放送100年 特別企画「放送ルネサンス」第28回

山梨放送社長
野口英一 さん
野口英一 (のぐち・えいいち)氏。1962年生まれ。東京都出身。慶應義塾大学経済学部卒業。1989年に静岡新聞社へ入社。1993年に山梨日日新聞社の総務局長を経て1995年に山梨放送(YBS)の代表取締役社長に就任。1997年に山梨日日新聞社の取締役社長を兼任する。山日YBSグループ代表。野口家は山梨日日新聞社や山梨放送、NNS(日本ネットワークサービス、通称甲府CATV)などの山日YBSグループのオーナー。
野口英一さん インタビュー
Contents
ご自身にとって放送とはどういう存在か
少年時代はラジオが大好きだった。朝はラジオを聞いて目覚める。寝る前には「JET STREAM」(エフエム東京の音楽番組)を聞く。あれが子守唄だった。「オールナイトニッポン」(ニッポン放送)など人気の深夜番組もよく聞いていた。小学校の頃、海外のラジオ局の日本語放送を聞くのが流行した。放送局から郵送されてくる葉書の形をしたベリカード(受信したと証明する確認証)を集めるのがはやった。海外の日本語放送を聞くには普通のアンテナでは駄目。庭に短波用逆L型受信アンテナを自分で立てた。受信機は当時流行したソニーの短波放送が聞こえる「スカイセンサー」を買ってもらった。受信状態を報告してベリカードをたくさんもらった。いわばラジオ人間だった。
山梨放送は開局が1954年。ラジオから開局しており、当時の社名はラジオ山梨。ラジオ少年だったこともあって、私は社長に就任した段階から「ラジオをしっかりやっていこう」と徹底して言ってきた。だからラジオ番組を一生懸命作っている局だと思う。ラジオの自社制作比率は約40%もある。
これまで、わが国で放送が果たしてきた役割をどう評価しているか
なんといっても放送法第1条がすべて。放送法は、3つの原則(①放送の普及、②放送の不偏不党、表現の自由、③健全な民主主義の発達)に従って、放送を公共の福祉に適合するように規律し、その健全な発達を図ること―を定めている。「健全な民主主義の発達に資する」ことを謳っている。少なくとも放送は、ネット時代が来るまでの100年間、この役目をしっかり果たしてきたのではないかと思う。我々も一生懸命努めてきたし、これから先もそうだ。
現在の放送の問題点や課題をどのように考えているか
放送は免許事業であって、「民主主義の発展に資する」など公共性が極めて高い仕事だが、これだけインターネットが普及してくるなかで、放送局は、その本質を忘れかけている、あるいは動揺しているのが現状だと思う。テレビの受像機を持たない人が増え、ネットを一日中見ている人がいて、テレビをリアルで見る人が減ってきた。それが視聴率にも影響していることで、放送局は動揺している。
特にコロナ禍以降、テレビ番組への広告がものすごく減った。なかでも大打撃はスポットへの広告出稿が極めて少なくなったこと。全盛期には、テレビメディア広告費は何兆円もあった。今やインターネット広告費がテレビを逆転した。その差は2倍も開いた。その分、テレビや新聞の広告が減った。放送局は、スポット広告の利益率が非常に高く、それで飯を食っていた。それが急激に減った影響は大きい。
キー局は多角的に事業を展開しているが、我々のようなローカル局には大打撃。今までは系列キー局からの分配金と、我々独自の営業活動によるスポット広告、独自番組のタイム提供による広告費でやってきた。実質は、ネット配分とスポット広告だ。スポット広告で我々は順調に成長してきたが、急激に減って苦しんでいる。今までのビジネスモデルが完全に崩壊してしまっている。放送局は、このことをしっかり理解し、いつかスポット広告が戻ってくるのではといった妄想は捨てなければいけない。
放送局は現在の状況で生きていくしかない。今後、何を改善するか、何をすればいいのか改めて考える時期に来ていると感じている。とにかく放送局、特に地方局は分岐点に立っている。どういう方向を目指すのか見極める時期にある。
ネットが普及し「放送終焉」の声も聞こえるが、放送は生き残れると思うか
放送法がある限り「放送終焉」はあり得ないことだと思う。ただ、放送局自身が、特に地方局はどう生き残っていくのかしっかり決めていかないと厳しい。
私たちは日本テレビの系列だが、系列基幹局の札幌テレビ放送(札幌市)、中京テレビ放送(名古屋市)、読売テレビ放送(大阪市)、福岡放送(福岡市)の4社が、2025年4月1日に共同株式移転方式で認定放送持ち株会社「読売中京FSホールディングス(FYCS)」を設立する。日本テレビは全国の系列局を地域ブロックごとに分けて、そこを各基幹局がまとめていこうとしている。ブロックで支えられるところは支え、一緒にできることは一緒にやっていこうということ。地方局が厳しいことを理解してくれている証しだ。
ネットの普及が大きな影響を与えているのは事実だが、ネットを恨んでいるわけではない。放送業界でも「TVer」などネットを使った仕事をやっている。ラジオでいえば「radiko」だが、これら存在はローカル局にとっては非常に有り難い。「TVer」「radiko」によって、我々の番組を全国の人に見たり聞いたりしてもらっている。ネットというインフラは敵対する存在ではなく、我々もインフラとして使っていかなければいけない。上手に付き合っていくべき媒体だと思って取り組んでいる。
ネット時代における放送の在り方はいかにあるべきか
ネットは、いつでもどこでも誰でも自分の好きなものを見られる媒体。テレビやラジオは、放送時間が決まっていて、決められた時間にできるだけ多くの皆さんに見てもらう、聞いてもらう媒体だ。放送局の番組編成は、なかなか自由がきかないが、人間の生活スタイルに合わせた時間帯で組んでいる。朝や夕食時など家族が全員揃っている時間帯は家族で見られる番組といった、生活に即した編成をしている。これはもう多分変えられない。ただコンテンツの中身、作り方には変える余地はある。例えば、テレビは、バラエティばかりやっている、もっとまじめな番組を多くやれと批判されて久しいが、山梨放送は山梨県のニュースを1日45分間、夕方の6時15分から7時まで放送している。何十年もやり続けているし、当然続けなければいけないものと考えている。これからも、地元に根ざしたものを徹底して放送していかなければいけない。
ネットとの関係性をどう考えるか
先ほども言った通り、ネットにも放送の番組を流したり、ネットを利用して番組の見逃し配信を行ったりするなど、いつでもどこでも誰でも見られるネット媒体の良い点を使わせてもらうことは必要だ。使わない手はない。そういう意味では、仲良くやっていく。敵対する必要はない。ただ、ネットの悪いところは指摘していく必要がある。
昨年の東京都知事選や兵庫県知事選は、ネットの影響があったと言われている。正しいとは思えないような情報が蔓延したともいわれている。今後の選挙でも、どんな影響が出てくるのか分からない。ただ、放送は選挙報道などで間違いがあれば、当然すぐ訂正する。これは、免許が付与された公共性の高い放送だからこそ、正しい報道、正確な情報提供をしなければならないからだ。この姿勢は永遠に変わらないし、当然継続していく。放送は引き続き正しいニュース報道に徹することで国民の信頼を得ている。
国民の皆さんにこのことを理解してもらえば、テレビやラジオ、新聞の良さも再認識してもらえる。もう一度、放送や新聞を見ようと戻ってくる時が来るかもしれない。
これからの放送について期待することや提言・注文は
今の状況が良くなることはない。これから、どうやって生きていくのか、売り上げを上げていくか、利益を出していくかしっかり考えないと、本当に行き詰まってしまう。そのなかで、2024年4月に施行された改正放送法では、複数の放送局が中継局を共同で使えるようになった。小さい規模では過去にも行ってきたが、できるだけ広範囲で、できるだけ分担して、できるだけ値段も下げていこうという対策のひとつだ。日本テレビ系列も放送機材を購入するときは共同で購入しコストを下げるなど、設備投資をいかに安く抑えていくか進めている。放送局が共同でできることは、他にもあると思う。
また、個人的には放送局の数が多すぎると思う。キー局の番組を流す地方の系列局がどんどん開局した時代があった。しかし、今やケーブルテレビでキー局の番組が見られるところもあるし、地方は少子高齢化など人口が減少し、テレビを見る人間も減っている。さまざまな意見があると思うが、放送局の再編も必要な時代が将来的に来るのではないか。放送法も、制定された1950年と環境が変わっているなかで、そうした観点からも見直す時期にあるのではないかと思う。あとは放送局自身が、独自でその経営体質を見直していくことだ。
経営体質の見直しとは、具体的に地域放送局の場合に必要な改革とは何か
山日YBSグループが掲げているスローガンは「あなたの、いちばんメディア。」。視聴率調査を始めて今年で36年目になるが山梨放送はずっと地域でナンバーワンであり、それだけ支持されている。だからこそ、それにお応えする責任も義務もある。これからも皆さんの期待に応えるために良い番組作りをしていかなければいけない。地方局では珍しい自社制作のドラマも作り、映画作りにも関わっている。これらを重ねていけば、いろいろなノウハウが蓄積もできる。同時に、地域のドラマを提供することで県民の皆さんに喜んでもらえる。そうしたチャレンジ精神が大事だと思う。駄目だったらやめればいい。うまくいったものは大きくしていけばいい。いろいろな事業、イベントも続けている。今まで手をつけなかったことも、やってみたらいいものが見つかるはずだ。
また、山日YBSグループは、山梨日日新聞や山梨放送、ケーブルテレビのNNSを持つ総合情報メディアグループだ。この恵まれた経営環境を使わない手はない。今、メディア間の連携を強化している。新聞記者が動画を撮って放送に使い、放送記者が撮った動画を新聞の写真にしてもいい。今はスマホで動画も撮影できる時代。一つの素材を新聞でもケーブルテレビでも、ラジオやテレビでも使っていくメディアミックスを考えていく。とにかく、やれることは限られているかも知れないが、あらゆる施策で県民の皆さまからの大きな期待に応えていかなければいけないと思っている。
地方局に対する地域のニーズは確実にあると実感している。放送局はコンテンツ制作集団でもあり、地方局は身の丈にあった形で、もっと地元に根ざしたものを徹底して作っていくことが重要だと思う。これは地方局が生き残るうえで必須であり、ここに注力していくべきだと考えている。放送局は今までの経営体質を変えていく努力をしていかなければ生き残れない。
この記事を書いた記者
- 元「日本工業新聞」産業部記者。主な担当は情報通信、ケーブルテレビ。鉄道オタク。長野県上田市出身。
最新の投稿
情報通信2025.02.12KDDI社長に松田氏
情報通信2025.02.12アンリツ、ドローン航路整備に際し上空エリアの電波環境調査
CATV2025.02.10レブコムとコムデザインが提供するコンタクトセンター向け通話解析AI、ニトリが導入
CATV2025.02.10ジェイコム札幌、J:COMチャンネル初のAI映像解析で新体験
本企画をご覧いただいた皆様からの
感想をお待ちしております!
下記メールアドレスまでお送りください。
インタビュー予定者
飯田豊、奥村倫弘、亀渕昭信、川端和治、小松純也、重延浩、宍戸常寿、鈴木おさむ、鈴木謙介、鈴木茂昭、鈴木秀美、
西土彰一郎、野崎圭一、旗本浩二、濱田純一、日笠昭彦、堀木卓也、村井純、吉田眞人ほか多数予定しております。
(敬称略:あいうえお順)