【放送ルネサンス】第51回:樋泉 実さん(北海道大学 産学・地域協働推進機構客員教授)

樋泉 実

北海道大学 産学・地域協働推進機構客員教授

樋泉 実 さん

1949年生まれ。山梨県出身。慶応義塾大学文学部卒。1972年北海道テレビ(HTB)入社。90年代半ばから「デジタル化」と向き合い、アジア向け情報発信、データ放送、DVD、地デジ等を手掛ける。2011年代表取締役社長(~18年)。日本民間放送連盟副会長(14年~16年)、2020年放送批評懇談会ギャラクシー賞志賀信夫賞受賞。北海道大学 産学・地域協働推進機構客員教授(現職)。

樋泉 実さん インタビュー

日本の「放送」は進化の途上、新たな価値創造の時代に入った

2026年3月20日

 

――地域の放送局で長年、先進的取り組みを進めてきたが、どう総括しているか

 一口で言うと「デジタル化と格闘した30年」だった。1990年代の初頭、特にアジアで先行して始まった衛星放送、そして、その後の放送のデジタル化、モバイルやインターネットなどの台頭で、放送は、時間・空間を超えることが可能となり、アジアのコンパスが小さくなった。それは、我々が住んでいる北海道が、「東京に対する一地方」の位置付けから、東京と並列の「アジアの一地域」に変わったことでもあり、我々も立ち位置を変え、国際的な情報発信が可能な時代になったと感じた。
 また、デジタル化、インターネットの普及によって、コンテンツの大流通時代が来て、これからは明らかに情報発信競争時代になっていくだろうと考えた。そうしたデジタル時代の変化を感じ、北海道発の情報発信に取り組んできた。

 

――具体的には、どのように変えていったのか

 まず、「アジアの一地域」であることを踏まえ、北海道からの海外発信に取り組んだ。衛星放送を通じて「アジアに雪を降らせる」をコンセプトに、1997年に「北海道アワー」という番組をアジア向けに放送した。アジアには無く北海道にしか無いものを、地域と一体になって発信する、それによって観光や文化交流などで地域に貢献することを考えた。結果的に、スタート時に台湾から5万人程度だった観光客が、二年もたたないうちに一気に増え始め10万人になり、いまでは60万人、アジア地域から240万人が訪れるようになった。北海道ブームを映像によって実現することができたと思う。

 

――そうした時代の変化を受け、放送局の運営はどう変わったのか

 経営的にも、インターネットが登場する中で、例えば広告のメディアマーケティングは、劇的に変わり収入構造も変わっていくだろうと予感した。当時、日本の民放は広告収入がほとんどを占めており、いわば一本足打法のような状態だった。しかし、このままではモノ作りを支えられなくなってしまうという危機感を強く感じた。従来型の「シングルインカム」から、「マルチインカム」に構造を変化させなくてはいけないと考えた。
 また、情報発信の競争、コンテンツの大流通時代の到来が予想されるなかで、コンテンツのライツが鍵を握る時代が来るだろうと思った。ライツを持っていないと何も展開できない時代になると考え、ライツの人材の育成にも力を入れた。また、放送番組をDVDとして販売することも進めた。

 

――「地域メディア」を早くから標榜したのも、そうした時代認識によるものだったのか

 2011年、社長就任時に「放送局は卒業し、地域メディアになろう」と社内で呼びかけた。それは、これからは、放送もデジタル化を味方につけていくことが必要だと考えたからだ。例えば放送とは異なる時間軸をもったネット伝送を味方につけ、新聞社のヘッドラインを地デジの文字放送で電子掲示板として放送を流し、放送と同時にオンデマンド型でも信頼できる地域の情報を提供することにも取り組んだ。「デジタル化は放送の表現力を拡げられる」ものと考えれば、「放送の力」には、まだまだやれることがいっぱいあると感じた。
 「デジタル化を味方につける」それによって、メディアの持つ表現力を拡げていくことは、放送の現場の人間にとっても、視聴者にとっても非常に重要なことだ。

 

――それは従来の放送に限界があり、放送は「オールドメディア」として役割を終えたということでもあるのか

 世の中で「放送かネットか」という議論がよくあり、放送は限界だという意見もあるが、私にはその意味がよく分からない。放送には放送の特徴があり、ネットにはネットの特性がある。放送は、そのネットの特性を活用することで、より表現力が拡がる。放送に限界があるのではなく、さまざまな技術革新を味方につけて進化することができると考えた方がいい。
 見る側にとっては、放送の出口が広がり、色々な方法で接触できるようになったということであり、放送が終わったということではない。重要なのは、技術の変化を受けて生活者や地域にコミットすることが重要だ。従来型の放送の枠にこだわり続けているのなら、確かに限界があるというだけのことだと思う。

 

――しかし、現実には地域放送の経営は次第に厳しくなっている。この際、放送をやめて完全にネットにシフトするといった選択肢は考えなかったのか

 放送メディアの基本は、その信頼性にある。ものつくりの観点から言えば、信頼されるコンテンツの制作は、きょうあすに、突然できるわけでなく、人材の育成など含め長い時間がかかる。それを支え続けてきたのが日本では放送産業だった。
 確かに、コスト面だけ考えれば、ネットだけの方が楽なことは間違いない。しかし、それで、生活者が信頼性という意味で受け止めてくれるかが問題だ。日本においては、信頼性のあるもの作りの観点から放送局の存在は非常に重要だ。

 

――「テレビ離れ」が進むなかで、地域放送局は今後も生き残れると思うか

 地方の視点で放送を見ると、実は地元発の情報番組、つまり自主制作のローカル番組は視聴率が上がっている。ネットが深く入り込めば入り込むほど、地域の生活情報は必要になり、そうした情報の需要は高まっている。ネットはそうした需要までは掬い取れない。テレビ離れは、東京など大都会の話で、全国共通のコンテンツの話だ。東京と違って地域の情報空間は二重構造になっていて、地域情報を伝える放送はますます必要な時代になっている。その意味で、少なくとも地域においては、そもそも「テレビ離れ」は起きていないと認識している。
 特にコロナ禍が全国に広がった時代にも、ローカルの視聴率は下がらなかった。地域が必要としたのは、自分の生活圏の医療体制や店舗情報などであり、それ以来、ローカルの情報の需要は、より高まっているとさえ感じる。地域の放送は、地方にとってのライフラインであり、確実に価値は高まっている。
 ネット上には好きな情報はたくさんあっても、信頼できる地域情報は掬いきれない。地域メディアの根幹は「地域性」と「信頼性」だ。その意味で地域放送の役割は膨らんでいる。それをどう生かすことができるかどうかが、地域の放送局が生き残れるかの鍵であり、勝負所だと思う。
 また、地域メディアは、放送制度からも地域から逃げることが出来ない仕組みになっていて、それはある意味で、地域情報を発信していくうえでの強みでもある。地域の生活者は、正確で信頼できる地域密着の情報を待っていることを忘れてはいけない。

 

――放送はこの先も残ると考えているのか

 時差の無い日本のような国では、放送の一斉同報性のニーズは確実にあり、放送は日本において必要だ。時差のあるアメリカは一斉同報よりもネットで個別視聴する方が、国の事情にあっている。
 これまで、日本における放送は、太い帯域の全国放送網があり、各地域の課題が全国に共有され、民主主義の基盤を提供してきた。その意味で、世界でも稀有な日本独自の放送の進化を遂げて来たと言える。その進化によって情報空間で一定の役割を果たし続け、今につながっている。電通総研の国際比較でも、日本は依然としてマスメディアの信頼度が高い国だと分析されている。これからも日本型の進化を踏まえて「日本の国土にあった情報空間における役割」を考えていく必要があると思う。
 日本の放送の今後を考えるとき、欧米の動きだけ見て、それを倣うというのでは間違える。

 

――そうした放送へのニーズがあるにも関わらず、全体として放送は元気が無いように見える。今後も発展の余地あるメディアと言えるか

 私は、大きな意味でいえば、放送は新たなクリエイティブな時代に入ったと考えるべきだと思う。放送は進化の途上であり、新たな、ものつくりの過渡期だ。放送をやっている人自身が、いま自信を無くし、ネットの方がいいとか言い出し、未来を否定するような考えを持っているのは非常に危険だと思う。放送がやれることは、もっと沢山あるはずだ。出口論で言えば、まだまだネットメディアの表現力を放送は十分生かしきれていないと思う。

――最後に放送に携わる現役の人たちにメッセージを

 これまで、放送メディアがネットを軽視し、ネットの利活用に神経を使ってこなかったため、ネットが優勢な時代になってしまっている。放送は、これまでの反省すべき点は反省し、新しい健全な情報空間を作ることに意欲をもって取り組んでほしいと思う。生活者は正確で信頼できる情報を求めている。
 放送を職業として目指す若い人が減っているという声も聞くかが、私が実際に若い人たちと話すと、就職の目的の中に「地域貢献」を上げる人も多い。そうした考えが若い人たちの価値観の軸に入ってきている。そして、そうした人たちは、地域を作って行く機会を求めている。一方で、放送側は、そうした人たちに放送の可能性を十分、提示出来ていない。「放送に行けば面白く、社会貢献を実現できる」、そんな選択肢があることをしっかり示していってほしい。
 先ほど話したように、日本独自の形で進化してきた放送は、まだ進化の途上だ。ネットの登場で、新たな情報空間や新たなコンテンツを作る時代に入っている。それを支えるのはネットを知る若い人たちだ。そうした人たちが、新たなクリエイティブを作って行く、そんな面白い時代に入ってきていると考えるべきだ。
 私は社長時代に、「ヨットの帆を張っておこう、帆を張っておかないと、風が吹いてきた時に追い風にのることも出来ない。一番危険なのは風が吹いた時に、それに気付かなくなってしまうことだ」と話してきた。放送の世界は、この先10年の時間軸を想定し、人材育成などの布石を打っていくことが必要な時代にあり、現在も進行中だと今でも思っている。
        (おわり)

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