セキュリティ・プライバシー分野に西洋偏重
NTTおよび国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)サイバーセキュリティ研究室は、セキュリティ・プライバシー分野におけるユーザ調査(参加者をともなう調査)研究として発表された論文の体系的な調査を実施し、既存研究の多くが西洋を中心とした、限られた地理・文化圏の人々を対象としている実態を定量的に明らかにした。本成果は、これまでのセキュリティ・プライバシー研究成果の一般化可能性が低く、日本を含むアジアなどの異なる地理・文化圏の人々が十分に恩恵を得られない可能性があること、および地理的・文化的に異なる人々の差異を明らかにすることの重要性を指摘するとともに、多様な人々に対する理解を促進するための研究方法を提案したとしている。
心理学やヒューマンコンピュータインタラクション(HCI)などの人を中心とする研究分野では、ユーザ調査を通じて人々の心理特性や行動特性を解き明かしてきた。しかし、これらの研究において研究対象が西洋偏重であり、とりわけ”WEIRDな人々”に大きく偏っていることが指摘されている。”WEIRDな人々”とは、西洋の(Western)、教育水準の高い(Educated)、工業化された(Industrialized)、裕福な(Rich)、民主主義の(Democratic)社会の人々を意味する。地理的に偏った人々を対象にしたこれまでの研究では、その結果が全人類で共通のものなのか、それとも地理的な違いがあるのか、あるとすればどのような違いがあるのか、などの観点の深い分析や洞察が十分ではなかったという。
一方で、人を中心として心理・行動・意思決定プロセスを分析し、その知見をコンピュータシステムの設計・実装・運用にフィードバックするセキュリティ・プライバシー研究分野においても、地理や文化の違いに結果が影響されることはいくつかの調査によって示されてきたものの、これまでの研究がどの程度“WEIRDな人々”に偏っているのかについて研究分野の全体像は明らかになっていなかった。
研究では、体系的文献調査手法に基づいて、人を中心とするセキュリティ・プライバシー研究論文を対象にその内容を網羅的に調査および分析した。サイバーセキュリティおよびヒューマンコンピュータインタラクションに関する著名国際会議において過去5年間(2017年から2021年)に発表された論文7587本から、人を中心とするセキュリティ・プライバシーに関するユーザ調査を実施した論文715本を特定した。この715本の論文に対して、参加者の居住国・属性・募集方法・研究手法・研究トピックに関して、複数の分析者による評価者間信頼性を保証した方法で分析した。
本調査では、人を中心とするセキュリティ・プライバシー分野において、5年間(2017―2021)で非西洋の人々が対象になるユーザ調査標本数が25%から20%に低下しており、偏りが大きくなっていることが明らかとなった。
一方で、HCI分野における同様の調査では、5年間(2016―2020)に発表された論文のユーザ調査における標本数の総数のうち、非西洋の国の標本数の占める割合は16%から30%に上昇しており、HCI分野においては西洋の人々への偏りが緩和される傾向にあることが知られている。このことから、セキュリティ・プライバシー分野における偏りの方がより顕著な傾向にあることが明らかとなったという。
(全文は9月11日付紙面に掲載)
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