実録・戦後放送史- 電波取材に生涯を捧げた 記者・阿川秀雄の記録 -


実録・戦後放送史 第175回

「ハイビジョンを巡る国際動向⑦」

第5部 テレビの進化
 ハイビジョンの方式を巡るEC側の発言に対し、NHKの田所主幹は各国の協調を求めたのであったが、それが、かえって彼らの感情を逆撫でするような結果となった。
 アングロサクソンというかヨーロッパ人特有のナショナリズムが、ここでも露骨に顕現された。とくに彼らは極東の小国に先端技術について機先を制せられたことに対する反感もあったようだ。同時にヨーロッパ人は、よほどのものでない限り、自国で創造された物以外は採用しないという一種の鎖国性を持っている。
 ちょうどそのころフランスでは、日本製VTRの輸入について、抑制策をとっていた。自国(トムソン社)のVTR生産ができるまでの間、(市民の要望を押さえ切れず)日本からのVTR輸入を認めたものの、税関検査と称して、一台一台品質チェックの名目で時間稼ぎを行うという常識では考えられない方法をとったことは、読者もご承知のとおりであるが、これがハイビジョン論争の起きたときと軌をいつにしたのも皮肉である。

 さて、モントルーにおけるハイビジョン論争は終末をみないままに終わったが、会場を出るとき私を呼びとめる人がいた。
 声の主は数年前から親交のあるBBC(イギリス放送協会)の技師、広報部長レガット氏であった。その夜レマン湖に浮かぶ船上パーティに同席する約束ができた。筆者としてはECの国々がハイビジョンについて、どのような考えを抱いているかについて直截に知りたい衝動があったし、お互いにこの問題で理解を深めなければならないと考えた。
 レマン湖に浮かぶ古風な外輪船を模した大型ヨットのキャビンで、この地方特産のAIGLE・VIN(エイグルワイン)のグラスを傾けながらレガット氏は言う。
 「この問題はお互いの国情というか、まず国民性を考えないと議論になりませんね。つまり、次世代のというか究極のテレビがHDTVであることは認めるが、それにはどんな方式で、国民がどのように、これを受け入れるかを考えなければなりません。きょうのシンポジウムで、われわれの同僚が発言した「十年あるいは二十年先の実施」というのは、実にこのことを言うのであって、技術的な問題よりも、むしろ我々としては経済問題を基本に考えなければなりません。その点あなた方(日本人)は結論を急ぎ過ぎるのではありませんか」と付け加えるのであった。しかもレガット氏は「我々英国人は他から押しつけられたものは容易に受け入れませんからね」と手厳しかった。
 それはヨーロッパナショナリズムというか、滅多に外国人に左右されないという気質を示したものであった。(第176回に続く)

阿川 秀雄

阿川 秀雄

1917年(大正6年)~2005年(平成17年)

昭和11年早稲田大学中退、同年3月、時事新報社入社、以後、中国新聞社、毎日新聞社等を経て通信文化新報編集局次長。昭和25年5月電波タイムス社創立。

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