実録・戦後放送史- 電波取材に生涯を捧げた 記者・阿川秀雄の記録 -


実録・戦後放送史 第169回

「ハイビジョンを巡る国際動向②」

第5部 テレビの進化

 私にスイスから一通の招待状が届いた。手紙には、「一九八三年(昭和五十八年)五月二十八日から六月二日までモントルーにおいてITS(国際テレビシンポジウム)主催の第十三回コンベンションがあるので出席を待つ」という誘いであった。しかもその内容はようやく各国の間で、HDTV(高精細度テレビ)が話題となっているときでもあり、同シンポジウムでは、これを議題としたセッションが開催され、そのディスカッションには、もちろん日本から専門家として前記NHKの藤尾氏やソニーの森園氏らが出席するほか、スピーカー(発言者)として欧米の放送技術関係のオーソリティーが出席するとあった。胸おどる思いでその招待に応ずると同時に、友人数人を誘い同行してもらった。
 同行者は、日本ビクターのソフト研究所の大島室長、東京新聞メディア局次長の佐々木氏らであった。
 初夏の風が快くレマン湖を渡り、まぶしいほどの緑の陽差しの中に、スイスでも最も優雅といわれるモントルーの街は、いたるところにポスターや立看板で彩られ、国際テレビシンポジウムと、同時開催の「放送機器展」への誘いの色で一杯の中を、われわれはジュネーブから国際列車でモントルー入りするや、すぐさまメイン会場であるホテル・モントルーパレスに向かった。
 さて、そのときのシンポジウムの〝顔〟は「HDTVシステム」をめぐるディスカッションであったし、ハイビジョン問題が初めて国際舞台でベールを脱いだ日でもあった。
 一九八三年五月三十一日、会場はホテル・モントルーパレス三階である。この日の司会者(トピック・チェアマン)であるアメリカCBSのW・G・コナリー氏が、HDTVに関する専門家として二人のスピーカー(発言者)をまず紹介する。
 一人はアイルランド共和国のラジオ・テレビ局技師長G・T・ウォルター氏、もう一人は日本の藤尾孝氏(NHK技術研究所次長)だった。
 満場固唾をのむような雰囲気の中でウォルター氏は「HDTVの課題と将来」と題して約一時間にわたって講演した。(第171回に続く)

阿川 秀雄

阿川 秀雄

1917年(大正6年)~2005年(平成17年)

昭和11年早稲田大学中退、同年3月、時事新報社入社、以後、中国新聞社、毎日新聞社等を経て通信文化新報編集局次長。昭和25年5月電波タイムス社創立。

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