秋田ケーブルテレビ、若手IoTプロジェクトチーム「コト・ウル」

 秋田ケーブルテレビ(CNA、秋田市、末廣健二代表取締役社長)は、2023年7月に秋田県を中心に発生した局地的豪雨災害で、自治体の課題意識の高まりを受けて、同年8月に理系でもIT人材でもない社内の若手を集めたIoTプロジェクトチーム「コト・ウル」を編成した。POC(概念実証)提案する活動から始めて、「IoTダッシュボード」をメイン商材に秋田県内自治体のニーズをヒアリングし、IoTセンサーを活用した防災実証実験等を県内25自治体に提案。現在では実装案件4自治体、実証実験12自治体という成果を上げている。「電波タイムズ」は、「コト・ウル」チームを立ち上げた末廣社長、「コト・ウル」チームのテクニカルクリエイト本部リーダーの遠藤和幸さん、同本部の伊藤美夏さん、後藤花唯さんに話を聞いた。

 「コト・ウル」という名称はチーム内でネーミングした。〝IoTで安心・安全な暮らしを実現する。「モノ」と人がネットでつながり解決「コト」になる〟という意味だ。
 末廣社長は「コト・ウル」立ち上げの経緯を「ケーブルテレビが提供している放送やネットサービスはBtoC(ビジネストゥーカスタマー)ですが、少子高齢化の影響は秋田県も同様で、カスタマーがどんどん減っています。その状況で、ビジネスフィールドを広げていかなければいけないと感じました。秋田県の局地的豪雨災害が2023年に起こって、自治体の課題意識が高まり、こうした地方自治体の様々な課題を無線など新しいテクノロジーを使って解決する新事業を立ち上げました。そこで出てきたのが富山の射水ケーブルネットワークなどがLPWAを使って水位や雨量などのセンサーのデータをクラウド上に収集し、表示して配信するダッシュボードを先行して行っていましたので、業界の横連携で紹介していただき、こちらを地方自治体の課題解決につなげたらと考えました」と話した。
 さらに「ケーブルテレビと親和性がいいのも導入のきっかけでした。当社も道路ライブカメラのチャンネルを持っていますが、そちらに付加しやすいこともわかりました」(同)。
 「コト・ウル」は、理系でもIT人材でもない〝素人〟のチームが特徴だ。末廣社長は「『IoTダッシュボード』は、セールスにおいて、IoTのプロフェッショナルでなくても少し勉強すれば簡単に展開できると思いました。同業他社では、新規事業は専門部隊による事業部をつくって進めると思います。当社も物販や不動産事業はそうした進め方を行っています。私は組織としてのタテ社会の弊害も感じており、例えばカスタマーセンターで一日中、お客様の電話を受ける社員、総務経理の仕事を1日中こなす社員とか。仕事としては当たり前ですが、部外の横のコミュニケーションがとりにくいと。私が社長に就任した13年前は従業員50人規模の会社でしたが、今は子会社を入れて170人ほどの大所帯です。毎日の仕事の中で、横のコミュニケーションが図れないか考えていました。『コト・ウル』というアイデアが出た時に、IoTのプロでなくてもいいと思ったので、人選にあたって若手を中心に各部署2人くらいピックアップしてもらい横断的なチームをつくりました。このチームの仕事は1週間のうち1日くらい行う副業的なものです。横繋がりのコミュニケーションが行えて、若い人たちだけの熱心なディスカッションが可能なチームを作りました。今回は、そのことが成功したひとつの要因だと思っています」と話した。
 若手だからこそのフレッシュさで、相手の反応も大変いいという。「先方に足げく通って顔を売って、このダッシュボードを紹介して、コミュニケーションを図っていけば、ビジネスがスムーズに進みます。時には新しい課題が自治体担当者から出てくることもあります」と話す。
 末廣社長は「人材育成という意味では、若い時の成功体験、自分が進めたことが成果となって、フィードバックされて会社の業績の一部になっている、そういうことをどれだけ若い時に経験できるかが、人を成長させるエンジンになると思っています」と話した。
 地域密着型サービスのケーブルテレビ会社として末廣社長は「我々は、地元の地域の課題をDXで解決する、地域DXの担い手にならなければいけません。何年後になるかはわかりませんが、地方自治体から『秋田ケーブルテレビさんにぜひ解決してもらいたいことがあるんだけど』とポンと課題を投げかけられるような企業集団になりたいと思っています」と話した。
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 『BtoG(ビジネストゥーガバメント)領域のアプローチ戦略』の活動軌跡として日本ケーブルテレビ連盟東北支部の「2030推進プログラム」(24年9月)では、IoTプロジェクトチーム「コト・ウル」が「私たちにもできる」と報告された。各社役員が「小規模事業者でもIT人材がいなくてもできることはある」とコンセンサスを得たという。このユースケースは、日本ケーブルテレビ連盟「地域ビジネス推進タスクフォース」の活動を発表した25年6月の記者発表会でも紹介。同年7月の「ケーブルコンベンション2025」内のセミナーでも紹介されるなど業界で大きな注目を集めた。
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 ここからは実際の「コト・ウル」の活動を話してもらった。テクニカルクリエイト本部の伊藤美夏さんは次のように話した。
 IoTプロジェクトチームが目指すべき姿は、商品を販売し提供する(=「モノを売る」)だけでなく、IoT活用で様々な「モノ」がインターネットに繋がることで生まれる付加価値の提供(~なことができるようになって便利になった、問題が解決できた、など=「コトを売る」)によって安全・安心な暮らしが実現する(=「生活が潤う」)コトに貢献したい―です。
 まず、秋田県では実際にどのような課題が挙げられるかチーム全員で精査しました。秋田県と県内全25市町村へ課題をヒアリングしました。集中豪雨による被害や、クマの出没と人身被害、豪雪地帯としての被害などの課題が浮き彫りになりました。こうした課題解決に向けて、秋田ケーブルテレビの通信技術で地域の安心・安全な暮らしを実現するとして、IoTソリューションを提案しました。
 水位監視や積雪状況、鳥獣被害に対してIoTセンサーを導入・可視化をすることで、『時間をかけずに現場の状況がわかる』『現地確認の危険が減少した』『地域住民への早急な対処が可能』との評価をいただきました。具体的には、従来は現地を確認するのに現地に人が行かなければいけない。現状把握のために行った先で二次被害が起きてしまう。庁舎に戻って市民に呼びかけるところで、何度も時間とコストがかかっていたところを、IoTセンサーやカメラを導入することで、現場に直接行かなくても、庁舎内で状況を把握できる。状況を目視で確認した後に、その場で住民に呼びかけができると。秋田県も人口減少が進んでいる中、見回りの人材確保の面でも、センサーとカメラの導入で改善ができると聞きました。
 活動内容については、各部署の取引実績やコミュニティチャンネル取材での繋がり、親族・知人等コネクションを活用したアポイント取りを進めて、IoTダッシュボード+連携センサーの武器1本で県内25自治体を訪問し、PoC提案を行いました。
 提案したIoTソリューションは①水位(水圧式)・雨量センサー②水位(超音波式)・雨量センサー③積雪深センサー④獣害ワナセンサーなどです。①②の特長は、河川・ため池の水位を計測。コンパクトで商用電源が不要、低コストを実現。定常時や降雨時の状況がオンラインですぐに確認可能。防災重点ため池の計測業務を自動化、避難指示のエビデンスとしても利用できる。③の特長は、除雪車の出動判断等に必要な積雪データを自動取得。レーザーセンサーで精度の高い計測が可能。LTE―M対応でスマホの電波が繋がる場所ならどこにでも設置可能。商用電源による運用。④の特長は罠の作動で即時通報、毎日の現地見回りが不要。罠への取付は5分で簡単、LINEで見守り可能。見回り時の安全確保やコスト低減が期待でき、業務の効率化に繋がる。充電・電池交換不可の使い切り製品となっています。
 続いて、テクニカルクリエイト本部の後藤花唯さんは次のように話した。
 秋田市と潟上市に設置したライブカメラの映像をリアルタイムで見ることができる「し~なアプリ」は、道路渋滞情報以外に河川監視としても活用されており、2023年7月の豪雨災害発生時にはケーブルテレビ加入者だけでなく非常に多くのユーザーの関心を集めました。このことも防災に力を入れた要因です。
 「コト・ウル」の活動実績としては、県内の25市町村のうち実証実験が12案件、実装化が4自治体となっています。約半数の自治体にご協力いただいている状況です。実装案件ではSIMカメラを用いた河川監視や、アンダーパス水位監視などが挙げられます。今年度もすでに2自治体の実証実験が確定している状況です。
 続いて、テクニカルクリエイト本部リーダーの遠藤和幸さんが「コト・ウル」の活動以外のBtoG事例の紹介を行った。
 『ローカル5Gを活用した風力発電の設備利用率向上によるカーボンニュートラル社会の実現』(秋田市)は、令和4年度総務省「課題解決型ローカル5Gの実現に向けた開発実証」で、風力発電において、その運転保守に莫大なコストを要する(ライフサイクルコストの35%以上)という課題が存在していました。海岸線上の風力発電所周辺にローカル5G環境を構築し、損傷等異常のリアルタイム分析を目指し、ドローンで撮影した風車ブレードの高精細画像を陸域に伝送する実証を実施しました。風車メンテナンス作業の効率化による風力発電の設備利用率向上を通じ、カーボンニュートラル社会を実現します。
 このほか『ローカル5Gと地域インフラ利活用による住民移送サービスの維持存続』『風力発電のオペレーション・メンテナンスにおける無線通信の活用』などを進めています。
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 ※「IoTダッシュボード」:全国のケーブルテレビ局に展開されている共通プラットフォーム。日本ケーブルテレビ連盟が主導するIoTビジネス推進タスクチームの一環として、ZTV(三重県津市、田村欣也取締役社長)と射水ケーブルネットワーク(富山県射水市、髙山一登代表取締役社長)がケーブルテレビ事業者に向けて設備を用意し、各地域のケーブルテレビ事業者から自治体などに提供しているサービス。導入や運用のサポートも両社が行う。センサー(水位、雨量、積雪、罠、気象、冠水、温度/湿度/CO2など)からのデータをクラウド上に収集し、IoTデバイスのデータをグラフィカルにまとめ、一目で理解できるようにするデータ可視化ツール。全てケーブルテレビ内で構築するため自治体での初期構築やアカウントの発行は不要。テンプレートを作成した状態で提供して、ノーコードで編集可能。

 

この記事を書いた記者

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田畑広実
元「日本工業新聞」産業部記者。主な担当は情報通信、ケーブルテレビ。鉄道オタク。長野県上田市出身。