放送100年特別企画「放送ルネサンス」第20回
弁護士
川端 和治 さん
1945年生まれ。東京大学法学部卒業後、弁護士となり、第二東京弁護士会会員。第二弁護士会会長、日本弁護士連合会副会長を歴任。2007年から2018年までBPO(放送倫理・番組向上機構)放送倫理検証委員会委員長を務める。放送界における自主的・自律的な放送倫理、自由と公共性のあり方を問い続けた姿勢は、2018年に放送批評懇談会の第9回「志賀信夫賞」、2020年に第46回放送文化基金賞の個人・グループ「放送文化」部門で受賞。
川端 和治さん インタビュー
Contents
ご自身にとって放送とはどういう存在か
放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会委員長を発足時の2007年から18年まで務めた。それがいちばんの関わりだと思う。この委員会は、虚偽放送があったと認めたときに再発防止計画の提出を命じる権限などを総務大臣に付与する放送法改正案を政府が国会に提出していたのを阻止するために、NHKと民放連が自主的に設置した第3者委員会だ。放送倫理に反する疑いがある番組について、有識者が意見を述べ、これに放送局が自主的・自律的に対応することにより放送倫理が遵守されるという仕組みを新たに作った。委員会が求められた機能を発揮できなければ、放送法改正による番組内容への政府の介入を招くことになる危険があった。一方、この委員会が過剰に番組内容に干渉すれば、放送局を萎縮させその表現の自由を阻害する可能性もあった。そのような状況の中で、見識ある委員の方々及び番組制作の実務を熟知した調査役の方々と、この委員会がなすべきこと、なしうることを、時に激しい議論もしながら探りつつ、意見を公表していった。
そうした放送との関わりの中で、放送の現状をどう見ているか
放送は今、いろいろな課題を抱えている。放送は、民主主義を機能させるために、国民が共通して知っておくべき情報を、歪めることなく、誰にも忖度することなく伝えなければいけないのに、萎縮と過剰な自己規制が見られるのではないか。政治的な関わりのある放送だけでなく、娯楽の面でも尖がった放送は危ないからやめておこうという風潮が支配してはいないか。
無難だが尖ったところのない放送は、結局見てもつまらない。だから視聴者は離れていき、むしろインターネットで提供される極論やフェイクまで含むけれども刺激的な内容のコンテンツに流れていっている。それがいちばんの問題ではないか。
これまで、わが国で放送が果たしてきた役割をどう評価しているか
ひとつ目は戦前・戦中の放送が果たした役割だ。放送は国民を戦争に総動員するためにその戦意を高揚させる手段として使われ、大きな効果を挙げた。ところがミッドウエー海戦で大敗して以降大本営発表は全く虚偽の内容となり、国民は最後の本土空襲に至るまで真実を知らなかった。新聞も含めたマスメディアが虚偽の内容を伝えて戦争を煽る役割を果たしたために日本をほとんど滅亡の淵まで追い込んだ。その事実に対する深い反省が今の放送制度の出発点にある。
戦後、連合国が日本を占領し、新憲法により表現の自由が保障され、それに適合する放送法が制定されたが、その制定に携わった官僚にも、政治家にも、戦前・戦中の放送が犯した失敗を繰り返してはならないという使命感があった。そのため、放送による表現の自由の確保と放送が健全な民主主義の発達に資することが法の目的として冒頭に明示された。民主主義のために放送はあるんだと、そういう使命を持っているのが放送人なんだということをはっきり打ち出した放送制度が作られた。
2つ目はテレビの登場。映像と音声を同時に伝えるメディアで、視聴者の情感に直接訴えた。一時は家庭の団らんの真ん中には常にテレビ受信機がある時代があった。1964年の東京オリンピックが典型だが、国民の一体感を醸成する強力な装置として働いてきた。
戦後、放送が果たしてきた使命や役割は現在も果たしていると思うか
日本の放送制度は、戦争中の放送に対する深い反省から出発したため、放送局側も、所管する郵政省(現総務省)側も、放送の自主・自律を強調してきた。ただ、それがほんとうの意味でどこまで実現したかはまた別問題だ。露骨な政治家からの介入、それに事実上屈服する放送局という事件が繰りかえされた。また放送は正確な情報を歪めることなく伝えなければいけないが、視聴率をとることを優先する制作者が後を絶たない状況があった。建前としては自主・自律で、ジャーナリズム精神を貫く放送が正しいことは皆が一致している。ほとんどの番組ではそれが実現しているだろう。しかしそうとは言い切れない番組もいまだにあるのではないか。
しかも自主自律という建前を放送局側が言いながら、行政指導されると黙って受け入れる。「なぜ行政がこのような介入をするのだ」という抵抗は一切しない。お粗末な放送があったという事情もあって、抵抗せず黙って受け入れざるを得なかったことが、あたかも政府が放送内容について介入する権限があるかのように見える実績を積み上げてしまった。
それが行き着いた先が椿事件(1993年に発生したテレビ朝日による放送法違反〈政治的な偏向報道〉が疑われた事件)だ。この事件を契機に行政側がそれまでの解釈を変更して電波法による停波処分もあることを明言したために、一気に放送側が萎縮した。放送法が規定している番組内容を適正に保つ制度は、各局に設置される番組審議会の有識者委員が各局の番組基準に基づいて意見を述べ、放送局がこれに自主的に従うというものだ。つまり、行政に強制されるのではなく自主的に自律する法制度はできている。しかし現実には、番組審議会は局が選択した番組の合評会の場となっていて、本来の働きはごく例外的な場合にしか見られない。これは、問題がある番組だと局が認めて番組審議会の意見を聞くと、それが行政指導の契機になることを局が嫌っているからだろう。自主・自律を言うのは簡単だが、それは行政の不当な介入に対する毅然とした姿勢がなければ実現できない。その辺が弱かったのではないかと思う。
インターネットが普及し若者のテレビ離れが進む中、「放送終焉」の声も聞こえるが
イギリスの放送通信庁(Ofcom)は5月9日、英国におけるオンライン配信の将来について検討した報告書「Future of TV Distribution」を公表した。英国でも地上波や衛星放送からインターネットに視聴者が移っている状況があって、将来、どうしたらいいのかをまとめたものだ。Ofcomは政府から独立した行政委員会で英国の電波行政・放送行政を司っている。現在英国の公共放送は受信許可料の徴収で賄われているが、Ofcomは、視聴者動向を見ると、このままの姿で地上波、あるいは衛星放送を維持しようとしても、それにかかる視聴者1人当たりの費用が高騰し、10年か15年で事業が維持できなくなっていくだろうと予測を立てた。その対応策として提示されているのは、①より効率的な地上波放送とするための投資の継続、②地上波放送を最小限の中核的なサービスに縮小する、③2030年代に地上波を廃止する、の三つであり、どの選択肢にも難点があるため、8年から10年かけて計画され実行されなければならないとされている。注目するべきは、高齢者や貧困者などインターネットへのアクセスが困難な人が一定数必ずいることと、災害時にも情報を伝えなければならないので、地上波からの転換に際して取り残される人を出さないためにどうするかを考えなければならないことが指摘されていることであろう。
日本において放送はこのまま生き残れると思うか
私は、日本では地上波が意外と生き延びるとみている。それは、今の放送には、伝送路が何であるかということから独立した価値があるからだ。
インターネットの情報と放送で何が一番違うかというと、ちゃんとした校閲機能があるかどうかだ。日本の放送局には、各局が定める番組基準に従った放送をしなければならないという規範意識があり、それをチェックする体制がある。現実には、それから逸脱した部分、例えば裏取りをきちんとしていない放送番組もあるが、それについては、BPOの放送倫理検証委員会が放送倫理に反するという意見を述べ、放送局が自主的・自律的に再発防止策を定めるなどの対応をしている。しかし、インターネットの世界は完全な野放し状態で、能登地震でもフェイク情報が拡散された。放送とインターネットとの違いは、事実を歪めずに伝える、論点が多いものは多様な立場から伝えるといったことを自ら標榜し実行しているかどうかだ。少なくとも自主的・自律的な校閲機能が働いているのが放送だ。今後、伝送路が完全にインターネットとなっても、現在の放送がこの校閲機能を持つことをブランド化できる局は、視聴者の信頼を集め生き延びることが可能だと考えている。
そのための鍵は
繰り返しになるが、放送が国民に等しく伝えなければならないことを、偏りなく、あるいは歪めることなく、どこにも忖度せず、勇気を持って伝えること。それを続けていくことができるのであれば、放送は価値のあるものとして視聴され続けるだろう。そうすれば生き延びられると思う。
放送への提言と注文、期待を
放送は、民主主義のインフラを担っている。国民が共通に知るべき事実を伝えることは当然の前提として、それにとどまらず、民主主義の基盤となる自立した個人を育て、その尊厳を相互に尊重する社会を作ることに、放送が娯楽・情報などジャンルを問わず貢献してほしいと思う。そういう役割を果たすことへの意欲と覚悟を持ち続けて欲しい。そのためには、視聴者を惹きつける番組によってそれを実現できる能力がある人材を育成し続けなければならない。真実を伝えることに情熱を持ち、それを魅力的な番組の内容で表現できる能力のある番組制作者が多数存在する放送局であって欲しい思う。
この記事を書いた記者
- 元「日本工業新聞」産業部記者。主な担当は情報通信、ケーブルテレビ。鉄道オタク。長野県上田市出身。
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(敬称略:あいうえお順)