2026年は非地上系ネットワーク(NTN)躍進の年 国内通信各社、Beyond5G向け低軌道衛星やHAPS事業を本格化

 人工衛星や無人航空機(ドローン)等を活用して上空から広範囲に電波を届ける非地上系ネットワーク(Non Terrestrial Network:NTN)の動きが活発化してきている。国内通信業界では2025年4月、KDDIがいち早く米・SpaceX(スペースエックス)社と連携した「au Starlinlk Direct」を打ち出し、低軌道衛星(Low Earth Orbit:LEO)とスマートフォン端末による直接通信を可能としたことが話題となった。対するNTTドコモ、ソフトバンクでは2026年から高高度プラットフォーム局(High Altitude Platform Station:HAPS)事業を本格展開する動きを表明。米・Amazon社による「Projyect Kuiper」や、楽天モバイル社と米・AST SpaceMobile社による「Rakuten最強衛星サービス」の動きもあり、2026年はNTN事業にとって重要な一年となりそうだ。
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 現在主流となっている無線通信規格の第5世代移動通信システム(5G)は、「高速・大容量」「超低遅延」「多数同時接続」の三つの特長を持ち、スマートフォンだけでなく自動運転、遠隔医療、IoTといった社会の様々な分野での技術基盤となっており、これら技術基盤は光ファイバー等の有線回線やモバイル通信等、地上にある基地局の電波を活用した地上系ネットワーク(Terrestrial Network:TN)による面的な展開により成り立っている。
 一方で、これに続く次世代通信システムである、Beyond 5G(B5G)や第6世代移動通信システム(6G)は5Gの性能を拡大した「超高速・大容量・超低遅延・超多数同時接続」を実現させた膨大なデータのやり取りや、広範囲なネットワークによってAIやロボティクスと連携し、2030年代のSociety 5・0(サイバー空間と現実空間が融合した社会)の実現を目指す次世代のデジタルインフラ基盤とされている。この実現に向けた議論として、無人航空機(ドローン)やHAPS、衛星コンステレーション計画を活用した海や空、宇宙を巻き込み、二次元から三次元に拡大したNTNが注目されるようになった。
 NTNは、その名の通り、人工衛星や無人航空機等を活用して上空から広範囲に電波を届ける技術を指す。地上の基地局で従来課題となっていた山地や海上、離島といった電波が届きにくいエリアでも上空から電波を提供できるため、圏外エリアが減少し、いつでもどこでも快適な通信環境を利用できるほか、リモート領域の拡大や災害時の対策としても期待が高まっている。

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 NTNの一つ、「衛星コンステレーション」は多数の小型人工衛星を低・中軌道に配置し、相互に連携させて一体的に運用するシステムのことで、星座(Constellation)のように地球全体をカバーし、高速・大容量通信や高精度な地球観測、測位等を可能にする技術を指す。
 アメリカの宇宙開発企業、SpaceX社では2022年から、高度約550㌔のLEOを数千基単位で地球の周囲に打ち上げ、相互に連携させるサービス「Starlink(スターリンク)」を展開している。高度約3万6千㌔を飛行する静止衛星よりも地上に近い軌道を周回するLEOを利用することで、低遅延・低電力による通信が可能で、ユーザーは専用アンテナを設置して衛星からの電波を受信する。アンテナは自動で最適な衛星を選択し、同社の地上局を経由してインターネット接続する仕組みで、光回線に近い通信品質を得ることができる。将来的には地球全域をカバーし、世界中にインターネット環境を構築させることを目的としており、2025年12月現在では打ち上げられた衛星の総数は1万基を超えたとされている。
 KDDIは、2021年9月からスターリンクの技術検証を実施。携帯電話の基地局と、通信事業者の中心的なコアネットワークをつなぐ大容量の中継回線であるバックホール回線での活用に向けて、遅延や揺らぎ、上りと下りの帯域容量といった技術的ガイドラインに沿った検証を行い、2022年12月から法人企業や自治体向けにスターリンクをau通信網のバックホール回線に利用する基地局運用を開始。2025年4月からは、国内では初となる衛星とauスマートフォンとの直接通信サービス「au Starlinlk Direct」の提供を開始した。
 同サービスは既存のau周波数を活用してauスマートフォンが直接通信対応のStarlink衛星とつながり、空が見える状況であれば圏外エリアでもどこでも通信可能とするサービス。約600基の衛星を使い、開始当初こそ「つながりにくい」という意見も寄せられたが、その後改善を重ねて7月ごろからは安定してサービスを提供できるようになったという。
 KDDIパーソナル事業戦略本部事業企画部サービス企画グループリーダーの本間寛明氏は、「技術部門でもNTNは早くから注目して調査していたが、企業として新しい価値が提供できるのであればトライしてみようというところで当時常務だった松田浩路社長がはじめとなって取り組みを進めていた。いざやってみるとあって良かったという声もいただくようになり、そういう意味では手応えを感じている。実証実験についてもメンバー全員がこれまでにない物を作るというモチベーション高く前向きに取り組めた。新しいものをいち早く提供できることに意味があると考えているので、結果一番となったのは光栄」と話す。
 競合他社の動きについては、「NTNが展開されることは利用客にとってはメリットがあることなので業界としては盛り上がっていくのはいいこと」と歓迎。衛星以外の技術について「元は静止衛星からスタートしたができることに限界があった。HAPSについてもアライアンスに加盟して継続的に検討しているが航続距離等まだ実用化には遠い先の技術と判断し、いち早く価値提供できるものとして低軌道衛星にトライした。HAPSもいずれ実現したときにはできる内容もあると考えているが、個人的にはまだ難しい技術と考えている」と慎重的な姿勢を示す。

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 HAPSは、衛星コンステレーションと並んでNTNの主要技術として注目されている。HAPSは、高度約20㌔の成層圏に無人航空機を滞空させて、いわゆる「空飛ぶ基地局」として直径約200㌔の広範囲に通信サービスを提供する次世代通信技術。国内通信キャリアでは、NTTドコモとソフトバンクの2社が相次いで2026年に商用化に向けた動きを示している。
 ソフトバンクは2025年6月、日本国内でのHAPSプレ商用サービスを2026年から開始すると発表。併せてアメリカのSceye社が製造するLTA型HAPSを導入する考えを表明した。
 HAPSでの使用が想定される無人航空機は現在、空気より軽いヘリウムガスを使った浮力で滞空する飛行船タイプのLTA(Lighter Than Air)型と、飛行機のように揚力で飛ぶ固定翼タイプのHTA(Heavier Than Air)型の二種類が主流となっている。ソフトバンクが採用したLTA型は長期間滞空が可能で電力消費を抑えやすいというメリットがある。一方で後述するNTTドコモが進めているHTA型は速度や方向の制御がし易く、より安定した通信エリアを構築しやすいというメリットがある。
 ソフトバンクでは、2017年にHAPS実現に向けた機体開発の検討を開始し、2020年9月に初めて成層圏での飛行を成功させた。米Alphabet Inc.の子会社であるLoon LLC(ルーン) と共に、アメリカのニューメキシコ州のSpaceport America(SpA)でHAPSモバイルの成層圏通信プラットフォーム向け無人航空機「Sunglider(サングライダー)」のテストフライトとして、共同で開発したペイロードと呼ばれる成層圏対応無線機の通信に成功。自律型航空式のHAPSでの成層圏からLTE通信成功は世界初としている。
 このほか、5G対応のペイロードの自社開発や、パートナー企業と連携したバッテリーやモーター、ソーラーモジュールの開発など、要素技術の研究開発にも取り組み、2023年9月には、ルワンダ領空で自社開発したペイロードを無人航空機に搭載し、成層圏からの5G通信試験も成功させた。またHAPSの国際的な展開を見据えて業界団体「HAPSアライアンス」を設立し、WRC―23でHAPSに向けた周波数拡大を主導するなどいち早くHAPS拡大に向けた方針を示してきた。
 2026年に開始を予定しているプレ商用サービスでは、海沿いの国内4~5箇所を候補地として選定し、HAPSを使ったスマートフォン端末との直接通信による実証実験を実施。飛行時の安全面や地上局との通信干渉の度合い等について確認し、データを基に一部地域で先行的にサービスを開始していく考えとしている。
 ソフトバンクでは、AIを中心としたビジネス構築を見据えて、HAPSを中核とした非地上系ネットワークと、従来からの地上のモバイルネットワークを組み合わせたシームレスな通信環境を実現させ、災害時の分断や通信網の整備格差など、既存の社会インフラの限界を超えて、世界中の人々やビジネスにイノベーションを促すための戦略として「ユビキタストランスフォーメーション(UTX)」を提唱。HAPS以外でもLEOによる低軌道衛星通信サービスとして、Starlinkを活用したベストエフォート型の「スターリンクビジネス」と、帯域確保・閉域接続を重視した「ユーテルサットワンウェブ」を展開し、今後は2024年3月に出資したCubic3(キュービック)社に代表されるSDV(Software Defined Vehicle)、いわゆるコネクテッドカー等のユースケースでの活用を目指して展開していく考えを示している。
 同社プロダクト技術本部ユビキタスネットワーク企画統括部担当部長の砂川雅彦氏は、「HAPSは一時的に運用して終わりではなく運用し続ける必要がある。そこを維持するためのオペレーションの経験を貯めるのは絶対に必要。もう一つは利用客にとって有益なサービスをどれくらいのレベルで提供し続けることができるか。飛行と通信提供の二つの面でゼロスタートの話で、これを蓄積していくのが来年の課題」と話した。

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 一方、NTTドコモとNTTは2022年1月、エアバスやスカパーJSATとHAPSの早期実用化に向けた研究開発や実証実験に向けた連携を目的とした覚書を締結した。
 NTTドコモでは、通信環境が不十分な空域・海上・山間部で汎用端末との直接通信を可能にし、災害時のリアルタイム観測や送電線監視など、社会インフラの強靭化に貢献できる等、地上ネットワークとほぼ同等の機能を提供できる点でLEO衛星サービスとの差別化を図れることから、HAPS事業をモバイル通信事業の拡張と新たな市場創出を担う戦略的事業と位置づけ、商用化に向けた取り組みを進めてきた。
 2024年5月に総務省の研究開発プロジェクトとして採択されると高度約4㌔から38GHz帯を使った5G通信実証に成功。同年6月にはスカパーJSATとの共同出資によるSpace Compass(スペースコンパス)社と共にフランスの航空大手・エアバス社とその子会社であるAALTO(アールト)社との資本業務提携を締結。AALTO社が製造する小型固定翼型「Zephyr」を使った実証を進め、2025年2月には、ケニア上空の成層圏(高度18㌔以上)での同機体によるスマートフォンによるLTEデータ通信の実証実験に成功した。また同年3月には「能登HAPSパートナープログラム」と題して、2028年度以降に予定している石川県でのHAPS商用飛行時に展開するソリューションやユースケースへの参画企業募集も実施している。
 NTTグループは、2026年を静止衛星のGEO、低軌道衛星のLEO、成層圏のHAPSを組み合わせた「宇宙統合コンピューティング・ネットワーク構想のスタートを切る年」と表明。
 同ネットワーク本部ネットワークサービス部担当課長 の岸川雄紀氏は「宇宙統合コンピューティングでめざす世界は『日本のレジリエンスの強化』。故障・災害等で地上ネットワーク切断されたとしても、宇宙や空からの通信を活用すれば途切れないネットワークの提供が可能。いつでもどこでも、利用客がネットワークを意識せず通信サービスを受けることが出来る世界を目指す。また、通信に限らず、衛星やHAPSを活用した観測サービスの提供も可能で、通信と組み合わせることで様々な分野でのユースケース拡大、イノベーション創出が期待される」とし、「他社の動向や技術革新にも目を配りながら、状況の変化を的確に捉え、柔軟に対応する。災害時の通信確保、遠隔地での産業振興、グローバルな通信インフラの強化など、社会に新たな価値を届けることで、未来の『つながる』を創造する。『いつでも、どこでもつながる』世界の実現に向けて、NTNに挑戦し、HAPS・GEO・LEOといった多様な技術を組み合わせ、より広く、より確実な通信の提供をめざす」と話している。
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 産官学での研究も進む。
 国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)は、JRC、スカパーJSAT、東京大学と共同で、多岐にわたる通信需要や回線状況に合わせ柔軟に対応できるネットワークを構築するため、GEO衛星回線、LEO衛星回線、地上回線といった複数種類の経路を含むシステムで、トラフィックに応じた適切なバックホール経路の動的な切り替えや動的なQoS制御を行う実証実験を発表した。
 回線監視や経路切り替え、バックホール経路の割り当て、バックホール回線の帯域幅に応じた動的なQoS制御など、次世代通信技術の検証を実施。衛星回線と5Gを組み合わせ、多様な用途や回線状況に柔軟に対応できるネットワーク基盤の実現性を確認するため、災害時を想定した実証実験も実施し、通信の有効性を実証した。将来的な社会インフラの信頼性向上と、様々な通信ニーズに応える持続可能なネットワークの実現に貢献したとしている。
 NICT宇宙システム研究室上席研究員の辻宏之氏は、「まだHAPSというワークフローを知らない利用者もいるのでまずは実証を重ねる必要がある。技術的な問題もあるが日本ではまだ法整備が進んでいない部分もある。スターリンクは海外の企業なので日本発のプラットフォームは欲しいというところもある。災害時に備えるというとコストもかかるので、個人的にはプラットフォームは各社共通で協力するのもいいと考えている」と話した。