「日本の防災教育に基本の『型』を」東京大学生産技術研究所附属災害対策トレーニングセンター

 「東京大学生産技術研究所附属 災害対策トレーニングセンター」(Disaster Management Training Center、DMTC)は、災害対策に係る体系的かつ実践的なトレーニングの提供を目的に、「国際防災デー」に当たる2018年10月13日に設立された。設立から7年が経過し、発起人であり、防災プロセス工学を専門とする東京大学生産技術研究所都市基盤安全工学国際研究センターの沼田宗純准教授は、「災害対応する人がいかにうまく対応できるよう支援できるか。コンテンツを増やしていずれは国の基幹システムのように使ってもらえたら」と語った。

世界中で地震や風水害などの自然災害が多発する一方、少子高齢化による人口減少や財政的な制約等の課題からこれら災害に対して必ずしも万全な準備を経て対応できるとは言えない状況にある。

 DMTCは、今後の災害対策の研究と人材育成の新しい教育サービスとして、災害対策を横断的かつ体系的に研究し学び合い、様々なセクターで活躍できる人材養成を行うことを目的に創設された。行政や企業、地域住民、NPOやボランティア団体を含めて多くの人々に防災教育を共有する取り組みで、いつでもどこでも学べる環境を用意するためにeラーニングシステムを採用した。

 災害対策に関する「研究」と「教育」を両輪に、災害対策に関する知の集積と研究の促進によって、行政、民間企業、地域住民、NPOなど、多様なステークホルダーによる災害対策の発展に貢献することを主眼とし、主な事業内容として災害対策と教育手法の研究に基づ教育活動・アウトリーチ活動や、活動結果のフィードバックによる災害対策と教育手法の研究の促進を図っている。

 現在は防災プロセス工学を専門としている沼田准教授だが、学生時代は土木系の学問を中心に学び、土砂災害や地滑り等を中心に研究していたという。

 大学を出て民間のコンサル会社に勤務していた頃、神奈川県庁で副知事と話す機会があり、東日本大震災に伴う災害対策本部で運営に苦労する話を聞く機会があったという。また2016年に発生した熊本地震で災害対策本部を視察した際には、専門的人材の不足等から行政対応がうまく機能していないことを実感し、災害に対する支援の在り方に関心を抱くようになった。

 「現場で業務に当たる人々が災害対応の業務フローを理解できていなかった。そもそも行政は2、3年で組織が変わるので専門的人材が育ちにくい。防災担当者がゼロという自治体もある。市町村の本部を中心に国や都道府県との調整や、支援団体も関わってくると運営のノウハウもないので人はいるけどうまく機能しないという状態になる。災害発生時には対応する側も被災者であり、心の病を抱えたり最悪自殺する人もいる。こうした状況を変えたいという思いが根底にあり、行政をはじめ災害対応する人がいかにうまく対応できるかに向けて支援したいと考えた」。

 手始めに災害対策用の業務フローの作成に当たった。避難所運営や廃棄物処理、道路の復旧といった災害対策業務をカテゴリー別に8分野47種類に分けてフレームワークとして定義。それらをフローチャートとして作成する「BOSS(Business Operation Support System、災害対応工程管理システム)」を開発し、自治体職員を対象としたワークショップを中心とする研修制度も立ち上げた。

 「災害対策本部での混乱を防ぐために、今誰が何をやっているのかを整理して議論し、効率化を図るために活用できればと考えた」と沼田准教授。同システムは災害や地域の状況に応じて自由にフローチャートを編集できるといい、これまでに静岡県南伊豆市など約60の自治体が参加している。

 海外視察にも積極的に参加した。イタリアでは各地からの支援物資を直接コンテナで管理することで物資を置く場所の確保や仕分けに必要な人的コストの削減につなげているほか、国が主導して専門ボランティアの育成に力を入れているという。またアメリカではテキサス州に市街地の災害現場を再現した常設の防災・危機管理訓練施設「ディザスター・シティ(Disaster City)」があり、大規模災害や緊急事態への対応を専門とする連邦政府機関「FEMA(米国連邦緊急事態管理庁)」が主体となって防災教育を支援している実態を体験した。

 こうした研修や経験を通じて、日本では海外のように災害に対する基本の「型」が仕組み化されていないと考え、研修や講義を通じて体系的にノウハウを習得し、共有できる仕組み作りが不可欠と考えるようになったという。

 DMTCでは、フローチャートでも活用した8分野47種類の災害対策業務を基に基礎から上級まで、4段階で段階的に災害対応について学ぶことができるプログラムを作成。learning BOX社のeラーニングシステムを採用し、通信環境さえ整っていれば時間や場所にとらわれずに動画での学習を続けることができるようにした。講義動画は一本につき5~20分程度で、全て視聴する場合はトータル23時間程度。行政関係者だけでなく民間企業からの需要もあり、受講者は1200人を超えた。

 2024年からは、講義を前提とした能力認定制度として「災害対策士(DMS)」を新設。基礎的な知識の習得度を測るC級からより専門度の高い選択式のB級、プロフェッショナルとしての活躍も期待できる最上位のA級を用意し、これまでに147人がC級を取得した。

 モデルケースとして参考にしたFEMAの研修プログラムの動画コンテンツは数百を超える。沼田准教授は「アメリカではカリキュラムも教材も充実しているので、今はコンテンツを増やしていきたい。外国人が日本の災害を知ることができるような講座も配信していきたい。周囲には100種類に増やしたいと話している。また将来的には国の災害教育の基幹システムとして使われるといい。ほかの大学や企業でやっているようなものも全部ここでできるようにしたい。後は韓国や台湾、ケニアやマレーシアなど海外から研修に来る人々に向けてこういう動画を使って日本の基本的なことを理解してもらえるなら効率的だと思う」と話した。

 昨年の能登半島地震を振り返り、「ほかの自治体から応援に駆け付けた職員がいたが調整がうまくいっていなかった部分もあった。今後南海トラフ地震が発生した場合、外から応援に行くこともできず、各自治体が対応しなければいけなくなる可能性もある。そういう時に同じことを勉強していれば共通の認識も生まれて対応にもつながる。僕らとしては再現性につながる原理原則を学ぶ仕組みを作りたい」と話していた。 

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kobayashi
主に行政と情報、通信関連の記事を担当しています。B級ホラーマニア。甘い物と辛い物が好き。あと酸っぱい物と塩辛い物も好きです。たまに苦い物も好みます。