【放送ルネサンス】第49回:境 治さん(コピーライター/メディアコンサルタント)
コピーライター/メディアコンサルタント
境治 さん
1962年福岡市生まれ。東京大学文学部を卒業後、広告代理店I&S(現I&SBBDO)に入社してコピーライターとなり、1993年独立。2005年から株式会社ロボット、2011年からは株式会社ビデオプロモーションに在籍。2013年7月から、再びフリーランスになり、メディアコンサルタントとして活動。note上で「MediaBorder」を運営し、毎月勉強会を開催している。著書「拡張するテレビ」など
境治さん インタビュー
Contents
――ご自身と放送の関わりは
いわゆる「テレビっ子世代」であり、物心ついたときには家にテレビがあった。小学校2年生の頃、家にカラーテレビが来た日のことを今でも覚えている。それまで白黒で見ていたウルトラマンが色付きで動いている。その体験は鮮烈だった。
テレビは「あらゆる世界への入り口」だった。音楽や文学、そして何より映画に惹かれるようになった原点もテレビだ。日曜洋画劇場や月曜ロードショーなどで、家族と毎日のようにハリウッド映画を観ていた。映画が好きになったのは、テレビの影響が大きい。
仕事の面でいえば、スタートはコピーライターだったが、不思議とテレビ局関連の仕事が多かった。テレビの仕事で賞をいただき、それをきっかけにフリーランスになった。その後も、テレビドラマのポスター制作なども手掛け、間接的にテレビと関わり続けてきた。
――その後もテレビとは縁が続いていると
約20年前には映像制作会社「ロボット」に入り、経営企画の立場でコンテンツビジネスに携わった。映画を制作したら、どれくらいヒットすればどの程度の収益になるのか、そのために、どこまで投資すべきかなど、そうした計算を行う中で、「コンテンツとは何か」「ビジネスとしての映像産業とは何か」を考えるようになった。
2000年代後半、リーマンショックやインターネットの本格的台頭を背景に、制作会社の経営に関わる立場として、「もはやテレビ局や広告会社に依存するだけでは立ち行かない」という問題意識を持ちブログにも書き始めた。その延長線上で現在の活動につながっている。
視聴者として、またビジネスの当事者として、また研究対象としても、テレビは常に私のそばにあった。そして何より、テレビという存在を考えること自体が、今もなお面白いと感じている。
――放送開始100年、放送の役割と位置づけは
放送が果たしてきた最大の役割は、この100年で、日本という国を「再統合」したことだと思う。明治維新による中央集権化、大正デモクラシーという流れがあり、その延長線上で、放送が文化的・経済的な統合を決定的に進めた。
象徴的なのは言語だ。日本中の人が標準語を話せるようになった。これは教育だけで達成されたものではなく、明らかに放送の力が大きい。私自身、福岡出身で鹿児島にも住んでいて、県として標準語教育も行っていたが、日常的に標準語が使えるようになった最大の要因は、やはり放送だったと思う。
一方で、放送によって方言が消えたかというと、まったくそんなことはない。キー局やNHKから全国向けの番組が流れる一方で、地域ごとに放送局が存在し、ローカル番組が作られてきたからだ。中央集権的でありながら、地域に根ざしている。この二重構造が、日本の放送の非常に優れている点だったと思う。
もしインターネットが放送より先に存在していたら、こうした統合は起きなかっただろう。放送という中央集権的メディアが、地域と結びついたことが、日本社会にとってプラスに働いた。
――しかし、時代を経て放送の役割や放送局自体も変容したのではないか
結果として、あらゆるものが東京一極集中になった。最初からそうだったわけではなく、たとえば福岡でも、久留米、北九州など複数の拠点があり、放送圏域も必ずしも明確に定まっていなかった。そして地方局には非常に優れた制作者がいて、地域発の独自番組が盛んに作られていた。ローカル局が自前で考え、自前で作る余地があったからだ。それが次第に整理され、中央に吸い寄せられていった。
民放の場合、東京の電波を受けて番組を編成している方が、経営的には圧倒的に楽だったからだ。その結果、地域の独自性よりも効率性が優先され、地方で人を育てる構造も弱くなっていった。残念だ。これは政治の問題でもあるが、その流れに乗ってしまった放送局側の責任も小さくない。この結果、独自に頑張っても報われにくい構造ができてしまった。いま地域に根差した放送が課題となっているが、気付くのが遅かった。
――「放送は終焉する」という見方を示されているが
私は以前から、「放送はいずれなくなる」と書いてきた。かつては2040年代半ばくらいをイメージしていたが、昨年、その認識を改めた。放送の終えんは、もっと早まると感じている。
その象徴がフジテレビだ。フジテレビは、長らく「テレビそのもの」を体現する存在だった。業界内でも、他局は明確なコンプレックスを持っていた。予算規模も違うし、企画力もあり、先駆的で、面白かった。しかし、そのフジテレビも、2010年代以降は、視聴率も売上も下がり続ける中で、事業転換ができなかった。今回のフジテレビの不祥事は、フジテレビ一社の固有の失敗ではなく、放送業界全体を象徴する出来事だと思っている。
「みんなが憧れていた局」が、あっという間に立ち行かなくなった。この事実を、業界全体がもっと深刻に受け止めるべきだと思う。にもかかわらず、フジテレビの売上減を他局が吸収し、「売上高が過去最高です」と浮かれている。正直、非常に危うい認識だと思う。構造的な問題が解決したわけではない。
――構造的問題とは
編成の単一化もその一つだ。フジテレビが80年代以降、バラエティ中心のタイムテーブルで成功し、他局も全面的に模倣した。その結果、テレビはバラエティ一色になった。番組ジャンルとしての多様性という意味での「バラエティ性」が失われてしまった。
私が子どもの頃、テレビが「世界の入り口」だった時代は、自然、ドキュメンタリー、映画、音楽、教養・文化、その一部としてのお笑い・娯楽という形で、本当の意味で多様だった。
ところが現在は、クイズ、ゲームに芸人を組み合わせる形になっていて、企画よりも出演者ありきになっている。つまり、バラエティだらけになった結果、テレビのジャンルとしてのバラエティ性が狭まった。これが、フジテレビ型成功モデルが業界全体に残した最大の負の遺産だと思う。
――テレビの果たす役割を縮小させてしまったということか
テレビは、今や「その手のバラエティが好きな人だけのメディア」になってしまった。ゴールデンタイムのPUT、総個人視聴率が3割を切り、特にコロナ禍を通じて、YouTube、Netflixなどの選択肢を多くの人が知り、テレビから離れていった。テレビに残ったのは、芸人が出てドタバタするバラエティが好きな層だけになった。
その小さくなった円の中で、さらにパイの奪い合いをしている。各放送局が、同じような出演者の組み合わせを変えるだけの小さな差異で番組を作ることになる。結果として小さな争いの中で、円はさらに縮み、典型的な負のスパイラルに入っている。
TVerを立ち上げ、配信に活路を求めているが、中身を見ると、これもまた、ドラマとバラエティばかり。つまり、放送も配信も「娯楽」ばかりになっている。
かつてテレビが成立していた理由は、娯楽だけでなく、世界を見せるメディアであり、その中で、ニュースや情報番組が非常に重要な役割を果たしていた。しかし、今は、目先の数字が取れる娯楽コンテンツに集中し、テレビはすっかり「娯楽専用インフラ」になってしまった。TVerが伸びていると言っても、それは新たな価値を創出しているというより、小さくなった娯楽需要を満たしているだけに見える。

――放送は確かに厳しい状況にあるが、放送はこの先、残すべだと思うか
「残すべき」かどうかと言うより、「放送」は終えんをする。しかし、テレビ局的なシステム自体は残り、配信上などでも残ると思う。それは、テレビ受像機が残るからだ。
私の娘は映画が大好きで、 Netflixなどは見るが、NHKも民放も見ない。しかし、彼女がこれから家庭を持ったりしたとしても、テレビ受像機は多分置くと思う。テレビ受像機は残る。そうであれば、テレビはネットと繋がった受像機として、今を伝えるメディアとして残ると思う。だからこそ、今の様な娯楽色を薄くした〝良い残し方〟をしなければいけない。
若い人と話していると、「ネットは怪しい」ことはわかっている。「テレビは見ません」と言いながらも、「テレビはちゃんとしていますよね」と話す。だから、「ここは絶対しっかりしている」という場所を、しっかり確保していく必要がある。それを分かりやすく提示できれば、放送は見てもらえるようにもなる。
「テレビは信用できない」とよく聞くが、それは、意外にオールドメディア世代が言っていることが多い。実は、若い人は、テレビに対して、そこまでの思い入れがないからこそ、信頼もしている。中高年はテレビだけで育ってきたから、テレビの言っていることがあてにならなくなってくると、すごく反応しているとも言える。
――そのために放送局はどうあるべきか
極論すると、娯楽を削ってでも、情報に振り切ることが必要だと思う。情報インフラとしての放送ということだ。各民放は、まだドラマやバラエティの制作部門を局内に持っているが、それを独立させて、放送局は、そこから番組を買って編成するだけにする、それぐらいしないとだめだ。
制作部門を独立した事業にして、二次使用や海外展開できるようにさせる。制作部門にとっても、放送を前提にしていては限界がある。TBSのドラマ「VIVANT」の例は象徴的。制作費が1話1億円と日本では「破格」の水準だが、海外ではもっと制作費をかけている。ドラマも海外で売らなければいけないと頑張っても、地上波ベースでやっている限り、海外で見て貰えるようにはならない。それぐらいの予算では海外展開はできない。
――情報に特化して行けば生き残りの道があるということか
「放送」が終焉するかどうかと、放送局が踏ん張れるかは別の話だ。放送と通信を別の存在とし位置づけ、いちいち切り替えなければ使えない今の様な形ではなく、放送がシームレスで通信の世界を取り込んでいくことが出来れば、放送が終焉しても、放送局は生き残る。
ただし、放送局のアイデンティティは世の中の今を伝え続けることであり、地域の情報も含め色々な今を取り込めるかが問題だ。各放送局が一日中、同じテーマの情報ばかり扱うのではなく、地域の今も含め、いろいろな今を伝え続けることが出来るかどうかが問われる。
――ただ財源問題はNHK・民放ともに大きな課題になるのでは
ヨーロッパでは、放送は民放も含めて公共的な存在とみなされていて、法律的にもそういう建付けになっている。Netflixもそういう枠の中に入りましょうと働きかけている。
日本の放送二元体制においても、民放も含め公共放送であり、みんなが放送は公共的メディアだという認識になれば、中継局の共同利用を含め放送インフラをみんなで支え維持しようということなり、「公共メディア料金」のような形で料金を払う可能性も出てくるのではないか。
とにかく、これまでのやり方が次々に崩れ、気がついたら大変なことになって間に合わなくなっているにもかかわらず、未来を見通した議論がされてないのが本当に不思議だ。
誰もそういう次の時代のエコシステムを構築しようと言えない状況になっている。私が放送の終焉と言いだしたのは、一刻も早く新しいエコシステムを作る必要があるという認識からだ。
――具体的に、どう進めるべきか
もし前向きに考えるなら、日本にもイギリスのオフコム(Ofcom=Office of Communications 放送・通信の独立規制機関)のような第三者機関を作るべきだと思う。放送業界は、誰かが次の時代はこうしようと導かないと動かない。総務省は立場上、言えない部分もあるが、例えば、NHKの経営委員会が母体となってそういう組織を作ることもあり得ないことではないと思う。
また、受信料も先細るなかで、送信設備を民放と共同利用する話も出てきている。その延長線上には、メディア全体のために受信料を使う時代があるのではないか。受信料制度が限界にあるなかで、「公共メディア料金」のような考え方で、集まったお金は、NHKのコンテンツにも使うが、公共メディアとしてのテレビ局全体のインフラ整備にも使うという考え方だ。そして、それを仕切るのがオフコムのような組織とする形もあるのではないかと思う。
いずれにしても、放送にとって、今足りないのは国民的議論であり、NHKはどうあるべきか、放送をどうすべきか。今放送局を運営する人たち自らが呼びかけて、早く議論を始めければならない。
この記事を書いた記者
- 放送技術を中心に、ICTなども担当。以前は半導体系記者。なんちゃってキャンプが趣味で、競馬はたしなみ程度。
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(敬称略:あいうえお順)