【放送ルネサンス】第43回:村上 圭子さん(メディア研究者)

メディア研究者
村上 圭子 さん
村上 圭子(むらかみ・けいこ)さん。NHKで報道局ディレクター(「NHKスペシャル」「クローズアップ現代」等)、ラジオセンターを経て、2010年から14年間、放送文化研究所メディア研究部所属。2025年1月末にNHKを早期退職し、メディア研究者として活動開始。
村上 圭子さん インタビュー
Contents
―自身にとって放送とはどういう存在か
学生時代から、社会の課題を提起し、解決に関わりたいとの思いがあり、放送には社会的影響力があると考えてNHKに入局した。テレビ22年、ラジオ7年、NHK放送文化研究所(文研)に14年と、NHK生活33年を経て、今年1月末に退職した。
在職中は、「NHKスペシャル」や「クローズアップ現代」の制作に関わり手応えを感じていた。しかし、インターネット(ネット)やSNSが台頭し、コミュニケーション革命が起きると感じた。このままではテレビは社会からズレていくという危惧を持ち、ラジオ、文研に異動した。
―コミュニケーション革命とは
放送の最大の技術的特徴は一斉同報の一方向コミュニケーションだ。しかし、通信であるネットでもそれが可能になった。加えて、ネットは誰もが発信でき、フラットにつながる双方向のコミュニケーション空間である。メディア機能の民主化が起き、放送が特権的に担ってきた議題設定機能や、国民を啓発・統合していく役割は、社会から〝上から目線〟とみなされるようになった。実際、放送を担う人の、使命感と尊大さが表裏一体となっている危うさを自身に感じていたところもあった。
ラジオに異動したのは、リスナーと共に作ることが根幹にあるメディアであり、ネットに近しいと感じたから。ラジオではニュース番組制作に「ツイッター」を活用したが、デイリーの番組活用は放送業界で初だったと思う。
―放送開始100年。放送の役割や位置づけで、これまでとこれからを聞きたい
放送100年の歴史と重ね、大事だと思う役割を4つ述べたい。1つは『報道機関としての権力監視』。歴史的にみると、先の戦争に協力したラジオの教訓が原点にある。一斉同報メディアとして、公平中立・政治的公平を考える際に常に立ち戻るべき原点だ。
2つ目は『良質的な娯楽の提供』。報道、教育、教養、娯楽と多様な番組が連なるのが地上放送の特徴であり役割だが、なかでも娯楽が放送の普及をけん引してきた。1964年の東京五輪でテレビが普及し、1975年に普及率は約90%に達した。
良質な娯楽で思い出すのが、テレビ東京の著名なプロデューサーとシンポジウムで同席した時に彼が語った、〝テレビバラエティーの公共性〟という言葉だ。私は漠然と、子供からお年寄りまで安心して見られるのが良質な娯楽だと思っていたが、彼は、視聴者にとって敷居が低い形で社会の問題に触れてもらえるよう仕組むことが、テレビバラエティーの公共性であり、お茶の間のテレビの存在意義だと語った。
3つ目が『多様な立場、声を届ける』。1970年代の社会派ドキュメンタリーが礎だ。戦後の発展で取り残された地域や公害問題に苦しむ人々を先輩たちが丁寧に取材してきた。埋もれた課題や声なき声への人々の想像力と認識力を高める役割。これは、放送法の「多角的論点提示」にも通じるものだ。
4つ目は『生命・財産を守る』。阪神・淡路大震災以降の30年で、命を守る避難の呼びかけや避難後の生活情報など、放送の災害情報伝達機能は飛躍的に進化した。災害が激甚化する中、放送でなければできないことを考えるのは、災害大国日本での放送の大きな役割だ。
―放送の役割は100年でどう変化してきたか
いま示した4つから2つ触れる。まず、『報道機関としての権力監視』。この役割はニュースで評価すべきだ。「NHKスペシャル」やローカル局のドキュメンタリーが評価されることが多いが、極端に言えば、それならばOTTでもいい。放送の基本は日々の営み、毎日を記録するもの。ニュース制作はルーティンに流されていないか、発表報道に終始していないか。たゆまぬ自己検証ができているだろうか。
監視する権力の内容にも触れておく。メディアが対峙する権力といえば国家権力や大企業がイメージされるが、SNS上の言論や新興の政治勢力など、弱い者の立場を踏みにじったり切り捨てたりする言動を拡散する姿勢も、ある種の権力だと私は思う。ただし、監視するメディア自身の権力化や独善化には注意が必要だ。国民の知る権利に奉仕し、社会の福祉に資するスタンスを確認し、そのスタンスを社会に示していかなければ、更なるマスゴミ批判に遭う時代である。
もう1つ、『良質的な娯楽の提供』について。「ユーチューブ」などのネット動画や配信サービスの存在感が増し、放送は苦境にある。確かにそうだ。だが、テレビはこれまで娯楽コンテンツの世界で王様状態だった。それが故に、ジャニーズ問題やフジテレビ問題など様々な歪も生んできた。競争環境に晒される中で、放送局に何ができるのか、今こそ示す時である。
毎日・毎週、決まった時間に見たくなる習慣性を持った良質なドラマやバラエティーは、動画の選択視聴や一気見が広がっても、人々の日々の暮らしの豊かさには欠かせない。そうしたコンテンツを生み出し続ける力が問われている。
―ネットが普及し「放送終焉」の声も聞かれるが
放送がそのまま生き残るかはともかく、これまで果たしてきた機能をどう残すかは考えなければならない。広告ビジネス、民放の系列ネットワーク、受信料制度、放送波による伝送インフラと放送免許、情報とコンテンツの質など、考える観点は多数ある。
広告ビジネスでは、視聴データの活用がカギを握る。従来のテレビ視聴と、コネクティッドテレビやモバイルによる動画視聴を一体的に考え、トータルリーチで勝負できる世界をどう作るか。過度なターゲット広告やアドフラウドに疲弊するユーザーは、安心してコンテンツを楽しめる環境を求めている。放送局だからこそ構築できる新たな広告モデルがあるはずだ。ただし、視聴者・ユーザーへの説明責任と、アテンションエコノミーを目的化しないことが大前提だ。
ローカル局の今後だが、他業種の動向を鑑みても再編・統合は避けて通れない。ただ、これまでの放送政策は規制緩和が中心で、人口減少社会における地域メディア機能の維持という視点が乏しいと感じる。本来、政策とは、経済合理性では成しえないことを実現するためにある。切り捨てられるおそれのある地域への想像力を持って、「基幹放送普及計画」をどう作り直すのか。
ローカル局の自助努力も必要だ。放送という殻を破り、地域メディア機能を拡張させ、地域に根を張るプロデューサーになってほしい。地域と一緒に泥まみれになり、人と人をつなぎ、課題を解決する策を考える。放送局から地域の社会的企業へ。そうした取り組みの延長線上にはじめて、東京主体、都市主体ではなく、地域主体の議論が生まれてくるだろう。
―ネットの普及等で放送の伝送路はネットに置き換わると思うか
災害対応の観点から、ラジオは放送波を守るべき、というのが私の考えだ。AMのFM化が進もうとしているが、不感地帯はradikoという方向性には疑問を感じる。民放ラジオ局の経営の厳しさは承知しているので、自治体との連携でラジオと新たなテクノロジーを組み合わせたモデルの構築を、私も現場で考えたい。
テレビについては、放送波による一斉同報の経済効率性は、当面は通信より高いだろう。ただ、コストが高い小規模中継局以下をどうするか。ブロードバンドに代替する政策は描かれたが、視聴者への負担など合意形成にはまだ遠い。
2040年位を想定すると、一斉同報を放送波で行う必然性はかなり低くなる。地上放送が免許されているプラチナバンドの有効活用という議論も起きるだろう。こうした将来を見越し、放送技術の未来をどう描くのか。たとえば、帯域を高度化し、放送局が通信・放送両用免許を持って新たなビジネスを構築するのか。通信キャリア、ベンダーなど連携して新サービスを開発するのか。それとも、ハード・ソフトを完全に分離し、放送局はコンテンツとサービスに徹するのか。世界動向と無縁では進められない領域だ。注目していきたい。
―ネット時代に放送はどう生き残るべきか
アテンションエコノミーがビジネスの根幹をなすネット空間で、そこと一線を画したビジネスモデルを構築できるかどうかにつきる。それは、伝送路、免許に紐づく「放送の公共性」から、「メディアの公共性」を考えることでもある。偽情報・誤情報への対応といった、届ける情報・コンテンツの信頼性の担保もさることながら、どう届けるかが重要な要素になる。これまでの時間編成(番組表)の考え方を、空間編成(UI設計)にどう応用させていくか。レコメンドやキュレーションエンジンの設計思想に公共性を織り込み、人々に多様な意見や立場に触れてもらう仕掛けをどう作るか。ネット空間の特性を生かし、意見や立場が交わる場を作り、他者への尊重と、社会における合意形成にどう貢献していくか。
これを、NHKと民放の二元体制で考えるのか、伝統メディアの緩やかな連携で考えるのかはまだ見えないが、少なくとも公共放送のNHKのみが公共メディアを標ぼうするということにはならないだろう。
-NHKの受信料収入自体も厳しくなっている
2030年から世帯減少が起きる。また、今年の内閣府の消費動向調査では29歳以下のテレビ保有率が69%となった。私は大学で教えているが、学生たちには、〝特殊な負担金〟としての受信料、という理屈は全く通用しない。見る、見ないに関わらず負担するのはおかしいという。こうした声に向き合うと、受信料制度を守るために行ってきた様々な制度改正は、かえって国民と制度との距離を拡大させ、反発を強めてしまったと痛切に感じる。
―2024年に放送法改正が行われた。NHKの現状をどう見るか
NHKのネット活用業務の必須業務化は、テレビを持たない、NHKと契約しない人にNHKはリーチしない、という判断であり、デジタル時代のユニバーサルサービスから逆行したと私は捉えている。また、双方向コミュニケーションを前提としたネット空間において取り組んできた様々なサービスの縮小は、NHKの公共メディアへの模索を後退させることにもつながった。
確かに、メディアの多元性と公正な競争の確保は重要なテーマである。そして、NHKがネットでどこまで公共的役割を果たすことが求められているのか、という議論を真正面からすることは、もはや放送法の枠に収まらない議論になるということも理解できる。だからこそ、この議論は拙速に結論を出すべきではなかった。既存サービスを縮小させてまで、なぜ今、制度改正を急ぐ必要があったのか。今回の制度改正では、ネットのみの視聴であっても、ユーザーの意思表示の上で受信料徴収の対象となることが決まったが、どれほどの人が意思表示をしてくれるのか。受信料制度の議論は、国民・視聴者・にとって、更に難解なものとなってしまった。
イギリスBBCのように、NHKがハード・ソフトの分離を前提に、コンテンツ・サービスに特化する公共サービスメディアを志向するというならば理解できる。ただし、NHKはそうした将来ビジョンを示しているわけでもない。NHKはどこに向かおうとしているのか。
国民・視聴者不在の難解な制度議論から、国民・視聴者中心の平易で開かれた議論へ。受信料制度の議論、公共メディアの議論は、NHKだけの問題では決してないはずだ。
この記事を書いた記者
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営業企画部
営業記者 兼 Web担当
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千葉ロッテマリーンズの応援に熱を注ぐ。
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