
国立西洋美術館で「梶コレクション展―色彩の宝石、エマーユの美」 梶光夫さんインタビュー
「梶コレクション展―色彩の宝石、エマーユの美」
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https://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/2025emaux.html
東京・上野の国立西洋美術館で「梶コレクション展―色彩の宝石、エマーユの美」が開かれている。エマーユは七宝に相当するフランス語で、金属の素地にエナメル釉を焼き付けた工芸品を意味する。ジュエリーアーティストの梶光夫さんが2024年12月、エマーユのコレクション148点を同館に寄贈した。寄贈品は19世紀後半から20世紀初頭のフランスで制作されたものが中心で、コインほどの小さなエマーユから、ジュエリー、小箱、さらに額装された大ぶりのエマーユまで、多彩な内容で構成されている。「電波タイムズ」は梶光夫さんにエマーユとの出会いやその魅力、展示の見どころなどを聞いた。
梶光夫さんは時計・宝石・貴金属商の長男として大阪に生まれた。青春時代の5年間は芸能界で歌手として活躍する。代表曲は「青春の城下町」。米国宝石学会(G.I.A)留学後、宝石鑑定家、ジュエリーアーティストとして活動し、古典と現代の融合〝クラシック&モダン〟をテーマとしたエマーユジュエリーを発表。「名作映画ジュエリー」「世界遺産ジュエリー」などの話題作、最上級の宝石を使用した「ベストコレクション」など、他の追随を許さない圧倒的なスケールの作品を発表し日本の宝飾界に独自の世界を確立する。2018年にエマーユ七宝美術館を設立し、2019年には日本におけるエマーユ普及への貢献が認められフランスのリモージュ市から国際メダルが授与される。現在、日本を代表するジュエリーアーティストとして幅広く活躍。エマーユ蒐集家、アンティークの蒐集・研究家として知られている。
――梶さんのエマーユとの出会いをお聞かせください
「私がジュエリーアーティストになったのは、もともと創作が好きだったからです。すでに宝石鑑定家として忙しかったのですが、宝石鑑定は創作に関係のない仕事でしたので、自分でジュエリーデザインを始めようと思いました。どんな素材を探したらいいのか、テーマを求めて欧州を訪れていた1980年頃、フランス・パリの小さな骨董店で、エマーユの小箱を偶然見つけました。幻想的なアール・ヌーヴォー様式の女性像が描かれておりその美しさと独特の技法に魅了されました。ジュエリーデザインで他の人とは違う、独自のジュエリーづくりができないかと思っていたところだったので、エマーユを見て創作への思いが大きく募りました」
――古典と現代の融合〝クラシック&モダン〟をテーマとしたと聞きましたが
「日本は宝飾の歴史が浅いので、当時の日本のジュエリーは、単一的なデザインのものが多いと感じていました。私はエマーユから、インスピレーションを感じて私なりにアレンジして古典と現代の融合『クラシック&モダン』をテーマとしたエマーユジュエリーを発表しました。アルフォンス・ミュシャを連想させる美しいアール・ヌーヴォー期の女性像が描かれたエマーユにフレームで装飾を施した作品です。古いものが現代にあって、それに私が手を加えていき未来に残していこうと。だから100年経っても消えずに残っていくジュエリー作りがひとつの創作ポリシーとなりました。アンティークエマーユをセンターに私の感性でフレームを施すことにより、アンティークに新しい息吹を吹き込んだジュエリーを生み出そうとコレクションを始めました。その後はアール・ヌーヴォーの伝統技法を受け継ぐ現代エマーユ作家との出会いによりエマーユを創作してもらうこととなり、エマーユジュエリーというコレクションを確立することができました」
――「梶コレクション」を、国立西洋美術館に寄贈された経緯をお話しください
「エマーユは日本であまり知られていません。自社ビルの2階に『エマーユ七宝美術館』を設立し、自身のコレクションを公開して展示していましたが、もっと多くの皆さんに見ていただいてエマーユの魅力を知っていただきたいと思い、美術館の殿堂と言える国立西洋美術館に寄贈しました。自分がそれだけ好きになったものを、多くの人に知ってもらう、見てもらえたら嬉しいし、そのような美術館に所蔵・展示いただけるのはとても大きな喜びだと思いました。コレクションを始めた頃は寄贈なんて考えていなくて、自分の好きな作品だけインスピレーションで集めていました。気がついたら19世紀後半のナポレオンⅢ世から20世紀前半のアール・ヌーヴォー期の美しい女性像が描かれたエマーユの小箱や絵画、ジュエリーが中心となっていて、それが梶コレクションのひとつの大きな特徴となりました」
――エマーユの魅力をお聞かせください
「エマーユとはフランス語で七宝のことですが、七宝はフランスだけでなくスイスやオーストリア、もちろん日本を含めあらゆる国でつくられています。その中で私が最も魅力を感じるのはフランスのエマーユです。絵画的な魅力があり、800度前後で1色ごとに窯入れを繰り返すことによって生まれる鮮やかな色彩とつややかな輝きにおいては、特にエマーユが発展したフランスのリモージュのエマーユがとても美しく、私の心を魅了し続けています」

梶光夫さんが発表した『クラシック&モダン』をテーマとしたエマーユジュエリー
――リモージュのエマーユが特に好きなのですね
「フランスのリモージュ地方の伝統的なエマーユは、金や銀の箔を配置した上から絵付けすることで美しく輝く『パイヨン』という技法が施されています。私にとってはそれがとても宝石的な輝きに見えました。宝石鑑定家として宝石をずっと見てきましたが、エマーユの輝きは宝石をも勝るものであり、こんなに小さいものでこんなに技法を凝らしているものは他にはない、私はエマーユと出会ってほんとうに宝石的な魅力を感じました。そしてエマーユのサイズは〝小さな芸術品〟という表現をされることもあるように小さい作品が多いです。絵画だったら大きな作品はざらにありますが、例えばエマーユは絵をぎゅっと5cmぐらいの中に収めた作品もあります。エマーユは窯で焼くものですから大きいものはできません。小さいものは1cmぐらいのものもあり、そこに細かい絵付けがされています。それから、エマーユは焼物だから湿気とか暑い寒いとかはあまり関係ない。エマーユは100年経とうが200年経とうが割れさえしなければ、その時できたままの姿が半永久的なのです」
――エマーユ作家は現在、希少な存在になりつつあると聞きました
「今懸念しているのは現役のエマーユ作家が高齢化などでほとんどいないという現実。海外の作家は、日本でいう一子相伝というか弟子を取って後継者をつくることはあまりない。フランス人の気質の良いか悪いかは別として、自分の家系には教えることがあっても、他人には教えない。特殊な技法なので工房を他人に見せない。私のような日本人が最初に行ったときは、門外不出で工房を見せてくれませんでした。徐々に親しくなったら見せてくれましたが。私が40年ほど前に行ったときはアトリエが何ヵ所かあったのですが、その後どんどんみんな閉じてしまいました。私のジュエリーのためにエマーユを描いてくれたエマーユ作家さんは、当時私のために一生懸命描いてせっせと送ってくれて、私の分だけじゃなくて、ほんとうはヨーロッパにもいろいろ販売しなければいけないのだけれど、その人は私の注文だけで手一杯。ずっと描いてくれて、そのときにお手伝いしていたのは娘さんでした。現在ご本人は亡くなってその娘さんにエマーユを創作してもらっています。そして今はさらにその子供の娘さんが継いでいる。だから3代にわたってお付き合いをしています。40数年間、こうやってお付き合いしている方ってあまりいないですよね。現代作家の方でモダンなエマーユを作る人はいますが、古典的なものや美しい女性像を描ける人が少なくなっています。例えば、1cmの中に顔を描いたりするのは大変な技術。針の先にガラスの細かいペーストになった釉薬を載せながら何回も焼いて色をつけていくのですが、とても面倒な仕事なんです。窯で焼くのも結構時間がかかる。銅板の上に絵付けをして銀の箔や金箔を入れて、上からそういう技法を施すのでほんとうに大変な作業なんです。後継者の問題とかエマーユの将来がほんとうに心配で、守っていきたいと強く感じています」
――コレクターの域を超えていますね
「今後、私がやれることはエマーユの知名度を向上させることにより後世に伝え残していくことです。梶コレクションを国立西洋美術館で多くの人にご覧いただくのもそのひとつですが、私自身の創作活動でいえば、これまで1万7000点にも及ぶエマーユジュエリーを創作して全国のお客様に身につけていただき、エマーユという存在を伝えてきましたが、これからはエマーユの技術や魅力を伝える後世に残るエマーユジュエリーの創作活動に心を燃やしていきたいと思っています」
――エマーユには作者不明なものが多いと聞きました
「エマーユには作家のサインが入っているものや歴史上その存在が明確にわかっている場合もあります。それでも中にはサインやモノグラムは刻まれているものの、どのような人物なのかがわからないことも多く、また、描かれている人物についてもわからない場合もあります。私はそこがまたエマーユの魅力であると思っているのです。アール・ヌーヴォー様式で描かれた、透けるような肌を持つ魅力的な女性像のモデルは誰なのだろうか?様々な民族衣装に身を包んだ女性たちはどこの国の人なのだろうか?また、それらを描いた作者はどのような人物だったのか? そのような謎があるからこそ眺める度にエマーユの神秘的な世界へと引き込まれていくのです」
――国立西洋美術館に寄贈したことで、エマーユの知名度が上がるといいですね
「今回の国立西洋美術館との関わりが、エマーユが広く知られるきっかけになればと強く思っています。ほんとうに多くの人に知ってもらいたいと心から願っています。現在開催している国立西洋美術館の「梶コレクション展」は私が寄贈したすべての作品が展示されています。19世紀後半から20世紀初頭のエマーユのジュエリーや絵画、小箱など多彩な内容で構成され、さらには私が所有するエミール・ガレやルイ・マジョレルの家具、アルフォンス・ミュシャのリトグラフなども加えられ、当時の美術・工芸の世界の一端を感じることができる空間となっています。国立西洋美術館の皆様にも尽力いただきエマーユの魅力が伝わるような素敵な展示方法で作品を飾っていただきました。その点も大きな魅力のひとつですので、是非足を運んでいただきたいですね」
――梶光夫さんが寄贈された作品

愛の泉が描かれたピルケース

ヴィーナスが描かれた脚付盃
上記2作品は梶さんが特にお好きな作品

ルネサンス期ファッションの若い女性像

皇后デオドラ像 ゴールドエマーユ
「梶コレクション展―色彩の宝石、エマーユの美」(主催:国立西洋美術館)は6月15日(日)まで開催
開館時間は午前9時30分~午後5時30分(金・土曜日は~午後8時)※入館は閉館の30分前まで
休館日は月曜日、5月7日(水)(ただし、5月5日(月・祝)、5月6日(火・休)は開館)
会場は国立西洋美術館版画素描展示室(常設展示室内)(東京都台東区上野公園7番7号)
観覧料金一般500円(400円)、大学生250円(200円)
本展は常設展の観覧券または企画展「西洋絵画、どこから見るか?―ルネサンスから印象派まで
サンディエゴ美術館 vs 国立西洋美術館」(~6月8日(日))観覧当日に限り、同展観覧券で観ることができる
※カッコ内は20名以上の団体料金(要予約)
※高校生以下及び18歳未満、65歳以上、心身に障害のある方及び付添者1名は無料 (学生証または年齢の確認できるもの、障害者手帳を提示する)
問い合わせは050―5541―8600(ハローダイヤル)
4月30日(水)付け6面に掲載
この記事を書いた記者
- 元「日本工業新聞」産業部記者。主な担当は情報通信、ケーブルテレビ。鉄道オタク。長野県上田市出身。
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