放送100年特別企画「放送ルネサンス」第5回
テレビマンユニオン会長
重延 浩 さん
重延 浩(しげのぶ・ゆたか)氏。株式会社テレビマンユニオン会長・ゼネラルディレクター・取締役・演出家。1941年、旧樺豊原出身。1964年、国際基督教大学卒業。同年、株式会社東京放送(TBS)に入社。1970年、日本初の独立系制作プロダクションである株式会社テレビマンユニオンの設立に参加。1979年、同社代表取締役、1986年、同社代表取締役社長を経て、2002年、同社代表取締役会長・CEOに就任。2012年より現職。
重延 浩さん インタビュー
Contents
- 1 まず重延会長が「放送」というものを意識された出来事がありましたらお聞かせいただきたい
- 2 その後、1964(昭和39)年に国際基督教大学を卒業、同年東京放送(現・TBS)に入社された
- 3 これまで長きにわたり、放送史に残る優れた番組制作を手掛け、放送の最前線に立ってこられた。現在の放送界の課題をどのように考えておられるか
- 4 今、制作者や放送局は視聴率に振り回されていると?
- 5 デジタルデバイスの登場で放送の世界は激変したが、その影響をどのようにお考えか
- 6 地上波放送はネットに飲み込まれてしまうのか
- 7 放送局にはまだ、新たなものを作る可能性はあるか
- 8 番組制作会社の会長として今の放送局に向けて言いたいことは
まず重延会長が「放送」というものを意識された出来事がありましたらお聞かせいただきたい
私は1941(昭和16)年、樺太(現・ロシア連邦サハリン)の豊原というところで生まれた。当時、豊原には日本のラジオ放送局があり、電柱に取り付けられたスピーカーから放送番組が流れ、大相撲やラジオドラマなどを大勢の大人が夢中になって聴いている姿を見て、〝放送っていうのは、皆で楽しむものなのかな〟と思ったのが、初めて放送を意識した出来事だと記憶している。
終戦後、私たちの一家は北海道札幌市で暮らすことになった。中学時代はラジオの「新諸国物語」と「君の名は」を聴いていた。高校生の頃は、NHKの「お笑い三人組」や「ジェスチャー」といったテレビのバラエティ番組が好きで、面白いなぁと楽しんでいた。また、中学、高校時代は映画にものめり込んだ。その時は将来、放送の仕事に就きたいという気持ちは芽生えていなかったが、映画を夢中になって観た経験が映像制作という面で私に大きな影響を与えたのは間違いない。
その後、1964(昭和39)年に国際基督教大学を卒業、同年東京放送(現・TBS)に入社された
ドラマのアシスタントディレクターとして7年あまり働いた。そんな中、萩元晴彦氏、村木良彦氏、今野勉氏ら、優秀な先輩ディレクターたちが、自分たちが企画した番組を自ら制作する――という志をもってテレビマンユニオンの設立を宣言、私にも声がかかり、その場で「参加します」と返事をした。実は当時、合理化を進めるTBS上層部には外部の番組制作拠点を持つという思惑があり、それが我々の考えと同期した。TBS側から中継車を1年間無償で貸与されるなど手厚いバックアップを受けることができたのは幸運だった。その後、番組制作会社が国内に次々に設立されたが、それを考えると我々の行動は先見の明があったのかもしれない。
これまで長きにわたり、放送史に残る優れた番組制作を手掛け、放送の最前線に立ってこられた。現在の放送界の課題をどのように考えておられるか
民放テレビ局の場合、どうしても「視聴率」というものが制作者の前に立ち塞がってくる。その影響は非常に大きく、視聴率によって日本の放送は変容してきた。もちろん、その数字は民放テレビ局の経営を支える重要な指標の一つであることは否定はしない。しかし、私は数十年、視聴率と戦い、そして視聴率調査を自分なりに徹底的に調べてきた。結論から言うと、私は視聴率だけが番組の価値だとは信じてはいない。視聴者の量はわかるが、視聴者の心が見えないからである。それよりもまず、やってほしいのは、番組に「共鳴する、感動する」という感情を数値として表す「視聴質」の導入だ。常々提唱してきたが未だに実現していない。テレビには「人と共鳴する」という価値がある。現在の視聴率調査では、共感したとか、そういう感情の価値を認めるというところがないのが現状。そこにこの「視聴質」が入ってくれば、スポンサーのつき方も変わり、番組の質も変わってくることが期待できる。その結果、制作者も数字に振り回されずに企画を出し、本当にいい番組を作ろうというモチベーションにつながってくるはずだ。
今、制作者や放送局は視聴率に振り回されていると?
制作費用が安く済み、一定の数字が取れるということで、今はどの放送局もグルメ番組だらけになっている。これではだめ。今は視聴率だけでは視聴者の嗜好や心を計ることができない「状況の時代」になっている。放送局はそれぞれ自局の個性をもっと打ち出すべきなのに、視聴率の確率を高めるためにどれも同じ内容になってしまっているのは非常に残念だ。視聴率が高いことはとても大事なこと。だが、もっと多様な視聴率の取り方を考えるべきだ。
デジタルデバイスの登場で放送の世界は激変したが、その影響をどのようにお考えか
放送局がネットにも出せる番組を制作するケースも多くなっているが、それはニーズがあるということなので経営上はある意味、正しい判断であるともいえる。しかし、スマートフォンの小さな画面で番組を見るのと、大きなモニターで見るのとでは全く印象が違ってくるのは明白だ。テレビの大きな画面なら、人間が等身大に近い形で映し出され、微妙な表情をはっきり読み取ることができる。画面はある程度の大きさがある方が、人と会って話をするのと同様、フェイス・トゥ・フェイスに近く、心の共感を得られると思う。懸念するのは、小さな画面で見続けることで人間の意識に何かしらの心理的な影響をおよぼしてしまうのでは、ということ。番組制作者はテレビの強みや特性を分かっている。放送番組はやはりある程度の大きさの画面で見ていただきたい、というのが制作者としての私の願いでもある。
地上波放送はネットに飲み込まれてしまうのか
地上波放送が消えることはないだろう。放送は英語でいうと〝ブロードキャスト〟、広く種を蒔くという意味を持っている。つまり、放送局は電波で、種を蒔くことが許されている企業ということであり、それは非常に価値のあることに間違いはない。
一方で、ネット配信の問題点は、視聴者が自分の好きなものだけしか見なくなり、異なる意見が届かなくなることではないだろうか。これはとても危険な状態だ。放送は受動的な媒体なので、多種多様な意見を報道し、視聴者に考えてもらうことができる。放送局はこのことにもっと自信を持つべきだ。
放送局にはまだ、新たなものを作る可能性はあるか
それはまだ十分ある。アイデアを出し尽くし、やることがなくなってしまった、ということではない。まだまだやることはあるはず。やりにくくなっているのは、先ほど言った通り、視聴率の圧力。現在は視聴率を取るため、どうしても同じ傾向の番組だけになってしまっている。
以前はそれぞれ各放送局に個性があったが、今は番組内容が平均化されてしまっている。スポンサーをつけるため、経済的な理由があるのは十分、理解した上で申し上げている。
自分の局はどんな個性を打ち出すのか、それを表明してほしいし、もっとそれぞれの局の個性を強く打ち出してほしい。それが企画を出す側の私たちの願いだ。
番組制作会社の会長として今の放送局に向けて言いたいことは
私の経験では、視聴率が取れないと、そのプロデューサーは数字が取れないという烙印を押され、番組は悲しい終わり方になってしまう。そういう経験を皆、嫌というほどしているので、制作者は、警戒心が強くなり、視聴率が取れなかったらどうしよう、と圧力の下に入っている。
例えばプライムタイムの午後7時から11時までならスポンサーの意向に沿った番組であってもいい。しかし、深夜の時間帯はある程度、自由な企画の番組を放送する枠を作っても面白いのではないか。〝これは実験的な番組である〟と名目を打ってくれれば、制作者側も思い切ったことができる。バットは振ってみないと当たるかどうか、分からない。ぜひ、トライさせていただきたい、そして、放送局はもっとプロダクションと遊んでみませんか、と言いたい。テレビには、まだまだ多彩な可能性がある。
放送局は、電波という素晴らしいプラットフォームを手にしているのに、このまましぼませてしまうのは非常にもったいないことだと思う。テレビには視聴率では測れない、人々が共鳴できるといった価値がある。人間の心はもっと許容量が広いし、いろいろな嗜好の人間がいる。そして放送局やスポンサーに正しいことをしていれば〝視聴者は割と心優しいですよ〟ということを言いたい。くりかえしになるが、こうした時代の今こそ、放送局はそれぞれの個性をもっと打ち出し、表明するべきだと思う。
この記事を書いた記者
- テレビ・ラジオの番組および会見記事、デジタル家電(オーディオ、PC、カメラ等)、アマチュア無線を担当
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(敬称略:あいうえお順)