防災特集:「救うべき命への初動の中の初動モデル構築を」 NTT東日本防災研究所・笹倉所長インタビュー、「地域防災」への思いに寄せて

 東日本大震災の発生からこの3月で15年の節目を迎える。日本全体を揺るがす未曽有の大災害は防災に向けた備えや実際の避難計画に大きな課題と教訓を残した。NTT東日本では2025年4月1日、地域防災の実装に向けた防災研究所を設立した。設立から丸一年を迎えるに当たり、デジタル技術を活用しながらいかに実装に結びつけるか、所長の笹倉聡氏に話を聞いた。

 ―防災研究所は、NTT東日本の先端技術や災害対応のノウハウを課題解決につなげるため、昨年4月に設立された。この1年を振り返った感想を伺いたい。
 設立からまだ1年だが、想像以上に外部からの期待が増していると実感している。防災研究所は、地域防災での公助負担を軽減する社会モデルを技術と経験で支えることを目的に設立された。この1年、例えば内閣府などの公的機関と対話を重ね、避難運営や各種事業に携わる中で、我々が目指すあるべき社会を提示しやすい関係性を構築できた。 設立当時からの「誰一人取り残さない社会」の実現に向けた研究も進展しており、多くの賛同を得ている。民間企業の研究所として学会等でも発表を行い、優秀賞を受賞するなど、多方面への影響力が広がった1年だった。
 我々は先端技術を地域に適合(アジャスト)させて、実装させなければどんな高度な技術を提供しても意味がない、という信念のもとで活動してきた。現在、数十社の企業と共に発災直後の初動の仕組みを作る段階に至っている。取り組みがより深く、進化していると感じる充実した1年だった。

 ―研究テーマに掲げていた避難状況の予測、災害対策業務、地域福祉に関する調査などの進捗はどうか。
 我々が掲げる「誰一人取り残さない社会」とは、誰がどこにいるかをいち早く把握することから始まる。それができて初めて、自力で逃げられる人と支援が必要な人の振り分けや、適切な物資を避難所に届けるサプライチェーンの構築やその後の生活再建といった防災時のサービスにつながる。 現状、そうした発災時の所在を把握する仕組みが確立されていないため、我々はまずそこから仕組みを作ろうとしている。
 これは一つのモデルだが、入り口として、気象、人流、交通などの社会情報を組み合わせ、適切な避難指示を迅速に出して早期避難を促す活動がある。その情報を踏まえて、被害が及びそうな場所を把握し、最適な避難所を開設し、情報を取得し、管理を行うプロセスが必要だ。 並行して住民の安否確認や避難意思の有無、困りごとの把握を速やかに行い、福祉データと照らし合わせて要配慮者の状態を把握する。その後、民生委員や社会福祉協議会等とマッチングして安全に避難所へ誘導し、チェックインを行う仕組み。避難所であれば、そこに訪れた人々を住民基本台帳と照合し、投薬の必要性や公的サービスの利用状況といった属性を確認してその後の避難生活に備える。また同時に、避難所に来ていない人を割り出し、その中に要配慮者がいる場合は速やかに自衛隊や消防、警察へ救助要請を出す。これらが発災と同時にできる仕組みを作ることが先決だと我々は仮説として持っている。
 そのため、気象の情報取得から最適な避難指示、避難所の開設と管理、住民安否や要配慮者とのマッチング、避難所までの誘導、受付管理等をデジタル化して情報を繋ぎ合わせてフィルタリングをかける。こうしたモデルを民間30社の賛同を得て、デジタルツインや衛星情報、ドローンなどを組み合わせ、このサイクルをいかに回していくかの検討を始めている。実証を通じて知見を獲得し、国に対して制度の見直しや民間委託、予算獲得などを提言できる状態を目指す。これが確実に救うべき命のための「初動の中の初動のモデル」と考えている。
 こうしたサイクルを実装しやすくするため、三つの研究テーマを掲げている。
 一つが避難状況の予測。最終的に安全な場所に避難誘導するために最適なツールでミクロな情報発信をどうしていくかというモデルを出したい。過去の災害時の人流データ解析では、警報発令時に避難所以外の場所にも人が集まる傾向が可視化された。今後は地域特性や地理的特性を踏まえ、避難所以外に人が滞留しやすい場所を予測するモデルを構築する。いわき市を例に予測するモデルがこの一年で順調に進んでいる。今後なぜ、誰、何に基づいてというところを解析して数式に落とし込めれば適切な避難指示を提言できるようになると捉えている。
 二点目は災害対策業務の高度化。過去の大規模災害時の地域自治体の活動記録をAIで解析し、実際に成果も出ている。過去の災害を元に死傷者や避難者数、建物の倒壊被害といった災害規模から復旧に必要な職員数や日数を過去の活動量から解析し、可視化することができるようになった。自治体ごとの優先順位やリソース量をやりくりするためにはおそらく自治体の職員以上の稼働量が必要になる。そのため民間企業の参画を促す呼び水としての仕掛けとしても活用できる。これに、共同研究をしている東京大学 生産技術研究所 沼田 宗純 准教授が提唱しているデータを使った本部運営の訓練教育をセットにし、限られたリソースでの決定ができるよう取り組んでいる。
 もう一点は福祉に関する調査。公的サービスを利用していない要配慮者の状態をどう把握するかが肝となる。デジタル・アナログを組み合わせた新しい地域ネットワークをどう作っていくか、ヒアリングを徹底的に重ね、家族や近隣住民、サポートをする人々が持つ情報を吸い上げる仕組みを検討中だ。デジタル技術を活用しながら、個人情報保護という壁をどう乗り越えるかも含め、地域の支援ネットワークの構築を進めている。まずはステークホルダーの力を得ながら情報を集め備えるか、民間企業もオペレーターとして入っていく必要があると考えている。
 予測をすることとデータをうまく活用して備えること、要配慮者のネットワークを高度化するという仕組みは三年計画で開始した。一年が経ち、順調に進んでいると考えている。こうしたサイクルのモデルを、進行中の様々な地域実証の中で検証を重ねてエビデンスを獲得し、国に提言していこうと考えている。

 ―AI、ドローン、デジタルツインなど先端技術の活用事例について。
 山形県長井市では、デジタルツインを用いたシミュレーションを訓練や家屋被害調査に活用する実証を行っている。ドローンの空撮画像も取り込んでいるので、発災前後の家屋被害調査にも使えるのでは、という声もあり、デジタルツインの技術をどう使うか明確化するのがこの一年になると考えている。また「フェーズフリー」の観点も重要だ。日常の仕組みが災害時にも維持される状態を目指す。例えば、日常の農業を守ろうとした場合に、ドローンや衛星を活用して省人化を図り、その仕組みを災害時に転用するモデルを模索している。色々な技術を様々なフィールドに埋めていこうと考えているが、そう簡単にはいかず仕組みを変える必要もある。そことの両輪として実装研究所としての活動を展開していきたい。

 ―笹倉さんご自身の防災に関する活動のきっかけについて聞きたい。
 きっかけは2010年に持株会社の災害対策室の管理者に着任し、直後に東日本大震災を経験した。初めて持株の中に災害対策本部が立ち上がり、国の災害対策本部と活動を共にする経験を得た。様々な要請に応える中で、本来は通信の復旧に合わせ、地域社会が速やかに回復すべきだが、実際には遅れが生じるのを目の当たりにした。地域防災の活動そのものを変える必要があると感じたことが原点。それ以降、NTT東日本の災害対策室長等を務めながら、民間企業が地域防災の中でできることを多くの方々と一緒にやらせていただいてきている。それでも地域防災の体力が上がらないことから、民間企業が入らないといけないと5、6年前から感じるようになった。これまでの活動で印象に残っているのはリエゾン配慮。自治体との間に入って得た情報から地域の課題を明らかにして、地域の社会活動を最適に復旧するための課題解決型の災害対応の輪が広がるようになったのが地域防災に一歩踏み込むための大きな転換期と考えている。防災研究所の立ち上げやNTT東日本が地域防災に携わろうとしてから、我々の思想は徐々に共感いただいてきているが、まだ制度変更やモデル構築には至っていない。企業に対する期待は大きいと感じているので、そうした責任は果たさないといけない。デジタル技術を保有する会社なので最適な技術の実装方針を提案していきたい。

 ―震災から15年の振り返りと思いを。
 震災から15年が経つが、地域防災の仕組み自体は大きく変わっていない。防災に関わる技術、当社を含めたデジタル技術はここ数年で格段に進歩したが、効率良く災害の活動現場に落とし込まれていないのが課題だ。救わなければいけない命をあぶり出す仕組みや、実装に向けた研究といったチャレンジをしないと変わっていかない。そういう意味で研究所としてのこの一年の取組は間違っていないと強く自信を持った。これを正式に国に提言できるような一年にしていければ震災の教訓を社会変革に活かしていけると考えている。

 ―防災研究所の2年目を迎えるに当たり今後の展望と首都圏防災について。
 2年目は研究成果をフィールドで実証し、モデルを作り上げる年にしたい。民間企業を巻き込み、地域防災の一部を民間が担うきっかけを作る。NTT東日本グループということも忘れずに、高度な通信、高度な先端技術を実装させることを念頭にチャレンジしていきたい。
 首都圏防災については、帰宅困難者対策や外国人対応などのソフト面での課題が多い。東京都とは公衆電話ボックスを活用したWi―Fi整備の協定を進めており、災害時の情報不足を解消する取り組みを行っている。また、次世代ネットワーク「IOWN」を活用した低遅延な通信インフラの提案も可能だろう。最後に、民間30社と共にデジタルを活用した社会変革を促すモデルを作ろうとしていることを強調したい。福島県郡山市近郊での物流拠点のプロジェクトのように、日常は魅力ある施設、災害時は物流拠点や避難所として機能する「フェーズフリー」な施設づくりを、今後も推進していきたい。

〈略歴〉:笹倉 聡(ささくら・さとし)氏。1973年生まれ、埼玉県川口市出身。筑波大学第三学群基礎工学類物理工学科卒業後、1997年4月に日本電信電話(NTT)入社。2010年7月にNTT東日本技術企画部門災害対策室担当課長、2019年7月に同ネットワーク事業推進本部サービス運営部災害対策室長、エヌ・ティ・ティ エムイー社会インフラデザイン部長等、地域防災に関わる各部署を経て2025年4月に新設となるNTT東日本防災研究所長に就任。