湖底に眠る宿場町を科学が甦らせる JAMSTEC等、マルチビーム測深機で3次元的に復元
国立研究開発法人海洋研究解発機構(JAMSTEC、神奈川県横須賀市、大和裕幸理事長)によると、JAMSTEC超先鋭研究部門高知コア研究所の谷川亘研究員らの研究チームは、福島県耶麻郡北塩原村の桧原湖に沈む自然災害遺跡の旧桧原宿跡(会津・米沢街道の宿場町)の湖底地形を高分解能マルチビーム音響測深機を用いて詳細に計測し、水没した街並みを3次元的に復元することに成功した。この研究は、明治21年の磐梯山噴火で形成された桧原湖の湖底に残る町の構造を、非破壊的な地球科学的手法で明らかにした初の事例として注目されよう。
国内外で自然災害が頻発する中で、その理解には過去に発生した歴史自然災害の実態把握が重要だが、その多くは文書資料のみで確認され、開発に伴う土地改変などにより、災害遺構を現地で確認することが困難な場合が少なくない。一方で、水底は陸上と比べて人為的開発の影響が限定的で、嫌気的な環境にあることから、遺跡や遺物が損なわれにくく、水没当時の情報を良好に保持している可能性があり、水底は人目に届きにくく、歴史的自然災害の痕跡が残存していることも期待される。

JAMSTECは、こうした水中に記録された歴史自然災害の痕跡(=水中災害遺構)研究の一環として、1888年の磐梯山噴火に伴って形成された水中災害遺構を対象に実施。この磐梯山噴火は山体崩壊等により477人の犠牲者を出した、近代以降で国内最大級の火山災害として知られ、噴火時には山体崩壊に伴う土石流が旧桧原川などを堰き止め、現在の桧原湖を形成。
この際、磐梯山北側に位置していた桧原宿は湖底に水没。以後、130年にわたり人為的な改変を受けることなく、江戸時代から宿場町として栄えた当時の景観が良好に保存されている可能性がある。また、水没や湖形成の過程が明解で、関連する歴史資料も残されているため、調査結果との照合が可能である点も大きな特徴。
このような利点を最大限に活用するため、同研究では考古学・地質学・地形学などの学術的なアプローチにより、水中災害遺跡の全容解明を目指した。これまで、潜水調査やサイドスキャンソナー観測により、石垣や鳥居など一部の構造物が局所的に確認されていたが、集落全体の景観を再構築するには至っていなかった。そこで、広域かつ高精度な湖底地形データを取得し、集落景観の復元に取組んだ。
研究の成果を見る。集落の想定水没地域における測深調査で取得した深度データをCS立体図として処理した結果、町割り・道路・水路・参道と思われる明瞭な線形構造が検出された。磐梯山噴火以前に製作された地籍図と比較した結果、位置関係と各地割のサイズが高い一致を示した。
さらに、村落は小規模扇状地の地形と水理構造を巧みに活用して形成されており、住宅地は扇端部、農作地は扇央部、水路は扇底部に配置されていた。当時の村落は自然の地形と地下水流動を理解したうえで、水資源を効率的に分配する土地利用と用水路網を構築していた可能性が高いと考えられ、近世、近代に栄えた宿場町が自然環境に適応した合理的設計だったことが明らかとなった。
水没集落を対象として、自然災害に基づく利水や水理構造の活用を踏まえた土地利用の実態を示したことは、歴史地理学及び地形学の両分野において重要な成果。このような、地形・水文特性と調和した集落形成に関する知見は、現代の防災計画や土地利用計画にも示唆を与える。一方で、宿場町を特徴づける一里塚、旧河川、橋梁跡といった構造物については、湖底堆積物が集落跡地を覆い始めているため、微地形解析のみでは位置や形状を十分に評価できなかったという。
JAMSTEC、京都大学、東海大学、福島県北塩原村、高知大学の研究チームは今後、水中発掘調査、湖底堆積物のコアリング、さらにサブボトムプロファイラ(SBP)を用いた湖底下の埋没構造物探査を組み合わせることで、考古学的・地質学的視点から歴史的景観の復元をより精緻化していく考えである。
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※1888年磐梯山噴火:明治21年7月15日に磐梯山が噴火し、土石流が河川を堰き止めたことで桧原湖、小野川湖、秋元湖などの湖沼が形成され、結果、桧原宿や街道の一部が水没した。
※桧原宿:江戸時代に米沢街道の宿場の一つとして国境近くに位置していた近世の宿場町。桧原宿の山神社である桧原山神社・社殿は水没を免れ、現在も当時の景観をしのばせている。
※マルチビーム音響測深:船舶に搭載したソナーから複数の音波を発射し、水深を計測して水底地形を把握する技術。マルチビームを扇状に放射することで、複雑な地形や水中の構造物を高精度・広範囲に計測できる。
※CS立体図:視覚的な直感性を高めた地形表現図法。標高・傾斜・曲率をそれぞれ異なる色調で表現し、重ね合わせて透過処理を行うことで、複雑な地形を一目で把握できる図として可視化する。
※SBP:低周波(数kHz)帯の音波を湖底へ照射し、その反射波を解析することで湖底下の地層構造を可視化する水中調査手法。湖底下に分布する堆積物の層序や埋没した遺構の位置・規模を高精度に把握できる。