要な住民や医療、介護などの施設などに限定した発信ができるようになる。
また、選挙の投票の呼びかけや町会ごとの地域イベント告知、小学校単位の避難訓練など、平時にも利用可能だ。緊急の度合いにより強弱をつけて発信することが可能となる。
この記事を書いた記者
- 元「日本工業新聞」産業部記者。主な担当は情報通信、ケーブルテレビ。鉄道オタク。長野県上田市出身。
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