実録・戦後放送史- 電波取材に生涯を捧げた 記者・阿川秀雄の記録 -


実録・戦後放送史 第49回

「公聴会にNHK古垣会長①」

第1部 放送民主化の夜明け(昭和25年)

 次が注目の人NHK古垣会長の登場である。
 あまりにも激しい杉山氏の舌峰に対して、古垣さんは「ただいま友人の杉山君から、NHKに対して、横綱扱いされてみたり、また無能呼ばわりをされましたが、いろいろご批評いただいたことは非常にありがたく思っております。
 この中で参考になるところがありましたら、大いに考えて利用したいと思います。何分杉山君は今一生懸命に勉強しておられるが、放送についてはまだご経験がないように思います」と、笑みを含めながら、こうやり返えした。
 そして法案については「第一条に掲げられておりますところの原則、すなわち放送が最大限に普及されて、その公共性が十分に保障されること、及び放送の自由を確保して、放送が健全な民主主義の発達に資することを理想とし、目標とする点において、この法案に賛成し、その速やかなる成立を希望するものであります」と、まず論旨を明確にしたうえで、世界の放送事業の現状と、戦後のわが国の放送をめぐる動きなどを総括し、核心にふれていった。
 このように放送法案を審議するための一環として開かれた衆議院電通委員会の公聴会は、わが国言論界、放送界の代表が出席して意見をたたかわすという画期的なものであった。
 このうちで公述人として出席した古垣会長の発言は、NHK経営の全体に関する根幹ともいえる主張であるので、あえて以下に詳述することにした。
 古垣公述人 
 放送事業は他のいかなる企業にも見ない特殊かつ微妙な性格や機能をもつものでありまして、たとえば新聞とか映画、あるいは講演会とか学校、さらには鉄道、電気事業というものと一律に類推できないものであります。
 従って民主主義の発達しております諸外国におきましても、放送の形態は種々に分かれております。放送企業のいかなる形態が最も平和的、民主的であるかということは、その国々の特殊な事情によって相違していて、一律には言えません。
 いまだ世界中に放送の理想的形態というものは存在しないのでありまして、各形態に一長一短があり、それゆえ外国の立法例はいかに優秀な制度、形態であっても、日本の特殊な地理的条件、経済の現状、文化の水準、放送事業の発展過程、並びに割当周波数と受信機の普及事情を無視しては、これを適用するわけには参らないのであります。 
 かような考えから、今回の放送法案は、放送の公共性と、放送事業の自主性という二つの大原則を打ち立てて、実現されるべきものと信じます。
 すなわち日本全国どこでも聞かれる公共放送を中心として、これに配する自由企業の商業放送をもってし、両者の短を補い、かつ両者の長を十分発揮せしめるという趣旨であろうと拝察いたします。
 この意味におきまして、この法案は確かに進歩的な、また野心的な法令でありまして、私どもはそれが国民全体の利益を増進することであり、少なくともそれが国民大衆の利益、利便を現実にそこなわない限り、新しくできるであろうところの商業放送に対して、協力を惜しむものではありません。
        (第50回に続く)

阿川 秀雄

阿川 秀雄

1917年(大正6年)~2005年(平成17年)

昭和11年早稲田大学中退、同年3月、時事新報社入社、以後、中国新聞社、毎日新聞社等を経て通信文化新報編集局次長。昭和25年5月電波タイムス社創立。

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