革新的手法で全層プロファイルを解明 極地研や北大等

 国立極地研究所(極地研)の猿谷友孝学術支援技術専門員及び藤田秀二教授、北海道大学(北大)の宮本淳教授らの研究グループは、南極ドームふじ基地にて2007年までに掘削された3035mの氷床コアの最深部約600m領域(ドームふじ全厚の約20%に相当)を対象に、氷の中で結晶がどの方向に向いているか(結晶配向)とその微細な構造を詳しく調べ、南極ドームふじ氷床コア深部の多結晶構造を精緻に解明した。
 研究グループが独自に開発・改良を重ねてきた特殊な測定手法を使って、これまでにない高い精度で氷の結晶の向きを連続的に解析した結果、氷の結晶配向の変化が氷に含まれる不純物の量や再結晶化(氷の組織が作り変わる過程)に大きく影響されることを明らかにしたもので、これらの発見は、氷がどのように流れ動くかを理解するうえで欠かせないものであり、今後の南極氷床の変動や海面上昇の予測精度を高めるうえで重要な手がかりとなるとした。
 南極大陸の中央部に位置するドームふじ基地は、南極で2番目に高い標高約3800mに達する氷床の頂上にある。ドームふじでは、氷床深部ほど氷の結晶の向きが鉛直方向に揃う傾向が知られているが、その詳細な変化を追うには従来の解析手法では限界があった。研究グループは、この難題を克服するため、結晶配向ファブリック(多数の氷結晶の向きの分布)を高い精度で連続的に測定し、その変化の要因を解明することを目指した。同研究は、この「どこで・どれだけ・なぜ変わるか」をつなぐ連続プロファイルを提示する。
 研究グループでは、これまでに独自に開発・改良を重ねてきた誘電異方性計測装置を用い、氷床コアの結晶の向きを非破壊で連続的に測定した。これにより、結晶配向ファブリックを高精度・高解像度で明らかにでき、氷床コア全体にわたる詳細な変化を初めて捉えた。同研究では、この誘電異方性計測に加えて、ラウエX線回析法による結晶方位の精密解析と、光学顕微鏡による微細構造観察を組み合わせ、氷床深部の結晶組織とその形成過程を総合的に明らかにした。これにより、「それらがどこで変わり始めるか」をコア全体で追えるようになった。
 研究成果を見る。結晶配向の変化は不純物と再結晶化で説明できることが分かった。解析の結果、氷温が融点に近づいていくドームふじ氷床コアの深部では、地熱の影響を受けて氷の結晶の向きが深さによって大きく変化し、その変動が不純物の濃度と再結晶化の進行度に強く関係していることが明らかとなった。
 特に、鉱物性粉塵などの不純物を多く含む層(比較的寒冷な時期に堆積した層)では、結晶の向きが一方向に揃った状態が保たれる一方、不純物が少ない層(比較的温暖な時期に堆積した層)では結晶配向が乱れ、再結晶化が活発に進んでいた。このことは、氷中の不純物の少なさが結晶の再構成を促し、結果として氷の流動特性を変化させることを示している。
 さらに、深度約2580m以深では、結晶の配向や氷の層自体が鉛直方向から大きく傾いており、氷床底部で単純せん断変形が生じている可能性が示された。これらの結果は、南極氷床が深部でどのように変形・流動しているかを理解するうえで重要な手がかりとなるとした。
 氷床内の結晶配向ファブリックは、氷床の変形・流動しやすさといった力学特性を決定づける要素。特にドームふじのような内陸氷床の頂部は氷床流動の起点(分水嶺)であり、この地点の結晶配向状態が下流方向の氷の流動特性を左右する。
 同研究で得られた高解像度かつ高精度な結晶配向ファブリックの全層プロファイルは、氷床力学モデルに現実的なパラメータを与えることを可能にし、将来の南極氷床の挙動予測に貢献する。氷床変動予測は海面上昇の見積もりに直結するため、今回の成果は地球温暖化に伴う海面上昇の将来予測をより確かなものにするという。
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 ※誘電異方性計測装置:氷の誘導特性の方向差(異方性)を測定して結晶配向を
推定する非破壊的手法の装置。
 ※ラウエX線回析法:X線の回析パターンから結晶の向きを求める方法。非破壊で高精度に結晶配向を解析できる。
 ※地熱の影響:南極やグリーンランドの氷床は、大陸の下にあるマントルから伝わってくる熱(地熱)によって、深度が深いほど氷の最深部と大陸岩盤の界面は、氷の融点あるいは融点に近い温度となる。