実録・戦後放送史 第173回
「ハイビジョンを巡る国際動向⑤」
第5部 テレビの進化
ITS主催のコンベンションでの藤尾氏(NHK技術研究所次長)のスピーチの席上、「この後、市内アポロ劇場でNHK制作のHDTVのテレビ映像の公開が行われる」との案内があった。
それを待つまでの間、私はホテルや隣接の特設会場で催されている「放送機器展」を見学した。
各国の出展に交じって池上通信機とソニーの高品位テレビやVTRが、またアメリカからはGE(ゼネラル・エレクトリック)やバルコ・インダストリー社のHDTV用ライトバルブ。スイスのアイドホア社の新型アイドホールなどの新製品が、にぎにぎしく展示実演されていたが、HDTV技術に関する限り、各国の製品は日本よりも(素人目にみても)一歩遅れている感じがした。
だからシンポジウム会場でも欧米各国は、HDTVに関する限り「日本との同席」をいさぎよしとしなかったのだという。
このためNHKは、やむなく市内の映画館を借りて映像公開をせざるを得なかったのであった。
しかし主催者側も恐れていたように、このアポロ劇場は満員札止めの活況を呈した。大型スクリーンで紹介されたNHK制作の「日本の美」や「シルクロード」が、異国の人々の心をとらえるシーンは、私たちの胸を打った。
この一九八三年五月三十日から三日間にわたって、スイスのモントルーで開かれたITS(国際テレビシンポジウム)に出席した各国の人からは、NHK関係者から、世界にさきがけて研究開発したハイビジョン(HDTV)の技術的諸元についての説明を聞き、質問をし、その実態を把握し、実施を真剣に検討しようとする姿勢がうかがえた。その意味では、そのときの意義と効果は実に大きかったと私は思う。
これを証明するものとして、二年後に開かれたITSの第十四回シンポジウムでは、開会式の冒頭、「テレビ新時代を拓く偉大なる発明の功績を讃える」として、当時のNHK専務理事(技師長)高橋良氏にゴールドメダルを贈るなどして、その功を顕彰したのであった。
しかし私は、この第十四回シンポジウムに参加してみて、会場の雰囲気が前回と大きく変化していることに気付いた。とくにフランスやEC諸国の人達の態度の様変りであった。
というのは、前回は、初めて公に披露されたHDTV技術そのものへの興味というか関心が中心であって、提案者(NHK藤尾氏ら)への熱心な質問等が主であったが、それから二年ほど経て彼ら欧米人のHDTV研究と、実施に対する考え方、世論調査の結果についての考え方などを露骨に、表現するようになった。
それは、情報として、アメリカがNHK方式(MUSE方式)と同調する気配があると推察したからだ。彼らは、BBCが制作したHDTVの画像(ビデオによるもの)をデモンストレーションしたうえで、独自に開発したという「MAC方式」、つまりデジタル送信方式による走査線一二五〇本、毎秒像数五〇なる新方式の計画を、はじめて公にするなど、NHK方式への対抗案を持ち出した。
後にECは、一九八六年のCCIRにこれの標準化を提案するとともに、MUSE方式(NHK方式)に反対するという態度に出たのであった。(第174回に続く)
阿川 秀雄
阿川 秀雄
1917年(大正6年)~2005年(平成17年)
昭和11年早稲田大学中退、同年3月、時事新報社入社、以後、中国新聞社、毎日新聞社等を経て通信文化新報編集局次長。昭和25年5月電波タイムス社創立。
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