NHK寺田健二理事・技師長 「チームNHK」で未来を見据えた挑戦を続ける

 昨年10月、インターネットを通じたテレビ・ラジオの番組の同時配信と見逃し・聴き逃し配信、それに番組関連情報の配信を必須業務とする改正放送法が施行され、「NHK ONE」がスタートしNHKは新たな一歩を記した。日本で放送が始まって100年を経過し、放送と通信を取り巻く環境も大きく変化している。NHKは様々な技術開発により、我々の生活の向上に貢献してきた。  
 今回の放送記念日特別インタビューでは、寺田健二理事・技師長に、最終年度を迎える経営計画における技術部門の取り組み、中継局の共同利用、情報棟の進捗、最新技術を利用したコンテンツ制作の取り組み、今後の技術部門の方向性などを聞いた。
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 ――2026年度は経営計画の最終年度です。経営計画達成に向けた技術部門の取り組み状況と今後予定している対応について教えてください

 寺田 経営計画に掲げた計画や施策を着実に前進させ、達成するため、技術部門ではさまざまな取り組みを行ってきました。
 昨年10月、インターネットを通じた番組などの提供をNHKの必須業務にすることを盛り込んだ改正放送法が施行され、NHK ONEがスタートしました。旧NHKプラスから移行された方、新規にご登録をいただいた方ともに、質の高いコンテンツを様々な手段で楽しんでいただいており、インターネットでもしっかりと公共的役割を果たせているのではないかと実感しています。お客様ニーズに則したより高い水準のサービス提供を目指し、今後もサービスの充実に向けた検討やそれに伴うシステム開発・構築などを進めていきたいと思います。
 放送に関しては、ネットワーク効率化に向けた取り組みを着実に進めています。2024年12月に設立した中継局の共同利用会社「株式会社日本ブロードキャストネットワーク(J―BN)」の2026年度中の本格会社化を目指し、総務省や民放各局といった関係者の皆様と協議を進めています。業界全体での送信コスト効率化をめざし、NHKと民放の二元体制による放送ネットワークを維持していくため、引き続き尽力してまいります。
 業務全般を大胆に見直す構造改革による経費削減にも取り組んでいます。
 事業支出を段階的に削減しながら2027年度の収支均衡を目指すため、設備投資の選択と集中を継続的に行っています。これまでは2026年度の本格運用に向けて渋谷・放送センターの情報棟整備に集中投資を行ってきましたが、今後は更新を抑制していた基幹局設備の更新を再開します。すべての設備において設備更新タイミングの見直しや、仕様・スペックの再精査を行うなど、引き続きコスト抑制を徹底します。平行して、制作設備のIP化・ネットワーク化、クラウド利活用など、コンテンツ制作のワークフロー改革や作業効率の向上に資するテクノロジーの導入については着実に推進し、将来に備えた先行投資も計画的に進めます。
 さらに、事業支出改革のひとつとしてメディアの整理を行っています。衛星波再編に続き、音声波であるR1、R2、FMをNHK AM、NHK FMの2波に再編します。技術部門としては、確実に切り替え作業を行えるようしっかり準備いたします。
 このようにNHKは公共放送としての役割を果たすため、常に新しいチャレンジを続けています。私たちはNHKにおける技術の専門家集団として、あらゆる業務に先端テクノロジーの力を活用し、経営計画達成に向けて取り組んでいます。

 ――中継局の共同利用について、現在の状況と今後の展望について教えてください

 寺田 中継局の共同利用については、NHKの還元目的積立金600億円を原資として、共同利用会社J―BNによる全国約480局のミニサテ共同利用事業と、放送ネットワークインフラの整備基金を設立し、放送事業者の中継局(ミニサテ局・小規模局)共同整備に助成する事業を行います。
 これまで、放送事業者で設備仕様の共通化や送受信技術者の人材確保施策などの検討を行ってきました。その上で2つの事業の相乗効果・相互補完により、二元体制による放送ネットワークの維持を目指します。還元目的積立金600億円のうち、約200億円は、J―BNに出資し、ミニサテ共同利用事業や、BB等代替支援事業などを行う計画です。
 「NHK財団」に設置することを想定している基金には400億円を出捐します。この基金により、中継局共同整備への助成や将来のネットワーク維持への助成を行う計画です。助成事業の対象は、小規模中継局や、共同利用会社が一括して管理・運用するミニサテです。
 ミニサテの共同利用と、基金による小規模中継局整備助成は、放送法20条の2に基づく「出資」に、「出捐」を加えて、あまねく放送を届けていく放送ネットワークの維持に貢献することで、中継局設備を共同で利用することにより事業運営の効率化を可能とする法改正の趣旨を着実に実現していきます。
 現在の放送業界全体の状況や、情報空間における課題、視聴者・国民視点の情報取得の観点を考慮することが重要と考えています。また、次世代の伝送路整備についても、BB等代替など将来を見据えた施策を、総務省および放送事業者をはじめとする関係者の皆さまと検討し、進めていきます。
 NHKは今後も民放の皆様と協調して、二元体制による放送ネットワークを維持することに取り組んでまいります。

 ――2026年度には情報棟のカットオーバーが予定されています。カットオーバーに向けた準備状況と今後の予定、取り入れる技術や視聴者にとってのメリットなどを教えてください

 寺田 情報棟は、NHKがさまざまな情報を発信していくための最も重要な拠点となります。IP技術やAIなどの技術革新も取り込みながら、災害時になくてはならぬ命綱としての役割を実現していきます。
 情報棟は、首都直下地震など大規模災害時にも放送を継続できるように設計されています。建物には免震構造を採用して、自家発電設備などのBCP対策も整えることで、万全の体制を整えています。いかなる時でも視聴者・国民の皆さまの命と暮らしを守るという使命を果たすうえで、この情報棟が重要な役割を担います。
 ニュースセンターでは、これまでメディアごとに分かれていた設備を集約して情報の一元化を図り、多角化するサービスを効率的に生み出すことが可能なコンテンツ制作の基盤を構築します。さらに、移行に併せて新たな設備やシステムの導入を進め、業務の自動化や効率化、高度化を図っています。例えば、一部の操作を自動化させることによって、テロップの速報性のさらなる向上が期待できます。より速く、より質の高いニュースや番組をお届けできるよう、さまざまな工夫を進めています。またテレビスタジオでは、IP技術の活用により柔軟なリソース運用を可能とすることで、生産性の向上と新しい“作り方”の実現を目指します。
 放送設備の設置工事は2024年11月から始まり、2025年12月には概ね工事も終えて、情報棟の中核となるニュースセンターやマスターシステムなどを中心としたシステム間の結合テストを行ってきました。さらに、新しい設備の運用訓練を進めながら、2026年からは、大規模災害が発生した際の緊急ニュース送出や国会中継時など手動で番組を送出する場面を想定し、実際の業務と同じ流れで行う総合的なシステムテストを実施しています。これにより、業務が滞りなく行えることを確認しています。あわせて、現放送センターから情報棟へ移行する手順の詳細検討も進め、2026年度中の本格運用を目指して着実に準備を進めていきます。

 ――2026年の3月で東日本大震災から15年となりました。防災・減災に関する技術部門の取り組みを教えてください

 寺田 2026年3月で、東日本大震災から15年となりました。この節目を、単なる年月の経過としてではなく、災害時に公共メディアが果たすべき役割を改めて考える機会と捉え、視聴者の判断や行動につながる情報を、非常時でもきちんと届けるための技術的な取り組みを重ねてきました。
 まず、災害報道において「見やすく」「伝わる」「行動を促す」テレビ画面となるよう工夫を進めてきました。視聴者が状況を直感的に理解し迷わず行動できるよう、災害の状況を伝える映像領域と文字で情報を伝えるテロップ領域に分け、一目で内容が分かるよう画面レイアウトを見直し、実際の放送で利用しています。
 情報の迅速化については、これまで人が入力していたL字放送の文字情報について、アメダスのデータから自動でスーパー用の文字データを作成する仕組みを2024年に開発しました。この仕組みを台風情報や気象警報にも拡大し、防災・減災に役立つ情報を迅速かつ効率的に視聴者に提供しています。
 被災地の現場対応では、これまで通り現地の地域放送局からの要請を受けて行う支援に加え、本部や拠点局が状況を把握し、要請を待たずに先回りして支援を行う「プッシュ型支援」を強化しています。2024年の日向灘地震に伴う南海トラフ地震臨時情報や、昨年12月の北海道・三陸沖後発地震注意情報の発表時には、中継クルーと機材を迅速に支援することで、中継体制を速やかに整えました。
 視聴者のみなさまに持続的に安定した情報を届けるための訓練も重ねています。南海トラフ巨大地震など大規模災害を想定した訓練や報道設備の大規模なネットワーク障害などを想定したBCP訓練を、技術と報道の担当者が合同で行い、障害が発生した場合でも放送をとめないようにするための対応力を高めています。配信分野では、NHK ONEにおいて、災害発生時に速やかに災害モードへ切り替える運用や、アクセス集中への備えを行い、非常時を含めた安定した情報提供を実現しています。
 今後も、設備・運用・人材のすべての面で改善を重ね、社会にとって欠かせない情報提供を、技術の側面から着実に支えていきます。


8K深海撮影システム©NHK in coproduction with ZDF/ARTE and OceanX

 ――最新技術を利用したコンテンツ制作の取り組みやトレンドについて教えてください

 寺田 技術革新のスピードが増す中、NHKでは最新技術を積極的に活用することで、業務の効率化や品質向上を実現し、これまでにない表現や手法に果敢にチャレンジすることで、コンテンツの価値を高める取り組みを進めています。
 NHKが独自に開発した「8K深海撮影システム」では、深海の撮影に挑んでいます。潜水艇の外側に水深1000mまで耐えられるハウジングを取り付け、8K映像を光ファイバーケーブル1本で自在に操作できる、世界でも唯一の仕組みを作り上げました。2024年にはインドネシア沖でシーラカンスを発見し、2台の有人潜水艇と1台の無人潜水艇を使って72時間にわたる観察をしました。暗闇で静かにホバリングする姿や、8匹が群れで暮らすという新たな発見まで、貴重な生態を高精細に記録することができました。


火星の女王

 放送100年特集ドラマ『火星の女王』では、最新の科学的知見に基づいて“100年後の火星”を映像化しました。単なるSFではなく、リアルにあり得る未来像を提示する世界です。そのため、火星のCG素材制作にあたっては光の挙動、夕日の色味まで、細かな設定を丁寧に積み重ねました。さらに、機械学習によるAI技術を積極的に導入し、CG合成に必要な処理を効率化することで、複雑な砂煙や大気表現など、細部までこだわったVFXを実現しています。全547カットという大規模な制作でしたが、NHKの技術と工夫、そして新しい技術への継続的な挑戦によって、高品質な映像に仕上げることができたと感じています。
 大規模な海外スポーツ大会では、クラウド技術を制作の実運用に組み込んでいます。NHKでは、編集機能をクラウド上に置くクラウド編集を、2024年の海外スポーツ大会から導入し、運用実績を重ねてきました。2026年にイタリアで開催された海外スポーツ大会では、これとは別に、映像スイッチャーや音声ミキサーといった現地制作の中核機能を、NHKとして初めてクラウド上に構築して運用しました。さらに、バーチャル合成処理をクラウド上で行うことで、現地スタジオでのバーチャル演出を可能にしました。こうした複数の取り組みにより、放送品質を維持したまま機材削減や設営期間の短縮を実現し、制作フローの効率化につなげています。


水中洞窟立体画像

 南大東島の水中鍾乳洞では、通常の潜水では到底進めないような真っ暗で複雑な空間に挑みました。潜水チームは互いの動きを熟知し、命綱となるラインを頼りに8Kカメラで貴重な映像を撮影しました。また、その膨大な素材をフォトグラメトリで立体化し、洞窟内部を3DCG化しています。肉眼では把握しきれない地形を“見える化”できたことで、映像としての理解度と臨場感が一気に高まりました。こうした実写とCGの融合手法は、今後の自然探査番組や文化財調査、さらには未知領域の再現など、さまざまなコンテンツ制作に応用できる大きな可能性を感じています。
 今後もNHKでは、進化する技術を柔軟に取り入れてチャレンジを続け、コンテンツの価値向上と制作プロセスの効率化に取り組んでまいります。

 ――技術部門でのAI技術の利活用状況と今後の展望についてお考えを教えてください

 寺田 NHKでは2019年頃から文字起こし・顔認識・翻訳、人物名解析や顔ぼかしなどの特化型AIを導入し、 番組制作の効率化と高度化を進めてきました。AIアナウンスではニュースやラジオで実用化が進み、自然な発声で災害時の放送継続にも寄与しています。更に生成AIを活用した映像の自動要約や投稿映像への説明文自動生成、編集作業を支援するツールの開発など、コンテンツ制作を支える取り組みを強化しています。また、開発中の自動スイッチングシステム「SWARTA」は、音声・映像の特徴量に基づくスコアリングとルール制御に、発話の文字起こしと大規模言語モデルによる一致度判定を組み合わせ、スタジオ番組制作で会話の内容に即した自然な切替えを実現しています。誤情報や著作権リスクに配慮し、厳格な運用ルールと人による確認を徹底することで透明性と検証のしやすさを保ちながら、信頼できる放送と現場の持続的な運営の両立を目指しています。

 ――今後の技術部門の研究開発の方向性について教えてください

 寺田 メディア総局メディアイノベーションセンターでは、現場の業務効率を高めることを目的に、先端技術を活用した多様なシステムの実装を進めています。音声合成や映像の自動要約、政見経歴放送向けのコンテンツ制作支援、地域局の気象情報をもとにした字幕スーパー原稿の自動生成、ソフトウェアスイッチャーなどがその一例です。
 これらの開発には、放送技術研究所で培われた研究成果も積極的に取り込み、迅速な開発と展開を実現しています。さらに、生成AIの活用にも注力し、検証と現場導入を並行して推し進めています。
 放送技術研究所では、研究開発の方向性を描いた「Future Vision 2030―2040」で掲げる「イマーシブメディア」「ユニバーサルサービス」「フロンティアサイエンス」を三つの重点領域とし、研究開発を進めています。没入感あふれるメディア体験を実現する研究、いつでも・どこでも・誰にでも必要とされる情報を確実に届けるための研究、そしてそれらを支える基礎研究を通じて、未来のメディアの創造と持続可能な社会への貢献を目指した研究開発に取り組んでいきます。
 NHKが放送したニュースなどの独自データを活用した信頼性の高い生成AI基盤の開発や、人が接近できない場所からの撮影を可能にする360度カメラ搭載ドローンによる無線中継技術など、制作や報道の現場を支える技術の研究開発を進め、コンテンツ制作の効率化・高度化と新たなサービスの創出につなげていきます。また、放送とインターネットを活用し情報を届ける際の信頼性確保を重要な課題と捉え、メディアの信頼性向上のための研究開発を進めるとともに、ユニバーサルサービスの観点から、手話CGコンテンツの生成や解説情報に関する研究など、多様な情報提供に向けた取り組みにも注力します。さらに、外部とのオープンイノベーションや技術標準化活動にも積極的に参画し、放送技術の枠を超えた価値創出を図りながら、安全・安心で、豊かなメディアの未来に向けて、今後も研究開発を着実に進めていきます。

 ――2025年10月にはNHK ONEのサービス提供が始まるなど、メディア環境が急速に変化しつづけています。最後に、NHKの技術統括としてメディアやNHKの将来像についてお考えをお願いします

 寺田 2025年10月のインターネット必須業務化に伴い、新しいサービス「NHK ONE」をスタートしました。放送と通信の世界を融合・一体化させ、NHKの正確で豊かなサービスを、より幅広く楽しんでいただくことを目指しています。
 近年、デジタル化の進展により、視聴スタイルやメディア環境は大きく変化しています。利便性が高まる一方で、フィルターバブルやフェイクニュースといった課題も顕在化しています。通信の世界においても、NHKが正確で信頼できる情報を質・量ともに安定して提供し、「情報空間の参照点」となる情報を提供する役割を果たすことが、これまで以上に重要になっています。
 こうしたメディア環境の変化を受け、誤情報・偽情報対策をはじめとする放送・通信融合時代に必要な技術開発や、コンテンツの質と量を確保するため、AIを活用したコンテンツ制作の効率化・高度化にも力を入れています。私たちNHK技術は、研究から開発、制作、送信・配信までを一貫して担っており、各部門が連携していることが大きな強みです。この強みを生かしながら、先端テクノロジーを活用して新たなチャレンジを続けています。
 時代が変化しても、「正しい情報を確実に届ける」という公共メディアの使命は変わりません。「いつでも、どこでも、誰にでも」価値を届ける公共メディアとして進化し続けるため、「チームNHK」として、未来を見据えた挑戦を続けていきます。