
[NHK]夜ドラ「あおぞらビール」が切り拓いた映像表現の未来とは?
制作者に聞く「iPhoneで実現した、新たなドラマ制作のフェーズ」
――ドラマ「あおぞらビール」の撮影にiPhoneを採用した理由をお聞かせください
昨年の秋、監督とプロデューサー部、技術部とで打ち合わせがあり、その際に監督から提案していただきました。本作では、地方ロケが多く、そのほとんどが川・海・山と自然に囲まれた撮影場所となるため、撮影での利便性・携行性・汎用性、撮影スタッフの人数など様々な点から、懸念点よりも、iPhoneで撮影を行う利点の方が多いと考え採用しました。
たとえば、俳優が山道を歩く際に自撮り棒で俳優自身に撮ってもらったり、海や川に飛び込むシーン、泳ぐシーンなどでも、通常では撮れない主観映像や水中カットが容易に撮れましたし、機動力もかなり上がりました。
――以前にもNHKのドラマ撮影でiPhoneが使用されたことはありますか
NHKとしてはコロナ禍の時期、俳優さんが自宅でiPhoneを使って自撮りした動画をドラマ素材にしたことはあります。また、ドラマ内のインサートカットでGoProやアクションカムと同様に、iPhoneを部分的に使用することはありました。しかし、iPhoneをメインカメラとして使うのはNHKでは「あおぞらビール」が初めての試みだと思います。
――撮影に使ったiPhoneの台数と機種を教えてください
撮影では、8~10台のiPhone16 Promaxを用意しました。Apple LogはiPhone15から搭載されていますが、4Kスロー撮影が可能になったことや画質の大幅は向上からiPhone16を選択しました。主な内訳としては、ABカメのカメラ・カメラモニターに使用し、場合によってAirPlayで監督や現場モニターとしても使用しました。
――iPhoneでの撮影は、従来通りのカメラワークが可能なのでしょうか? また通常のカメラ撮影との違いはありますか
パンやティルトに関しては、iPhoneに合わせた少し小型の三脚を用意することで概ね可能になりました。ズームワークは試行を重ね、解像度の問題などから、外付けのアクセサリーを使用するよりも、iPhone自体のレンズに制限をかけて運用した方が良いと判断しました。収録中のズームに関しては、小型移動車やジンバルを用いて成立させました。
――撮影中に苦労したことはありますか。また、セリフなど音声の同期はどのように取られましたか
三脚やアクセサリーを使用するにあたり、iPhone用ケージの選定に苦労しました。iPhoneで撮影するといっても本体さえあれば撮影できる、という訳にはいかないからです。
ケージにはグリップや映像伝送、モニター用iPhoneなど、必要なものを取り付けられるSmallHD社のケージを二種類用意しました。フォーカスはiPhoneに無線の映像伝送を付け、フォーカスブラーに映像を送り、ワイヤレスフォーカスでコントロールしました。iPhoneの撮影では、通常のカメラよりもフォーカスが合わせにくい部分があり、ワンオペで細やかなフォーカスワークをするのは少し難しく、フォーカスブラーの存在が必須のように思います。
iPhone撮影を考える際は、携行性に目が向きがちですが、フォーカスや画質をきちんとマスターモニターを見る環境が必要不可欠です。バッテリーは外部供給も考えましたが、熱によるパフォーマンス低下の恐れがあったため、内部バッテリー、内部収録で撮影をしました。
同期についてですが、録音部にタイムコードジェネレーターのテンタクルシンクを用意していただいたことで、TCの同期が行え、スムーズに映像と音声の同期もできました。
――iPhoneのほかにもソニーのシネマカメラ「FX3」も使用されたとのことですが
iPhoneは特定のミリ数のレンズしか搭載されていないため、望遠撮影に不向きなことが課題点です。被写体から距離を取った撮影の場合、距離感を作るのにiPhoneでは難しいため、FX3に望遠レンズをつけて対応することにしました。使用感としては今までも使っているカメラのため、現場でのストレスはほぼありませんでした。
ナイトシーンでは、FX3を使用しました。その大きな理由は、iPhoneのフレア・ゴースト現象です。撮影環境的にどうしても抑えられない部分が多く、撮影前に何度もテストを繰り返したところ、カメラアングルや照明にかなり制限をかけてしまうことが分かったためです。しかし、iPhoneのフレアやゴーストが絶対的にダメなものではない、と考慮しています。FX3は小型で利便性も良く、高感度モードが優秀かつアイリスのコントロールもしやすく、夜撮影にも適しているため採用しました。
――動画のフォーマットとポスプロ作業での使用ソフトを教えてください
カメラではBlack Magic camのアプリを使用し、AppleProResHQ4KのApple Logで収録しました。その後のデータ管理にはシルバースタックラボを使用し、本編・グレーディングはBlack MagicのDaVinci Resolveを使用しました。
――今回、ドラマ制作においてiPhoneを全面的に利用されたことで、新たな気付きはありましたか。また、可能性や今後の課題をどのようにお考えですか
今作を通じてiPhone撮影による一番の利点と感じたのはアクティブな動きに対する利便性です。例えば、従来のカメラでは撮影前の防水対策などに時間がかかりますが、iPhoneでは生活防水機能が備わっているため、時間の短縮ができます。また、カメラ本体が小さいため、人物とカメラの物理的な距離が縮まり、視聴者がより物語を身近に感じていただける画角で撮影できました。さらに実際、出演者の方にiPhoneを渡して目線カメラとして撮影していただくことができたり、テント内などの狭い場所での撮影など、様々な形の撮影に対応できることもiPhoneの強みだと思います。
その反面、今までカメラマンが培ってきた技術が反映させづらい部分があるとも感じました。これはズームワークや画角に一定量の制限がかかるためです。また、NDフィルターを複数枚使用することによって被写体がレンズ内で乱反射を起こす現象があり、その対策改善に常に悩まされました。
iPhoneでは、アイリスが固定になるため、感度を変えるしかなく、晴天下の撮影ではNDフィルターを複数枚使用する場合が多くありました。具体的な改善方法は、iPhoneに装着しているNDフィルターのアングルを変え、反射の出ない場所を探すなど…地道なものです。やりすぎると画質やフォーカスに影響するため、普段の撮影フローに加え、許容点を見極める作業が必要になりました。
減感減光に対するアクセサリーやアプリもまだ少なく、今度に期待しています。バッテリーや容量の問題から、どうしてもiPhoneが複数代必要になるため、現場作業で忙しいカメラアシスタントの管理が通常よりも困難になるのも課題の一つなので、一定量の台数が出る場合はデータマネージャーをつけたほうがスムーズに作業が進むと思いました。
しかし、iPhoneをメインカメラとすることで予算面での大幅なコストダウンを実現し、機材縮小による撮影スタッフの最小人数化もできました。山道や川、海の中を従来のカメラではなく、iPhoneという小さく軽いカメラで撮影行えたのは、大きな発見であり、今後の撮影スタイルへの可能性も感じる経験になりました。
――俳優さんたちのお芝居を撮影するにあたり、iPhoneを使うことの利点をどのようにお考えですか
三池監督や岩井監督がiPhoneを使い撮影していたのは知っていたので、利点があるのだろうと想定して現場に臨みましたが、これほどまで効果的とは思いませんでした。特に、この「あおぞらビール」のような“自由”をテーマにした作品は、俳優さんたちにカメラを意識させずにナチュラルに、のびのびと演じてもらえると実感しました。若い俳優や子役、演技未経験者たちが被写体になる際は、とても適した撮影方法だと思います。
■作品紹介
NHK夜ドラ「あおぞらビール」(総合/6月16日~8月7日・全32回)
原作は森沢明夫氏の小説「あおぞらビール」「ゆうぞらビール」。自称“Fラン大学”文学部4年生の主人公・森川行男(窪塚愛流)は、「人生の豊かさは、大自然の中、青空の下で、キンキンに冷えたビールを飲んだ回数で決まる」をモットーに、日々アウトドアライフを満喫する自由人。そんな森川のもとに、就職活動に苦戦している同級生の八木拓馬(藤岡真威人)が現れる。さらに、ひそかに森川のキャンプ生活に憧れる優等生の三条弥生(豊嶋花)や、後輩の松宮一朗太(南出凌嘉)も加わり、彼らはひょんなことからキャンプにハマっていく。彼らが行く先々で出会うのは個性豊かな人々ばかり。大学生の彼らは、そうしたユニークな人たちとの出会いや、川や山で採れた自然の恵み、ご当地グルメ、そしてキャンプ飯を青空の下で冷えたビールと共に楽しみながら、それぞれの未来を考え、成長していく。
この記事を書いた記者
- テレビ・ラジオ番組の紹介、会見記事、オーディオ製品、アマチュア無線などを担当