
[新社長インタビュー]日本映画放送 宮川朋之氏 開局30周年に向けて挑戦と未来 「作る会社」への変革と「理想と利益」の追求
ネットフリックスをはじめとした動画配信サービスの台頭により、有料専門チャンネルを取り巻く環境は一段と厳しさを増している。そうした中、「時代劇専門チャンネル」「日本映画専門チャンネル」を運営する日本映画放送株式会社は、独自のオリジナルドラマや特集編成を通じて確かな存在感を示してきた。今年6月に代表取締役社長に就任した宮川朋之氏は、コンテンツの質と独自性を武器に、配信時代における専門チャンネルの新たな価値を模索している。苦境といわれる有料放送の世界で同社はどのような戦略を描こうとしているのか。宮川氏に変革への決意を聞いた。
《「作る会社」への転換目指す》
――まず、社長就任を打診されたときの状況をお聞かせください
石原隆前社長と杉田成道取締役相談役から直接「社長に」と打診されました。その瞬間は思わず“本当ですか?”と答えてしまいました。これまではマネジメント側の立場にいながらも映画やオリジナル時代劇をプロデュースする二刀流でやってきましたから、非常に驚きましたし、同時に責任の重さをぐっと感じました。
――現在の心境は?
弊社が運営する「日本映画専門チャンネル」と「時代劇専門チャンネル」は2028年に開局30周年を迎えます。企業にとって30年は節目ともいわれます。外資系や国内の配信サービスが台頭し、有料専門チャンネルのあり方が問われるなど、弊社をはじめ、放送の世界はいま、先が見通せない混沌とした状況にあります。そういう中で30周年に向けてこの会社の舵をどのように取り、どういう方向に進めれば、さらに成長していけるのか、非常にやりがいのある、面白い時期に社長に就任したと捉えています。
――今回、宮川さんは御社としては初めてプロパーから社長になられました。このことについて、重圧のようなものを感じておられますか?
“プロパーでも頑張れば社長になれる”と後輩たちに可能性を示せたことは大きいですが、逆にここでつまずいたら“やっぱりプロパーだからダメだ”と見られてしまいます。その意味では大きな責任を感じています。ただ、根拠はなくても“自信を持つしかない”と腹をくくってはいます。
――社長就任にあたり、社員の皆さんに向けてどのようなメッセージを送りましたか?
社長就任の挨拶の時、社員に伝えたのは「作る会社にしていこう」ということです。有料専門チャンネル全体の特徴ですが、弊社も完成された作品を権利元から購入・編成し、お客様にお届けするのが主な業務でした。そんな中、時代劇専門チャンネルでは、2011年から時代劇の聖地、京都の熟練スタッフとともに業界で初めてオリジナル時代劇の制作を手掛けるようになり、2024年からは池波正太郎先生原作、松本幸四郎さん主演の「鬼平犯科帳」シリーズがレギュラーとしてスタートしました。また、2016年にスタートした藤沢周平先生原作、北大路欣也さん主演の「三屋清左衛門残日録」シリーズも大変好評で9作目を制作しています。
このように会社のブランディングというのは、やはりオリジナル作品を作っていくことによって、より成熟感が出てくるものなのです。新作の「鬼平犯科帳」を作っているのは「日本映画放送」であり、その会社が「時代劇専門チャンネル」を運営している──そう世間に認知されることが強みになると考えていますし、作り続けていくことで弊社が著作権を保有したり、IP戦略やグローバル戦略にもつながっていくでしょう。継続して作ることによって会社は成長していくと考えていますので、そういう意味を込めて「作る会社にしていこう」ということをメッセージとして強く打ち出しました。
――宮川さんはこれまで、プロデューサーの立場で数多くの作品を手掛けてこられました。その経験を社長業にどう活かしていきますか
私がプロデューサー時代から大事にし、何かあるたびに思い返してきたのは、弊社の先々代社長で、現在は取締役相談役を務める杉田成道が提唱する“二つの「り」”という言葉です。「り」というのは、理想の「理」であり、利益の「利」ということなのですが、理想がないと利益は生まれないし、利益だけを追えば大事なものを見失ってしまう、という意味です。
健全な会社経営と社員に働きがいのある環境を提供するために利益を求めることはもちろん大事です。ただ、エンターテインメントの世界では、やみくもに利益だけを優先することは絶対に避けなければいけません。プロデューサー時代から「自分はどういう作品を作りたいのか。それは本当に作りたい作品なのか?」「これを作ることによってお客様に喜んでいただけるのか?」という、ある種の理想を胸に抱きながら作品を作ってきました。
社長になったいまも常に理想と利益をどのように両立させるのか、そしてチャンネルのブランド力をいかに上げていくかを考えています。混沌としたメディア業界であるからこそ、ぶれない軸を持つことが必要なのです。プロデューサーから社長になったからこそ、よりいっそうこの“二つの「り」”という言葉を大事にしていきたいです。
――今後は、プロデューサーとしては制作には直接関わらないわけですか?
それは私が独断で決めるわけにもいかないので、何とも言えませんけれど、私自身がプロデュースをするというより、後進の若手たちに大きな経験を積んでもらい、優れたプロデューサーを生み出すことのほうが重要と考えています。
――それがご自分のミッションとして捉えられているわけですね?
自分のミッションは、社員プロデューサーたちに自由に作ってもらうために、しっかり売り上げと利益を上げる体質をより強固にしていくことだと思っています。社長業とプロデューサーの業務は両立できるほど甘いものではないと考えています。私の立ち位置としては、会社経営や人事・総務を含めた環境整備をしっかり見ていくことに専念していきたいと思います。
《強みとリブランディング》
――チャンネルについてお聞きします。まず日本映画専門チャンネルの強みはどこにあるとお考えですか
まず、第一に挙げたいのはスタッフの力です。映画やドラマへの深い知識と愛情を持ったキュレーターともいえる“目利き”たちの存在です。限られた予算の中で自分が本当に面白いと思えるものを選んで届けようとする、その姿勢がお客様にしっかり伝わっていると思います。日本映画専門チャンネルでは、映画だけでなく、ドキュメンタリーやテレビドラマも柔軟に編成していますが、彼らのぶれない姿勢がお客様にも伝わっており、熱烈なご支持をいただいています。
――今後の編成方針や新たに取り組みたいことは?
いま申し上げた日本映画専門チャンネルの強みを活かしながらも、時代に合わせたリブランディングが必要と考えています。これまで日本映画専門チャンネルは“名作から新作まで”とうたってきましたが、新作映画は配信で観る形が定着しています。そうした中では、日本映画の名作と独自のオリジナル企画をどのように組み合わせてお届けするかが課題でもあり、リブランディングでもあります。
今年、伊丹十三監督の映画10作品の4K版放送と劇場上映会を連動させた大型企画を実施したところ大ヒットしました。このように新たなアイデアを進めることが一つのリブランディングで、そのような施策をより強化していくため、来期に向けて様々な動きを加速化していく予定です。
また弊社では、映画・ドラマ・アニメの名作・話題作をサブスクリプションで視聴できる配信サービス「日本映画NET」を展開しています。この配信サービスと放送の日本映画専門チャンネル、そしてリアルイベントを一気通貫で仕掛けるような取り組みも考えています。
《若者層に時代劇の魅力を訴求》
――時代劇専門チャンネルはCSの中で圧倒的な強さです。特に人気の高い作品は?
最も好評なのは、やはりオリジナル時代劇の「鬼平犯科帳」と「三屋清左衛門残日録」です。「三屋清左衛門残日録」は9作目を制作し、2026年には10作目の制作を予定しています。このシリーズは、作品ごとにスケールアップしたり、大物ゲストが出演する、といった派手さよりも〝安心して見られる〟ことを重視しています。藤沢周平先生の原作を生かして、淡々とした日常を描写する中に登場人物たちの味わいのあるお芝居を楽しめることが特徴です。これまでの時代劇とはちょっと違う、時代劇専門チャンネルだからこそ生まれた作品であると自負しています。ちなみに9作目の撮影にあたっては、共同製作する「J:COM」様を通じてエキストラ4名を募集したのですが、1200人もの方からご応募をいただくなど、本作品の人気の高さを実感しました。
松本幸四郎主演「鬼平犯科帳」シリーズⒸ日本映画放送
――「鬼平犯科帳」に関連した新しい取り組みもあるそうですね
池波正太郎先生原作の「鬼平犯科帳 本所・桜屋敷」をレジェンド声優さんたちが舞台上で朗読するプレミアム朗読劇を企画しました。アニメ「鬼平」で長谷川平蔵役を担当されたほか、オリジナル時代劇「鬼平犯科帳」では語りを務めていただいている堀内賢雄さんをはじめ、豪華声優陣にご出演いただきます。ふだん時代劇に馴染みのないアニメファンや若い世代に「鬼平犯科帳」の世界を知っていただく、いい機会になると考えています。「本所・桜屋敷」は、若き日の平蔵を描いた作品でもあるため、若手声優の方々にも参加していただいているので幅広い年代層に訴求できるはずです。すでにSNSなどでは「豪華な声優たちが揃っている」と話題になっているという声も聞いています。
――時代劇専門チャンネルの課題と展望は?
これまでは主に60~90代のシニア層を中心に支えられてきました。もちろん今後もその層のお客様は我々の絶対的なベースとして大事にしていきます。しかし、これだけメディアが多様化している中、若い世代にも時代劇の魅力や面白さを知っていただくことが必要です。次の世代に時代劇の魅力をどう伝えていくかを考える時期に来ています。これまではシニア層に向けてしっかりとボールを投げてきましたが、もう少し違う角度でボールを投げたいと考えています。
――高齢者層と若者層のギャップをどう埋めるかが必要であると?
エンターテインメントの世界においては私自身、そういう世代間のギャップはないと考えています。例えばいま、劇場公開映画として大ヒットしている「鬼滅の刃」や「国宝」は、高齢者層から若者層までが劇場につめかけ、どちらも莫大な興行収入をあげています。つまり面白い作品であれば年齢も性別も関係なく、世代を超えて響くものなのです。昨今はとにかく何でもマーケティング至上主義で、データを重要視していますけれど、数字だけを参考にするのではなく、志としっかりしたビジネススキームができていれば多くの人に見ていただける環境は作れるんだ、ということを「鬼滅の刃」と「国宝」のヒットを見て強く思いました。
――時代劇専門チャンネルに関してはそんなに心配はしてないということでしょうか
いや、心配ですよ。常に心配ですけれども、海外では昨年、米国のテレビドラマシリーズ「SHOGUN 将軍」がエミー賞を獲得して世界的に時代劇が注目され、国内では自主映画の「侍タイムスリッパー」が日本アカデミー賞の最優秀作品賞を獲り、そして「国宝」が大ヒットし、その恩恵で歌舞伎座にまで多くの人がつめかけているという現象を見ると、時代劇や伝統芸に追い風は吹いています。その風が吹いているところに乗り切れていないという、もどかしさはありますが、取り組み方次第では大化けするだろうという期待感もあります。
具体的にいうと、当社の若い作り手がシニア層にも、20代にも楽しんでいただける新たな時代劇を発想してもらえれば面白いかもしれません。
《海外向け配信サービスの成功》
――御社は海外向け配信サービス「24/7 SAMURAI SHINOBI(トゥエンティフォー・セブン・サムライ・シノビ)」を展開しています。このサービスについてご説明ください
弊社では、世界市場における時代劇認知の向上や時代劇ファンの新規創出を目指し、2022年に配信サービス「SAMURAI VS NINJA」を立ち上げ、ユーチューブなどでオリジナル時代劇や時代劇の名作ドラマなどを配信してきました。特撮アクション作品の巨匠・坂本浩一監督が手掛けた新感覚時代劇「BLACKFOX:Age of the Ninja」は1900万回以上、「SHOGUN’S NINJA」は230万回以上再生されるなど、両作品とも絶大な人気を誇っています。さらに、松本幸四郎さん主演の「鬼平犯科帳 本所・桜屋敷」や豊川悦司さん主演の映画「仕掛人・藤枝梅安㊀㊁」のほか、「座頭市」シリーズ、「御家人斬九郎」シリーズなど、新旧時代劇を配信しています。
今年4月には1.8億人を超える北米のプライム会員のほか、同地域の非会員ユーザーをターゲットとし、米Amazon社が運営するPrime VideoのFASTチャンネルとして「SAMURAI VS NINJA」の名称を「24/7 SAMURAI SHINOBI」に変更し、新たなサービスをローンチしました。FASTチャンネルは今後、ほかのプラットフォームでも展開し拡大する予定です。
――海外にも時代劇ファンがいるのですね
この配信サービスにおける売上は黒字化が目前で、今年度中に累損一掃する予定です。これを基盤に新作時代劇の資金循環が実現する目途が立ちました。今後は海外のユーザーがどんな作品を求めているかをきちんとキャッチアップし、そこに合わせた形で多彩な時代劇を提供していきたいと考えています。
《人生を変えるエンタメの魅力》
――宮川さんは以前より、有料多チャンネルサービスについては厳しくなるという見立てをされていらっしゃいます。現在はどのようにお考えですか?
有料多チャンネルサービスがお客様のニーズに合っていないことを考えると、これから一層厳しくなると見ています。一方、サービスを提供する側としてはARPが大きく、いわゆる販売額が大きくて、原価を抑えれば利幅が大きくなるので、特にケーブルテレビ局は今後も有料多チャンネルサービスから撤退することはないでしょう。
ただ、“観たいコンテンツには対価を支払う”という文化は、ここ30年の間に完全に根付いてきました。その最たるものがネットフリックスの伸長です。そこで最も大事になるのが、先ほどから申し上げている“面白いものを作る”ということです。我々にとって恵まれていることの一つは、それが時代劇であるということです。他社が時代劇の新作を作っていない分、新作を作れば当社のエッジが立ち、より存在感を放つことができる。これこそが我々の強みです。
――では最後に、宮川さんがお考えになる映像文化の魅力をお聞かせください
映像文化ではなく、“エンタメの魅力”になってしまいますけれど、映画やドラマは、たった一作品で人生を変える圧倒的な力を持っていると信じています。それが最大の魅力であり、私自身もその熱量に動かされて作る側に足を踏み入れた一人にほかなりません。
我々は社員一同、これからも多くの方々に楽しんでいただける作品をお届けしてまいります。
(宮川氏の撮影は全て川村容一氏)
この記事を書いた記者
- テレビ・ラジオ番組の紹介、会見記事、オーディオ製品、アマチュア無線などを担当