NHK稲葉会長に聞く~新しい時代の「メディア」として前進

 放送法の改正により、2025年10月からNHKのインターネット配信が「必須業務」となった。これにより、NHKはネット上でも番組を同時配信・見逃し配信することが義務となり、新たなサービス「NHK ONE」がスタートした。電波による放送を主業務にしてきたNHKにとって2025年は記念すべき年となった。
 また、小規模な中継局を共同利用する計画について民放各社と合意するなど、放送を取り巻く環境は大きく変化している。
 新年特別号では、NHK・稲葉延雄会長にこの約3年間を振り返ってもらうとともに、経営計画の進捗状況、「NHK ONE」の現状と展望、本年本格運用が開始される情報棟の果たす役割などを聞いた。

 ――会長に就任してから間もなく3年となりますが、3年で特に力を入れて取り組んだことや心に残った出来事を教えてください
 稲葉 昨年(2025年)は放送開始100年の節目でしたが、東京・港区のJR田町駅前に「放送記念碑」があるのをご存知でしょうか。1925年3月に日本初のラジオ放送が行われた地で、記念碑は放送開始30周年を記念して昭和30年に建てられました。私も実際に足を運びましたが、碑には「この地に立って、我々はそぞろに先人の情熱を想起せずにはいられない。この情熱は時空を超えて我々と共に生きつつあり、更にあとに続く人々の中に、永久に躍動して、人類の幸福と社会の進歩とに貢献するであろう」という一節が刻まれていました。建立当時の古垣鐵郎会長によるものですが、放送人の情熱と責務が格調高く表現されていて深い感銘を受けるとともに心強く感じました。私が会長に就任以来3年間心がけてきたことが、まさにこの言葉に集約されていると感じたからです。放送を通じて社会の進歩に貢献し続けるという高い志は、放送人として常に心に刻むべき原点だと思います。
 その意味で、昨年10月からのインターネット必須業務化は、NHKにとって極めて意義深い一歩でした。通信の世界においても、NHKが正確で信頼できる情報やコンテンツを質・量とも豊富に提供し、ネットを含む情報空間の偏りや歪みを是正する「情報空間の参照点」の役割を果たす。これはまさに、100年前に先人たちが目指した原点にも通じることで、NHKとして総力を挙げて正しい情報をお届けしていかなければなりません。新サービス・NHK ONEのスタートに際しては、役職員に繰り返しそう訴えてきました。
 視聴者・国民の日々の生活を支える確かな情報や、暮らしを彩る良質で豊かなコンテンツを間断なくお届けし、健全な民主主義の発達に貢献していく。時代が移り変わって伝送路が変化したとしても、これは公共放送であるNHKが担うべき不変の使命であり続けると確信しています。この3年間には大変なこともありましたが、こうした「歴史的な転換点」とも言えるタイミングに会長を務めることができたことは私自身にとっても感慨深く、引き受けて本当に良かったと感じています。

 ――2026年度は3か年経営計画の最終年度となりますが、現在の進捗状況と2026年度に取り組むことについて教えてください。
 稲葉 現経営計画では、適切な資源管理とテクノロジーの力でコンテンツの質と量を確保すること、世界的インフレや厳しい財政状況の中でも2023年10月に1割値下げした受信料額を堅持することを掲げ、その具体化に取り組んできました。これまでのところ、事業収入の確保と事業支出の削減はおおむね計画を上回る形で達成・進捗しています。計画でお約束した2027年度の収支均衡を実現するため、収入の確保とともに、1300億円規模の支出削減に向けた取り組みを緩めることなく確実に実施してまいります。
 この際、改めてご理解いただきたいのは、NHKの事業構造改革などの取り組みは、支出の削減ありきではなく、時代の変化に対応した改革によってコンテンツの質・量を維持・向上させるためのものだということです。適切な資源管理を進めることで、「選択と集中」によりコンテンツの質を高める資源配分を実施しているところです。
 本年4月から現経営計画の最終年度に入りますが、今後も、経営資源の有効活用を進めるため、設備投資の大幅な縮減を行うほか、既存業務の大胆な見直しを行って経常的経費の削減などによる支出の見直しを実行していきます。そうした業務全般にわたる経費削減で生み出した原資の一部を、質と生産性向上につながる投資に充てて、コンテンツの質と量をしっかり確保していきます。加えて、課題となっている受信料の未収数の増加に歯止めをかけるための対策を強化するなど、公平負担の徹底と収入確保を図ってまいります。さらに、AIの活用や制作DXの推進など、生産性向上に資する取り組みも進めます。
 公共放送としての役割を今後も果たし続けていくために、いずれも必要な取り組みだと考えています。新年度・2026年度予算・事業計画では、業務の効率化や生産性向上につながる構造改革を着実に進めて、2027年度に収支均衡を実現するための道筋を具体化してお示ししたいと思います。



 ――インターネットを通じた番組などの提供が必須業務となり、NHK ONEがスタートしました。スタートから3か月経ちましたが、現在の状況をどのようにご覧になっていますか?
 稲葉 昨年10月1日のインターネット必須業務化にあたっては、改正放送法の施行に合わせて、従来のサービスを終了させると同時に、新しいサービスを開始するという非常に大きなオペレーションを行いました。いくつかの不具合はあったものの、これまでのところ概ね順調に推移していると受け止めています。9月までNHKプラスをご利用いただいていた世帯のうち、現時点では240万を超える世帯の方に新サービス・NHK ONEをご利用いただいています。
 ご利用いただいている方からは、機能や使い勝手に関してさまざまな要望が寄せられています。こうした声やSNSでの声を把握・分析して、できるものから改善しています。問題が見つかった場合に直ちにそれを修正し、改善していく「アジャイル」的な進め方は今後一層重要になると考えています。引き続きスピード感を持って対応してまいります。
 また、登録方法や操作に関するお問い合わせも多く寄せられています。アカウントの登録など、ご高齢の方々を中心に若干難しく感じられる面もあると思いますが、一人でも多くの方にご利用いただけるよう、丁寧な説明に努めてまいります。

 ――――今後NHK ONEをどのようなサービスに育てていきたいですか。それに向けて今後取り組むことなどを教えてください。
 稲葉
 「放送と通信の融合」ということが言われて随分経ちますが、私は、NHK ONEのサービスが放送と通信の世界を真の意味で融合・一体化させるものになると考えています。一例を挙げれば、テレビでドラマやスポーツ中継などの放送を見ている最中に見逃してしまった場面があれば、配信のサービスにボタン一つで切り替えて巻き戻すことで、すぐにその場面を見返すことができるようになりました。また、放送でニュース番組を見ていて、興味を惹かれた話題が出てきたので更に詳しく知りたいと思った場合には、アプリに切り替えるだけで、番組関連情報として掲載されている過去の情報や関連ニュースなどを読むことができるようになっています。
 このように放送と配信とをシームレスに行き来することで、互いに相乗効果が発揮されて、サービスの価値が飛躍的に高まることになります。NHK ONEによって、NHKの正確で豊かなサービスを、放送と配信の双方でより一層楽しんでいただけるようにしたいと考えています。ひいては、新たな映像・音響文化や情報文化の創造につながっていくことを望んでいます。
 ただ、その際に肝心なことは、NHKとして配信する情報やコンテンツが、ことさら注目や関心だけを集めようとするものであってはならないという点です。NHKの出すコンテンツは、ネットの世界であふれているアテンション・エコノミーの仕組み、つまりネット側におもねるような形での情報提供はせず、また、いたずらに印象や感覚に訴えるようなこともせず、事実と論理にしっかり裏打ちされた、正確で信頼できる情報・コンテンツでなければなりません。それこそがNHKらしいコンテンツであり、NHKとして担うべき役割だと考えています。



 ――中継局の共同利用について、あらためて狙いやNHKとして大切にしている考えを教えてください。また、現在の進捗状況と今後の予定を教えてください。
 稲葉
 中継局の共同利用のプロジェクトは、還元目的積立金の600億円を活用してNHKと民放の二元体制による放送ネットワークを維持し、将来にわたって正確な情報や豊かな番組・コンテンツを全国あまねく安定してお届けしていく目的で進めているものです。
 昨年9月、当初考えていた案では持続的な事業運営が難しいということが分かったため、極めて技術的な部分についてではありましたが一部変更が不可欠だと判断し、民放の皆さんに改めての協議をお願いしました。関係者にはご心配をおかけしましたが、昨年12月に「新たな共同利用型モデル」の基本的な考え方、事業スキームについて、NHKと全国の民間放送事業者で合意することができました。
 新たな事業スキームは、NHKが、還元目的積立金600億円を拠出して、共同利用会社によるミニサテと呼ばれる小さな中継局の共同利用事業を行うとともに、基金を設立して中継局共同整備に助成する事業を行うというものです。
 このスキームを活用することで、二元体制による放送ネットワークの維持に貢献し、持続可能性を向上させることが可能になります。また、視聴者保護を考慮して、条件不利地域にも情報やコンテンツを安定的に放送で届ける仕組みを構築することも可能になります。さらに、2つの事業の相乗効果・相互補完により、あまねく放送を届けるという観点で二元体制の放送ネットワークの維持と高度化を図ることが可能となり、視聴者・国民の皆さまにも受信料の使いみちとして相応しいものとご理解いただけるのではないかと考えています。加えて、将来の放送ネットワーク維持のための施策にも取り組むことが可能となります。相当考え抜いてこの新たなスキームを作り上げましたので、放送業界全体の発展に確実に貢献していける内容のものを構築できたのではないかと思っています。
 この共同利用に関連した費用は、民放との合意内容に沿って、新年度・2026年度のNHK予算・事業計画に盛り込み、国会でご審議いただきたいと考えています。NHKとして、民放と協調して二元体制による放送ネットワークを維持するため積極的に対応していく考えですので、引き続き、具体的な事業内容について各放送事業者の理解が深まるよう、関係者と丁寧に、かつ誠実に協議を続けてまいります。

 ――2026年3月末には音声波を2波化することになっていますが、準備状況を教えてください。
 稲葉
 音声波をめぐっては、放送だけでなくインターネットを経由して聴く人が増えるなど、その利用形態が大きく変化してきています。そうした実態をふまえ、NHKでは、本年3月末にAM1波、FM1波に音声波を再編することにしています。
 具体的な検討を進めているところですが、現在、ラジオ第2で放送しているほとんどの番組は、「新NHK AM」と「新NHK FM」に移設する予定のため、サービスは基本的には変わりません。
 むしろ語学番組を中心に、いつでもどこでも繰り返し聴くことができるインターネット配信サービス「らじる★らじる」を積極的に活用していただくことで、サービス全体としてはより便利に、使い勝手も良くなったと感じていただけると確信しています。
 ラジオをお聴きいただいている方は、とりわけNHKの熱心なファンが多いと受け止めています。NHKとして、今後もそうした方々を大切にしていく姿勢に変わりありません。3月末の音声波再編に向けて、リスナーの皆さまに音声波の再編に関する情報がきちんと伝わるよう、テレビ・ラジオ・デジタル・イベントの場など、さまざまな機会を活用して、丁寧な周知を継続的に行ってまいります。



 ――本年は情報棟の本格運用が開始されると聞いています。情報棟への移行でNHKが目指すことと、視聴者へのサービス向上にどうつながるか、教えてください。
 稲葉
 2024年秋に情報棟の建物が完成した後、放送設備の据付工事などを進め、現在は2026年度前半に予定している運用開始に向けて、設備のテストや運用訓練を繰り返しているところです。
 防災・減災報道の拠点と位置づけている情報棟は、首都直下地震など大規模災害時にも放送を継続できるように設計されています。建物には免震構造を採用して、自家発電設備などBCP対策にも万全を期しています。いかなる時でも視聴者・国民の皆さまの命と暮らしを守るという使命の達成に、この情報棟が重要な役割を果たすことになります。
 また情報棟には、ニュースセンターやラジオセンター、国際放送、インターネット配信など、情報発信の機能を集約しました。扱う情報が一元化されることで、各部門の連携がいっそう緊密になるはずです。とりわけインターネット必須業務化のもとでは、こうした集約化や一元化が大きな意味を持つと考えています。
 さらに、移行にあわせて新たな設備やシステムの導入を進め、業務の自動化や効率化、高度化を図っています。例えば、一部の作業工程を自動化させることによって、速報性がさらに向上することを見込んでいます。より速く、より質の高いニュースや番組をお届けできるよう、さまざまな工夫をしていきたいと思います。それに加えて、情報棟を新たな働き方を実現し多様な人材が活躍できる場にしていくことも大切だと考えています。そのために、異なるフロアで働く職員・スタッフが自由に交流できるエリアを設けました。セクションの垣根を越えた交流を通じて新たな発想が生まれ、より豊かなコンテンツの創造につながることを期待しています。
 情報棟は、放送センター全体の建替計画の第Ⅰ期にあたります。第Ⅱ期についても昨年4月に改定基本計画を公表しましたが、新時代にふさわしい放送センターにしたいと考えています。新たな放送センターが、将来にわたって視聴者の皆さまのご期待に応える拠点となるよう進めていきたいと思います。



 ――昨年、放送開始から100年を迎えましたが、今後の放送の役割と、NHKの将来像についてお聞かせください。
 稲葉
 日本の放送が始まるきっかけとなったのは、関東大震災の際に根拠のない流言飛語が広がったことだと言われています。当時の人々が、正確で信頼できる情報を誰もが入手できる手段が必要だと切実に感じた結果、放送というメディアが生まれたものと承知しています。
 その後、先の大戦を経て、1950年(昭和25年)に放送法が制定されたわけですが、放送法の第1条には、放送の目的として、放送の効用を国民にあまねく普及し、健全な民主主義の発達に資するということがうたわれています。放送を通じて戦後の日本社会をより良いものにしようという、法律制定時の立法関係者の熱意を感じて、私自身、大変感銘を受けました。
 こうした放送開始の原点や放送法の立法趣旨を踏まえれば、私は、視聴者・国民の皆さまにとって大事な日々の生活の健全な営みを根本から支える「確かな情報や豊かな番組・コンテンツを間断なくお届けする」というNHKに課された役割は、これから世の中が大きく変化し、さまざまなメディアが現れたとしても変わることのない、普遍的な役割だと考えています。むしろ、世界各地で社会の分断が顕在化しているとされる今こそ、より一層強く求められているものと確信しています。
 もちろん、時代や社会の変化に応じて、NHKの事業運営や組織のあり方などを適切にアップデートしていくことも必要です。昨年10月からスタートさせたNHK ONEも、こうした社会の変化を踏まえた取り組みの最たるものだと思いますが、今後とも、急速に技術が発展しているAIの利活用をはじめとする様々な取り組みを通じて、業務のいっそうの高度化を図っていきたいと思います。

 ――最後に視聴者・国民の皆さんへのメッセージをお願いします。
 稲葉
 スマートフォンの急激な普及などによって、国民の「テレビ離れ」が進んでいることが、なかば常識であるかのように語られています。若い職員と対話する際にも、「若者がテレビを見ていない。放送には将来の展望がないのではないか」とか、「人口減少の下でNHKを支えてくれる人が減っていくのではないか」といった不安の声をよく聞きます。しかし、私はこうした悲観論にはまったく賛同しません。というのも、テレビ離れや人口減少があってもNHKの放送・配信コンテンツに対する需要はむしろ高まっており、社会の共通理解を支える基盤としての放送の役割、とりわけ公共放送であるNHKに対する社会的要請は、かつてないほど強まっていると確信しているからです。
 こうしたNHKへの期待の高まりには真正面からお答えしていかねばなりません。テレビを見ない人にはスマホでご覧いただけるようにしましたし、テレビ画面に飽き足らない方々には、巨大なスクリーンとスピーカーさえあれば、NHKはテレビ画面から飛び出してコンテンツをお届けし、地域のイベント等の盛り上げにも貢献したいと考えています。
 昨年の「新語・流行語大賞」で「オールドメディア」という言葉がノミネートされました。これには、NHKを含む既存メディアを揶揄する意味が込められているのでしょう。しかし、NHKは、先ほども触れたとおり、人々の注目を集めることを主目的としたアテンション・エコノミーとは一線を画し、事実と論理に裏打ちされた正しい情報、確かな情報を間断なく提供することで、ネット上を含む情報空間の是正に貢献する。これこそが、私たちが目指すべき最終到達点です。
 こうした取り組みは、受信料という独立した財政基盤を持つNHKだからこそ、真の意味で実行できることだと考えます。放送とネット双方の特徴を最大限に活かし、確かな情報を届けるNHKの姿は、決して「オールド」ではなく、人々の「とにかく正しい情報が欲しい」という切実な要請に真正面から応える、新しい時代の「メディア」として前進していく決意です。
もちろん、これは容易な目標ではありません。なぜなら、より一層クオリティの高い、「さすがNHK」だと満足していただける番組やコンテンツを提供し続けなければならないからです。
 そのために、私たちは自らを厳しく律して、たゆまぬ研鑽と努力を重ねる必要があります。「NHKはもっと高いレベルの仕事ができる」。役職員には、常にそう言って叱咤激励してきました。私は1月24日をもって退任いたしますが、新執行部は必ず皆さんのご期待にお応えしてくれると確信しています。放送法にある「健全な民主主義の発達に資する」という目的達成のため、引き続き全力を挙げて取り組んでまいりますので、変わらぬご支援をお願いしたいと思います。