放送100年特別企画「放送ルネサンス」第16回

鈴木茂昭

アストロデザイン社長

鈴木茂昭 さん

鈴木 茂昭(すずき・しげあき)氏。1945年1月生まれ。愛媛県松山市出身。1967年 東京電機大学 電気通信工学科卒業。1967年から1972年、リーダー電子(株)にて電子計測器の設計開発担当。1972年から1977年 インターニックス株式会社にて米国系半導体の輸入販売(技術部長/アナログ営業部長)。1977年、アストロデザイン株式会社設立 現在に至る。

鈴木茂昭さん インタビュー

SDGs時代こそ放送の価値を

2024年11月13日

―最初に、ご自身と放送の関わりについて

小学校の4年生の時、兄から鉱石ラジオのキットをもらったのが放送に関わる最初のきっかけだった。キットを組み立てるため、半田ごてももらい、半田付けの仕方も教わりながら、生まれて初めてゲルマニウムラジオを組み立てた。すると一発でラジオが聞こえた。それは地元松山のNHKの第1放送と第2放送、南海放送の3局。さらに、もっとよく聞こえたのが、英語の曲などを流していた岩国のFENだった。
初めて作ったラジオでそのようなものが聞こえたことは、大変なカルチャーショックというか、衝撃的な体験だった。その時のことは、いまでも鮮明に覚えている。
その瞬間からラジオに取り憑かれ、小学生の頃から、毎晩、部屋で自分の作ったラジオをイヤホンで聞いていた。

―ご自身にとって放送の存在は

テレビ放送が始まり、その翌年に父がテレビを買ってきた。東芝の14インチのテレビだった。かなり早い時期から家にテレビがあった方だと思う。ただ、私はもう無線に、はまっていたので、自分の部屋でラジオを聞き、無線をやっていたため、あまりテレビは見なかったが、父は野球と相撲が好きで、それらを含めスポーツ番組をよく見ていた。
その意味では、放送メディアは早い段階からずっと家にあり、家の中心にラジオもしくはテレビがあるという感じだった。我々世代以降の日本の家庭は、多かれ少なかれ同じように家の真ん中に放送があったのではないかと思う。

―その放送が開始から100年たち、既に「オールドメディア」だと言う見方もあるが、技術開発を手掛ける立場から、どう見るか

100年前に放送が始まって以来、放送の技術、その基本的原理は変わっていない。しかし、私はいまだにその技術は有効だと考えている。ネット社会が進展しているが、ネット配信は電気エネルギーを大量消費していて、省エネの思想に反するところがあるのに対し、放送は全体で見れば消費する電力は、けた違いに小さく、かつ多くの人に一斉に情報を届ける装置としては、いまだに有効だと思う。

―しかし、現実には放送はインターネットに置き換わり、ネットと融合するとも言われるが

確かに、放送はネットにとって代わられるという見方もあるが、それは放送を分かっていない人の議論であり間違っていると私は考えている。
電波の媒体とネットの媒体は技術の違いであり、比較するものでも置き換わるものでもない。全く異なる形態のサービスが出て来ただけのこと。放送がネットに負けているように見えるのは、仕組みとしての違いで負けているのではなく、サービス内容で負けているだけのこと。見る側にとっては面白ければどちらも見るはずだ。
また、放送波はコントロールされ管理されているので情報の信頼性は高く、放送の免許は信頼性の保証書みたいなものであり、これは放送だからあるものだ。放送をネットに融合させたら、そうした放送の価値はなくなってしまう。

―放送の有効性は技術的にも言えるか

どちらが優れているというのではなく、事実の問題として、大きいのはエネルギー消費の問題だ。こうした観点の議論があまりないが、非常に重要だ。確かに伝送技術の進展で、ネットでも放送類似サービスが可能になった。
しかし、そこで放送と同じことをしようとすれば、けた違いに大きなエネルギーを使うことを自覚しなければならない。
現在、SDGsなどが盛んに言われ、極力エネルギーの無駄遣いをなくそう、省エネルギー化を進めようと世界中で言われている。この余計な電気を使わないという視点から言えば、今のインターネットの技術は、その思想に全く逆行している。
日本でも、夏場になると、エアコンの消費電力などが問題だと報道されるが、本当は一番消費電力を増やしているのはインターネットだ。インターネットの通信で膨大なエネルギーを使っている。スマホ1台、PC1台で見るとたいしたことではないように見えるが、スマホから発信されたリクエストは、様々な外部サーバーなどを経由して届き、それが同じように幾つかのサーバーを動かして手元に帰ってくる。その過程で端末以外に大量の電力を消費する。日々増加していっているデータセンター、特に最新のAI対応サーバーによるものの電力消費量をよく調べてみればわかるはずだ。
一方、ラジオやテレビは、送信所で電波を送り、それを端末側で受ける形になるため、使う端末の数の足し算分の電気を使うだけだ。インターネットは、一回でも聴いたり、見たりすると、その端末以外のものをいっぱい使用することになる。
一人が配信を見るための消費電力がどれぐらいなのかは、誰もわからないが、放送に比べるとけた違いに大きくなっている。特にAIなどで使うデータセンターの電力消費は遥かに大きい。インターネット技術の進化で便利になるため、消費電力が増えるのはある程度しょうがないと、皆その部分の問題をスルーしている。しかし、そうした観点からの議論が必要だと思っている。

―放送は、そうした観点からはエコだと

放送局の送信設備を見ると巨大であり、大量の電力を使用しているように思うが、キー局の送信設備で、50kWだったり、大きなものだと100kWのものもある。しかし、インターネットのデータセンターでは、1つでメガワットクラスであり、けたが違う。
また、インターネットで何百万人が同時に見ることに対応しようとすれば、ものすごいサーバーを揃える必要がある。しかし、それでも必ずパンクする。放送にパンクという現象はない。放送では、100人で見ようが、100万人で見ようが、1000万人で見ようが基本的には変わらない。
確かに、インターネットでも放送に類似したことはある程度できるが、放送と同じことをしようとすれば、無駄なエネルギーを莫大に使うことになる。放送関係者の中には、放送をネットに置換えれば、放送はいらなくなるという人もいるが、全くあり得ない話。そういう人には、ネットで放送と同じことをすれば、相当無駄なエネルギーを使うことになることを知っていますかと言いたい。
放送の方が、遥かに単純で、エネルギー効率に優れた技術だということだけは間違いない。

―情報の伝達手段としてネットの役割はますます大きくなっている。この先、放送はどういう役割を担っていくことができるのか

国民に広く情報を伝えていく観点から、放送とインターネットの役割を考えると、インターネットは双方向性もあり、情報が細かく個別に伝わるから優れているという議論がある。しかし、それはネットの一つの強みを言っているに過ぎず、本質は違うと思っている。確かに双方向性の強みはあるが、違う視点で見ることも必要だ。
例えば、本当の非常時、例えば戦争や大災害が起きた際の、情報伝達を考えると、ラジオやテレビなどの放送なら、人々は最低限の電力があれば受信することができる。また、送信する側もバックアップ電源は必要だが、それほど大きな電力でなくても、どこか1局でも放送を出せる局があれば、多くの人々に一斉に情報を届けることが可能だ。特にAMラジオなら場合によっては、鉱石ラジオなら電源が無くても受信が可能であり、ある意味で究極のエマージェンシー通信方式だ。
一方、インターネットは、どこかで光ファイバーが切れたら一発でダメになる。電源も、バックアップではまかないきれないほどの大電力がないと、放送のように多くの人に情報を届けることさえできない。危機的状況など非常時に放送は欠かせない。

―今後の放送への提言は

放送は絶対に残ると思っているし、残さなければならない。放送は、技術としては非常に原始的で、自然の電磁波を利用するシンプルでトラブルのより少ない装置だ。しかも、話したように省エネであり、情報の質も保障されている。放送は情報発信の真ん中の柱として存在するはずだ。双方向性や時間の自由度が低いなどと言われるが逆に、決まった時間に一方向で流れることが強みともなるはずだ。
この先、放送にできることは色々あるのではないかと考えている。例えば、SDGsの目標4では、「全ての人々に公平で質の高い教育を提供し、生涯学習の機会を促進する」というものがある。全ての人に質の高い教育を提供すると口で言いうは簡単だが、実際どうやってやるのか。この一番簡単な方法は放送だ。
放送は電波で一斉にできるため金もかからない。インターネットだと通信回線を使用するので、直接、間接はともかく、何らかの形で通信会社に料金を支払うことになる。また二酸化炭素の排出を減らす観点からも、まさに放送の世界でこそ実現できること。SDGsの時代こそ放送の存在価値が見直される必要があると思う。

―今後の放送への提言は

私は、放送は一方向でいいと思っている。インターネットを利用した配信事業が伸びるのは時代の流れであり、今後もどんどん伸びるとは思うが、だからといって放送を無理に通信にする必要はない。放送は、ちゃんとしたコンテンツをちゃんと流せばよく、家に帰ってゆっくりテレビ見ていて、突然、向こうから何か問いかけられたり、答えを求められたりしたら逆に不愉快だ。
また、インターネットに関しては、双方向とはいっても、ほとんどの人が自分が見たいものを見ているだけで、実質、片方向のようなものだ。放送で間に合うのに、それを無理やりインターネットでやる必要はない。もう一度、無駄な電力を使わず、放送の価値を見直す動きが出てこないと危険だと思う。
「ネット配信にやられて、放送はこの先やっていけない」と考えている放送関係者の意識がいま一番の問題だと思う。経営的にやって行けるかどうかは放送の利点を生かした高品位なコンテンツを作り続ける覚悟の有無、現在の経営規模がネットと共存の時代に適合できるのかの検討などが必要ではないか。
放送の技術的存在価値でいえば、「ネットでは絶対に真似のできない技術が放送にはある」ということを強く言いたい。誰かが、こうしたことを発信しないと、よく分からないままに進んでしまう恐れがある気がしてならない。

この記事を書いた記者

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成澤誠
放送技術を中心に、ICTなども担当。以前は半導体系記者。なんちゃってキャンプが趣味で、競馬はたしなみ程度。
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