【独自】新春に語る 防災科研理事長 南海トラフへの備えとは
国立研究開発法人防災科学技術研究所(防災科研〈NIED〉、茨城県つくば市、寶 馨理事長)は、「防災科学技術を向上させることで災害に強い社会を実現する」という基本目標のもと、幅広い研究を推進している。これまで、日本列島全域および近海の海底に張り巡らした地震観測網とそれを活用した緊急地震速報、主要都市域に配備された高精度の降雨観測レーダ、災害時における組織を超えた防災情報の共有に資する基盤的防災情報流通ネットワーク(SIP4D)など、その成果が国民の安全・安心に直結する研究開発を行ってきた。「電波タイムズ」は、2026年新春にあたって、寶 馨理事長に今年の抱負などを聞いた。
――2025年の防災科研の取り組みについてお聞きします。防災科研は25年6月、自然の降雨状態を再現する施設としては世界最大級の大型降雨実験施設に、毎秒20㍍を上回る強風を人工的に発生させる機能を新たに追加しました。これにより、従来のゲリラ豪雨の実験に加え、台風レベルの強風下での風雨の挙動や影響の再現が可能となり、現実に即したさまざまな気象環境での実験が可能となると聞きました。この装置の新設で防災・減災にどのように貢献されていくのでしょうか。
自然現象の再現はなかなか難しいところがありますが、この実験施設は特に豪雨を再現でき、実際の雨粒に近い形を降らすことが可能です。雨粒の大きなサイズと細かなサイズも同時に降らすことができます。
雨の強度でいうと、10分間で50㍉級の雨は、最近あちこちで記録されています。実験施設では、それを1時間続けることができます。時間雨量で300㍉になります。時間雨量の日本記録は1982年の長崎で起こった187㍉でそれを上回る雨を降らすことができます。近年、極端気象が進んでいますから既存の気象最大値を上回る雨まで降らすことができます。
ここでは、河川堤防の模型を作って、そこに降雨実験施設をレールで動かして雨を降らせて堤防がどう崩れるか、斜面がどう崩れるか、土砂がどうやって流出するか実験を行ってきました。実際に建物、家屋を置いて、そこに雨を降らして水を溜めて浸水した時にドアが開けられないとか、浸水がどう室内に入ってくるかとか住宅被害の実験も行ってきました。
今回の新しい暴風装置は、秒速20㍍級の強風を吹かすことができます。これまでは豪雨だけだったのが暴風雨を再現できるようになりました。
そういう環境の中で、例えば自動運転のクルマが問題なく走行できるのか、無人の自動車が走るにしても、カメラやセンサーで外を見ながら走るので視認性が大事ですが、見え方はどうなのかシミュレーション実験が行えます。また、暴風の中でドローンが思いどおりに飛べるのかなど実用的な実験を行っています。
――利用された方々の声はいかがですか。
実際の雨はもっと高いところから落ちてくるので雨滴の強さは若干違いはあるものの、雨滴の形状は扁平な団子状で落ちてきますが、実験施設では落下速度も含めより現実に近い形の雨を降らすことができます。しかも風まで再現できるようになって、利用された方々からは現実に即した形でできてよかった、暴風環境も再現できるようになったのならまた実験したいというニーズもいただいています。
――噴出物のデータベースを作成し、火山活動の推移を予測する手法の確立を目指す政府の火山調査研究推進本部(火山本部)は25年7月、火山灰や噴石などの火山噴出物を分析する中核拠点「火山噴出物分析センター」を防災科研に設置する方針を取りまとめました。数年後をメドに噴石や火山灰などの噴出物の成分を分析する拠点を立ち上げると聞きました。なぜこのような施設が必要なのかその狙いをお聞かせください。
1995年の阪神・淡路大震災以後に、地震に関する調査研究を推進するため、総理府の下部組織として、地震本部ができました。
火山本部は24年から動き出しています。地震本部と違って、大規模な火山噴火災害が起こってから作ったのではありません。事前防災が大事という考え方から予防的に作ったのは良いことです。
日本には活火山が111あります。火山本部は、火山に関する観測、測量、調査及び研究の推進について、基本的な施策の立案を行います。従来の火山研究は、富士山や浅間山、桜島などそれぞれ火山のある近隣の大学が行っている状況で、地元の火山については皆さんよくご存じですが、火山が噴火しても、地元以外の先生方はメカニズムやその地域での避難方策など具体的な火山防災対応などそんなに詳細はわかりません。同時に、この分野の研究者が減っている、大学も縮小気味になって火山の研究室がどんどん減っており、火山研究の衰退が心配だという声もありました。
大規模な火山噴火が起こった時、その噴火の特徴をあらかじめ知っておいて、こういう火山灰が飛ぶとか、こういう溶岩流が流れる、火砕流が危ないといったことがすぐにわかると対策も取りやすいですし、火山学としても体系的に対応できるというのが新しい組織の背景にあります。それぞれの火山に詳しい大学、研究所に加えて、国内の中核的な研究拠点が必要です。
防災科研には火山研究部門もあって十数人の研究者がいますし、火山調査の現場にも行っています。25年には、火山本部の方針の下、機動的な調査観測・解析グループを所内に設置したところです。今後、「火山噴出物分析センター」の整備を進めるとともに、防災科研が火山研究の中核的な研究拠点としての機能を果たせるよう、取り組みを強化したいと考えています。
――防災科研は、南海トラフ海底地震津波観測網「N―net」(エヌネット)について、2019年より観測装置の開発・製造や陸上局の工事、敷設工事等を進めてきたところ、24年整備を完了した沖合システムに続き、25年6月沿岸システムの整備を終え、「N―net」の整備を完了しました。気象庁は25年11月、「N―net」について、沿岸側の海底18地点に設置された津波計の活用を始めました。防災科研は、ここでどのように社会貢献していくのか教えてください。
「N―net」は、南海トラフ地震に備え、高知県沖から日向灘にかけての海底に整備された地震・津波観測網です。このシステムにより、地震や津波の発生を早期に検知し、被害軽減に貢献することを目指しています。各システムには地震計や津波を観測する水圧計などが組み込まれた観測装置(観測ノード)が設置されています。これらの観測装置は光海底ケーブルでつながれており、リアルタイムで24時間連続観測が可能です。
「N―net」は『沖合システム』と『沿岸システム』の2系統で構成されています。沖合システム18地点、沿岸システム18地点合わせて36地点に観測装置の設置・接続が完了しました。全体を津波情報へ活用することにより、津波の検知は最大で約20分早くなります。20分前からわかるということは避難活動で避難所に逃げるとか、高台へ移るとか様々な対策、準備もしやすく、貴重なリードタイムでありそれを活かしていただけます。より多くの人命を救うことができ、被害も軽減でき、資産被害も減らすことができます。
一方、日本海溝海底地震津波観測網「S―net」(エスネット)がすでに整備されています。房総沖から根室沖の太平洋海底に設置されています。こちらも津波を現状より最大20分程早く検知して実測値の情報を発信します。「S―net」は東日本大震災が起こってから作りました。「N―net」は南海トラフ地震が起こる前に作りました。事前防災の観点から大地震が起こる前に整備ができました。太平洋岸の東日本沖から関東を通って、四国、九州沖まで広い範囲をカバーすることができた、これは世界に類を見ないものです。
――防災科研全体の活動で26年の抱負をお話しください。
ひとつは、「火山噴出物分析センター」を着実に立ち上げて、令和10年度中の分析開始を目指して進めていきたい。
それから人材確保です。防災科研は巨大地変災害研究領域、都市空間耐災工学研究領域、極端気象災害研究領域、社会防災研究領域の4つがある。いずれもまだまだ人数が足りない。
さらに基礎研究の整備です。くしくも25年に自然科学分野でノーベル賞を受賞されたお二人の日本人の方が『基礎研究が大事である』と話しています。安定して基礎研究ができるような環境をさらに整えていきたい。防災科研の英語名には『アース・サイエンス』というワードが入っています。地震学、火山学、気象学や水文学といった『地球科学』に基づく防災研究を改めて掲げていきたいと思います。
防災科研には様々な実験施設があります。兵庫県三木市には実大三次元震動破壊実験施設「E―ディフェンス」があります。実大規模の建物などに兵庫県南部地震クラスの地震の揺れを前後・左右・上下の3次元に直接与えることで、その揺れ方や損傷、崩壊過程の解明、耐震対策技術の有効性を詳細に検討できます。こういった実験施設をもっと活用してもらえるように施策を進めていきたい。
また、研究開発の国際展開も挙げたいと思います。わが国の防災科学技術に関する中核的機関として、グローバルな課題に向き合い、共同研究、人材育成や交流を通じて研究開発成果の創出を図ることで、国際的な防災力の向上に務めています。わが国政府、国内外の学術・研究機関及び防災関連機関と連携・協力して、防災減災連携研究ハブの国際的な活動を支援し、対外的な発信を強化しています。様々な国の研究機関と協力協定を結んでいます。日本の防災研究の中心は防災科研であるという位置づけをさらに確立して、国立の研究所としてナショナルセンターの役割をより打ち出して、国際的にも名声を上げていきたいと思います。
――防災科研の基本目標理念「社会への貢献」では『私たちは、さまざまな自然災害と、それを引き起こす諸要因の把握と理解に努め、災害軽減という国の政策課題に対し、科学技術を基礎とした解決方法を提案します』とあります。防災科研の社会貢献についてお聞かせください。
地震津波火山観測研究センターの陸海統合地震津波火山観測網「MOWLAS」(モウラス)は、日本全国の陸域・海域に張り巡らせた7つの観測網です。地震も火山も津波も網羅していることから命名しました。そのうち「Hi―net」(ハイネット)は、感度地震観測網の略称で、日本全国に約20㌔㍍間隔で設置された高感度地震計により、人間が感じない微弱な揺れも24時間体制で観測しています。緊急地震速報にも貢献しています。
防災科研は、海底下を震源とする大地震が起きた際に海底地震計データを活用して新幹線を少しでも早く緊急停止させることを目的とする相互協力協定をJR3社と締結しています。さらにJR東日本は、このシステムの在来線への導入を発表しました。在来線も地震の揺れに対してストップできるように防災科研のデータを使っています。そういう観測データの利活用が社会の安全・安心に貢献しています。
それから今後、火山観測網も増やしていきます。こういった観測による社会貢献があります。
さらにシミュレーションモデルも作っており、詳細な分析、予測をしています。どこでどういう地震が起こったらどのような揺れになるか、あるいはどこで線状降水帯が発生したら、どれぐらいの雨が降るか。そういう予測手法を開発して予測精度を上げて安全・安心に貢献します。
このほか、災害が起こると例えば24年の能登半島地震の時は、午後4時20分に地震が起こり、もう午後11時半には、防災科研の災害時情報集約支援チーム「ISUT」(アイサット)から2人が現地に入っています。従来は行政、消防、警察等がそれぞれ自ら保有するデータを使って活動をしていましたが効率が悪いので、ISUTを派遣して現地の災害対策本部で情報を集約して、同じ情報のもとに行政も消防も警察も動くようになっています。災害時の応急対応の効率化で社会貢献しています。
その後の復旧復興も大事です。それがどのように進んだか、住民はどういった対応をしたか、そういうデータはなかなか集まりません。防災科研は、能登半島地震で「自治体の災害対応および応援受援活動の全国調査」を行いました。現地へ行ってアンケートを取ったり、聞き取り調査をしてデータを集めました。被災した後の罹災証明は住民の方々はなるべく早く欲しい。すぐ家を直したいが何ヵ月もかかるので、被災状況を我々の研究で調査して示してあげることができたら復旧復興が早くでき、レジリエンスを高める。それも社会貢献として役立っています。
この記事を書いた記者
- 元「日本工業新聞」産業部記者。主な担当は情報通信、ケーブルテレビ。鉄道オタク。長野県上田市出身。
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