実録・戦後放送史- 電波取材に生涯を捧げた 記者・阿川秀雄の記録 -


実録・戦後放送史 第176回

「ハイビジョンを巡る国際動向⑧」

第5部 テレビの進化

BBC(イギリス放送協会)の技師、広報部長レガット氏は、こう指摘した。
「なぜ日本はHDTVの実施を急ぐのですか。市民のOKを取っていますか。また、あなたがたのガバメント(政府)は、これにどんな態度を取っていますか」と逆に質問してきた。
私は、あらためて現在の日本人気質を説明するとともに、現在の日本は(どちらかといえば)企業というか民間の発想が優先する傾向にあることを率直に語った。
「ハイビジョンについても、そうですか」と聞くから、「日本政府は、今のところ賛成とも反対とも言っていないが、私のみるところ“ノー”ではありません」と説明し、現在の日本の産学官の実情を説明した。
別れ際にレガット氏は、「来年の9月、ブライトン(イギリス)でIBC(国際放送コンベンション)がありますから、ぜひお出で下さい。そこで我々のユーレカ方式HDTVをお見せできると思います」と新しい情報も提供してくれた。
初夏のレマン湖上には満月に近い月が輝き、旅情にふけるに充分なものがあったが、そこで交わされたレガット氏との会話から、ハイビジョン方式に関する限り、日欧間の合意は絶望に近いと感じたのであった。

  
それは翌年のIBC(ブライトン)でも、彼らの考えを如実に体験することになるのであった。
BBCの技師で広報部長のレガット氏らの誘いもあって英国南部ブライトン市で開催されたIBC’88(放送機器展)を見学視察したのは1988年(昭和63年)9月のことであった。
すでにそのころ欧州各国は、日本のMUSE方式によるハイビジョンに対抗したユーレカ方式(1250/50のHD—MAC方式)プロジェクトを進める一方、CCIRに対し、この方式を提案し、標準化を求めると共に、日本方式と争う姿勢をとっていた
このユーレカ方式は日本の開発に刺戟された欧州の有力電機メーカーであるオランダのフィリップス社、フランスのトムソン社、西ドイツのボッシュ社及びイギリスのソーンEMIの4社が共同開発中のもので、「ヨーロッパ独自のHDTV方式」として、EC(欧州共同体)に提案、承認された方式であり、一般的にこれをユーレカ95プロジェクトと呼んでいる。
繰り返えしになるが、高精細度テレビ方式は、約20年前、NHKが世界で初めて開発し、1982年CCIR(国際無線通信諮問委員会)に、標準化を提案したことに端を発している。次いで83年の国際テレビシンポジウム(スイス・モントルー)で、その内容が詳細に発表されたことから、世界各国から驚異の目を集めたものであるが、この方式がひところアメリカで正式に採用されるような動きがあったことから、ヨーロッパ各国は大きな衝撃を受け、万一、この方式が標準化されるとなると、新世代テレビで日本の世界制覇を許し、自動車、エレクトロニクス製品と同様、日本から集中豪雨的な輸出攻勢を受ける恐れあると判断し、その予防的手段として急ぎヨーロッパ独自の方式を開発することにしたものと私は考えている。(第177回に続く)

阿川 秀雄

阿川 秀雄

1917年(大正6年)~2005年(平成17年)

昭和11年早稲田大学中退、同年3月、時事新報社入社、以後、中国新聞社、毎日新聞社等を経て通信文化新報編集局次長。昭和25年5月電波タイムス社創立。

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