映像情報メディア学会 インダストリアルメタバース最前線

 映像情報メディア学会は2025冬季大会で企画セッション「現場が変わる,働き方が変わる:インダストリアルメタバース最前」を開催した。
 同セッションでは、産業界から専門家を招き、インダストリアルメタバースの最新動向、具体的な活用事例、関連技術、そして導入にあたっての課題について講演した。

「XR標準化の動向と医薬品物流・リハビリ分野でのインターバース実証」

蔵田武志氏

 「XR標準化の動向と医薬品物流・リハビリ分野でのインターバース実証」を産業技術総合研究所の蔵田武志氏が講演した。
 ISMARというAR/MR分野で最も有名な国際会議があるが、昨年、そこで用語に関するパネルに参加した。その中で強く感じたのが、VR、AR、MR、XRといった用語が、かなり混乱した状態で使われているという点。
 特に「XRはExtended Realityの略」と思われているが、実はそれは、当たっているようで、当たっていない。
 2015年頃、マイクロソフトがHoloLensを発表した。このとき、マーケティング用語として Mixed Reality(MR)という言葉を使った。ところが、このMRの使い方が、当時すでに研究分野で使われていたMRとは異なっていた。VR、AR、MRという用語はすでに存在していたにもかかわらず、別の意味でMRが使われたことで、混乱が生じた。
 そこで、「全部まとめて扱える、意味を持たない記号が欲しい」という話になり、その結果として出てきたのが XR。
 最近、内閣府が「インターバース」という言葉を使い始めている。正直なところ、これ以上用語を増やすのはどうなのかという。ただし、ここまで用語が混乱している状況を考えると、必要に応じて、きちんと用語の議論をすること自体は悪くないとした。
 内閣府のインターバースの定義は、リアルユニバースと、完全バーチャルなメタバースを行き来し、価値が循環する、というコンセプト。
 メタバースは、VRと、その中に存在する社会である。リアル側は、フィジカルリアリティと実社会となる。そしてインターバース、MRやXRを通じて、メタバースと実社会が接続され、両側の社会が関係を持つ状態と捉えることができるのではないかと述べた。

「日本デジタル空間経済連盟と日立製作所のメタバースへの取り組み」

影宏達彦氏

 「日本デジタル空間経済連盟と日立製作所のメタバースへの取り組み」を日立製作所の影宏達彦氏が講演した。
 日立製作所では中期計画「Inspire 2027」で、これまでのグリーン・デジタル・イノベーションを軸にした成長から、「真のOne Hitachi」として、グローバルで連携しながら持続的成長を目指すフェーズに入っている。この中で「Lumada 3・0」を掲げ、全社横断で価値創出を行うという考え方を取っている。
 「メタバース」については、研究所の視点で見ると、AIやメディア処理の源流は1960年代のトランジスタ式白黒テレビにまで遡る。そこから、検査装置や画像認識、指紋・生体認証、機械学習といった形で、数十年にわたりコア技術を蓄積してきた。そして現在、その延長線上にあるのがメタバースを産業界でどう使うかというテーマだ。
 同社では、これを「現場拡張メタバース」と呼んでいる。考え方はシンプルで、メタバース空間に現場の OT ナレッジを蓄積し、リアル現場では不可能な体験価値を提供する。
 鉄道、プラント、工場といった分野で、遠隔地同士が同じ仮想空間を共有し、同じ対象物を見ながら議論し迅速な意思決定を行うといったことを可能にする。実際に、原子力発電所のモックアップ移設工事で使用したところ、意思決定の迅速化や工事全体の効率向上といった効果が確認されている。
 ここで強調したいのは、日立製作所はメタバースそのものでは差別化していないと述べた。メタバースはあくまで「器」で、その上に載せるものとして、現在中核に据えているのがAIエージェント「Naivy(ナイビー)」。
 日立製作所は、OTの現場、AIの知能、メタバースという空間を組み合わせることで、現場をより安全に、より効率的により持続可能にすることを目指していると述べた。

「現場拡張メタバースで現場作業を支援する AIエージェントNaivy」

井上祐貴氏

 「現場拡張メタバースで現場作業を支援する AIエージェントNaivy」を日立製作所の井上祐貴氏が講演した。
 なぜ産業分野でメタバースが必要なのか、その背景にあるのが、現場とオフサイトの間に存在する情報格差。工場、プラント、建設現場といった産業現場では、実際に現場に常駐している作業者と、オフィス側にいるマネージャー、設計者、顧客、経営層の間に、長年解消されていない情報の断絶がある。
 その結果、何が起きるかというと、現場の状況が十分に共有されないまま判断が行われ、手戻りや出戻りといった形で、時間的・金銭的なロスが発生する。
 そこで日立は、現場に行かなくても、現場を理解できる仕組みとして、「現場観察」を可能にする現場拡張メタバースを構築している。
 これにより、オフサイトの関係者もメタバース上で現場を確認し、日々どのような作業が行われ、どのような変化が起きているのかを把握できる。
 また、AIを現場で使う際の課題として、ハルシネーションの問題がある。実証実験で、実際に設備操作を行う前に、「この理由で、この操作を行おうとしているが問題ないか」を熟練者に電話で確認するという運用を取った。最終判断は人が行うという前提で、結果として熟練者の対応時間は大きく削減された。アンケート結果としても、「自分で作業を進められたと感じた」、「不安が軽減された」といった評価が得られている。
 一方で、「最終的には熟練者の確認が必要」という声もあり、現実的な運用像が見えてきたと考えていると述べた。

「鉄道車両メンテナンスの現場力を高める『車両メタバース』」

間仲祥司氏

平松義崇氏

 「鉄道車両メンテナンスの現場力を高める『車両メタバース』」を東武鉄道の間仲祥司氏と日立製作所の平松義崇氏が講演した。
 まず、間仲氏が労働人口減少による鉄道事業の危機を語った。東武鉄道・車両メンテナンス部門は約500名規模になっている。人員構成は2024年時点の人員構成は、熟練者(45歳以上)が比較的多いが、中間層(30~44歳)も一定数存在し、若手(~30歳)も確保できている。
 世代バランスが比較的良好で、熟練者が若手・中堅を指導する OJT型の技術伝承が成立している。現行の教育・運用モデルが機能している状態とした。
 しかし、2030年に向けた変化(予測)については、まず総人員が減少する。熟練者の定年退職により 約1割減少する一方、メンテナンス職の採用が難なっている。さらに、若手を中心に離職率も高くなっている(3K職場)。
 世代構成は、熟練者と若手は一定数存在するが、中間層が著しく不足する。本来、現場の中核を担う層が抜け落ちることになる。これにより、スキル低下およびエンゲージメント低下し、組織全体としての「現場力」が下がるという。
 従来のOJT前提モデルは 2030年以降成立しない。人数減だけでなく、技術の断絶、中核層不在、モチベーション低下などこれらが同時進行で発生する複合的な課題になっている。「人を増やす」「教育時間を増やす」だけでは解決できないという。そこで、車両メタバースを活用することにした。
 車両メタバースについては、平松氏が説明した。車両メタバースのメリットは、大きく三点ある。第一に、部品起点で情報にアクセスできる点。各部品には関連するドキュメントや動画、画像がすべて紐付けられているため、たとえ正式名称が分からなくても、その部品にアクセスすれば必要な情報を漏れなく確認することができる。名称や呼称に依存しない情報参照が可能になる点は、大きな特徴。
 第二に、必要な情報が一か所に集約されている点。これまで分散していたマニュアルや記録、ノウハウが部品単位で整理されているため、探す手間を大幅に削減でき、予習・復習の効率も向上する。
 第三に、複数人で同じ空間・同じ画面を見ながら確認できる点。複数の利用者が同時にメタバース空間に入り、「ここが該当箇所です」と同じ視点で確認しながら議論できるため、口頭説明による認識齟齬を防ぐことができる。
 また、同取り組みにおける重要ポイントは、AIが原因を「断定」しているわけではないという点にある。具体的には、AIは「この原因調査において、熟練者が参照した情報はこれです」、「この順序で、この部位を確認しています」という参考情報の提示までに留めており、「原因はこれである」、「この部品が故障している」といった結論の提示や断定的な判断は行っていない。
 これは、鉄道メンテナンスのようなミッションクリティカルな業務においては、AIによる誤推論や主張の強すぎる提示などいわゆるハルシネーション的な影響が、そのまま事故や重大トラブルにつながるリスクがあるためだ。
 このため同システムでは、「ここが参考になりそうです」、「過去にはこのような確認が行われています」という形で、最終判断は必ず人が行う設計思想を採用している。この「AIは判断を代替しない」という点が、本取り組みの大きな設計上の特徴となっていると述べた

この記事を書いた記者

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成澤誠
放送技術を中心に、ICTなども担当。以前は半導体系記者。なんちゃってキャンプが趣味で、競馬はたしなみ程度。