放送100年特別企画「放送ルネサンス」第27回

樫村直樹

池上通信機CXO

樫村直樹 さん

樫村直樹(かしむら・なおき)氏。1960年2月生まれ。東京都出身。1983年 東京電機大学卒業。池上通信機(株)入社 ハイビジョン黎明期よりカメラ開発に携わり技術部長、取締役開発本部長、マーケティング本部長などを経てCXO、現在に至る。

樫村直樹さん インタビュー

放送は人と人をブリッジする〝場〟

2025年1月27日

 

―ご自身と放送のかかわりについて

 物心ついた頃には家にテレビがあり、いろいろなニュースやCMなどが自然に体に入ってきたというイメージがある。中でも印象に残っているのは、あさま山荘事件(1972年)で、当時小学生だったが、非常に映像のインパクトが強く、子供心に、すごいなと感じていた。あれは今考えてみると究極のドキュメンタリーだったと思う。
 元々自分は音の世界に入りたいと思っていたが、この会社入って、音が聞こえてくるような映像が撮れるカメラを作ってみたいという思いに変わっていった。
仕事での放送との関わりは、1985年のつくば万博に向けた装置の開発だ。その当時はハイビジョンの黎明期で、色々な方式が提案されていたが、その一つにNHKが提案したHLO-PAL(周波数多重方式)があった。アナログの信号の中にデジタルの音声を加えるような方式だったが、その部分の開発を任されたのが最初の関わりとなった。
 当時デジタル黎明期で、デジタルについて会社で分かる人が誰もおらず、入社2年目だった私に、「誰がやっても分からないので、お前がやれ」と言われてやることになった。当時はとんでもない上司だなと思ったが、今にして思えばありがたいことだったと感謝している。
 これ以降、特殊なデジタル機器の開発に関わり、数年後カメラをデジタル化するにあたりASIC開発チームを任された。アナログの感性的なところをいかに〝1・0〟のデジタルで表現するかを考え続ける毎日だったが、苦しくも何か新しいものを生み出しているという実感もあった。
 これまでもこれからも自分の中にある想いは、「映像で感動を伝えたい」ということ。HOW(手段)は色々と変わっていくと思うが、その想いは必ず立ち返るWHY(根っこ)の部分だと考えている。

時代が変化するなかで放送の位置付けは変化したと感じるか

 例えば同じ時間に同じ番組をみんなが見て、学校とか職場で話題になり、それによってコミュニケーションが成り立つ。人と人を繋ぐうえでテレビが役に立ってきた。
 最近でもWBCとかオリンピックのような世界的に盛り上がるイベントがあれば、パブリックビューイングでみんなが一緒になって盛り上がる、知らない人同士でも会話をするなど、人と人を繋ぐということでは今でも十分役割を果たしている。コンテンツによっては、今でも放送には、そういった、すごいポテンシャルがあると思っている。
 もう一つは、きちんとした取材能力でファクトをチェックし、広くあまねく正確かつ公平で偏らない情報を伝える力がある。特に災害時には非常に重要な役割を果たしている。信頼できるメディアという位置付けは、今でも変わっていない。
 ただ、最近、コンプライアンスの側面での制約もあって番組自体はちょっと物足りなくなってしまい、ネットに流れているのも、わからない訳でもない。しかし、自分の好きなコンテンツだけを取捨選択していくネットメディアは、偏った情報の取得を助長させていることも事実で、ある意味で人と人の分断を生んでしまっている。やはり放送は、原点に返って「人と人をブリッジする」という役割を担っていく必要があると思う。

放送技術の面から果たしてきた役割や位置づけは変わったか

 技術的側面で言うと、これまで放送が果たしてきた役割はすごく大きかった。オリンピックなどのイベントがある度に、白黒からカラー、アナログからデジタル、NTSCからハイビジョン、4K・8Kと新たな技術が開発されてきた。特にハイビジョンは日本で開発され、世界のスタンダードとなり、放送分野だけにとどまらず、医療、防犯・防災など様々な分野に幅広く使用されるようになった。このように、放送利用を目的に開発された技術が、広く社会で使われるようになった例は多い。我々としても放送機器の進化には微力ながら色々と貢献できたのではないかとの自負はある。
 しかし、ここにきて放送技術の進歩が見えづらくなっているのも事実だ。今までは、お話したように、アナログからデジタル、SDからHD、4K8Kとリニアに進化してきたため、先をある程度見通せたが、今後どちらに行くのか、技術のロードマップを描くことが難しくなっている。
 これからは単一の方向性に留まらない様々な視聴形態に対応した技術が必要になっている。ワンソースマルチユースの時代から、マルチソースマルチユースへと進化を余儀なくされ、これによりやることが増え、投資の方向性も見えづらくなっている。こういった状況に対して、どう効率よく制作を行うか、どのようにマネタイズしていくのかが今後の課題だと思う。

インターネットの普及により、「放送の終焉」の声もきこえるが

 インターネットはもちろん使っているし、どちらかというと放送よりネットを見ている比率は個人的には高いかもしれない。ただ、放送を見ていると、全然知らない番組や知らない情報が流れてくる。ネットは自分で探して見るので、自分の好きなものばかり見てしまう。その意味で、放送がかえって新鮮だったりもする。知的好奇心が高まるような番組は特にそう感じる。
 基本的にインターネットと放送はカテゴリーが若干違っている。ネットは自分が好きなときに好きな番組という意味では秀逸だが、災害時などに広くあまねく正確な情報をブロードキャストする「信頼できるメディア」としての放送は引き続き必要だ。
 また、魅力的なコンテンツであれば、ネットであろうがテレビであろうが見られていると思う。うちの子供たちも面白ければテレビも見るし、ネットも見る。ネットメディアと良い意味で競争して、お互いコンテンツの質を向上させて共存していけばよいと思っている。

放送は生き残っていけると・・

 放送の強みは、先ほどの災害時などにおける「信頼できるメディア」であることに加えて、広くあまねく地域に展開できることがある。今も地域の皆さんに密着した報道や情報番組を制作しているが、これは地域の人たちのよりどころになっている部分もある。これからもそれは必要とされていくと思う。地元ならではの視点でいろいろなことを発信できるのはテレビであり、それにより、インバウンドを呼び込むなど地域活性化にも繋がっていく。
 更に放送のもう一つの魅力はスポーツ中継だと思う。スポーツ中継はストーリー性のある構成をリアルタイムでその場で構築していく。これは、長年放送局が培ってきた技術だ。スタッフのスキルも使用機材も含めて一朝一夕にできるものではない。ここは引き続き魅力を追求してもらいたい。
 放送局は、こうした映像制作に必要な映像機材の開発と制作手法の革新の両面を常にリードしてきた。こういった歴史があってこそ、ネットメディアなどのコンテンツ作りが成り立っていると思う。
 その意味で、これからも放送局には技術をリードしていってもらいたいが、技術を追求することとお金を儲けることはイコールになっていないという難しい部分が出てきているのも事実。

この先、放送が残っていく上での課題はどこにあると思うか

 今後の課題としては、視聴者に提供する放送の価値は何かという部分で、まだ見えてないものがきっとあるはず。その視聴者の潜在ニーズをもっと追求し、マネタイズの仕組みを構築していく必要があると思う。
 技術的にはどんどん進化している。放送のネットワークを利用して、リソースシェアやリモート制作などがIT技術でできるようになっている。これにより、物理的な距離の制約なく、例えば札幌の人と沖縄の人が同一空間で共演するなど新たなコンテンツ制作ができると思う。
 このように、これまでお金がかかっていたことを効率化していくという部分と、視聴者が求めている新しい価値を探していくことが必要だ。その潜在価値を引き出すことは私のミッションでもあり、是非一緒にやっていきたい。

最後に今後の放送の在るべき姿や放送への提言・注文・期待を

 繰り返しなるが、三つのポイントを挙げたい。
 一つは幅広い正確な情報伝達。これは将来ネットでもそうなるかもしれないが、やはりこれまで放送が培ってきた取材力や構成力といったノウハウは大きく、偏らず幅広い分野で有益な情報を伝達し、新たな気づきや知識を提供していって欲しい。
 今、ネットの世界ではフィルターバブルなどが課題となっているが、放送は、そうならないよう幅広い正確な情報伝達を続けていってほしい。
 次は映像で感動を与えることを引き続き追求してほしいと思う。iPhoneで撮影できるかもしれないが、これでは、見たままの映像を撮影することはできない。高品質な映像と、高度な構成力は放送局がこれまで担ってきたものであり、今後も追求してもらいたい。そのための機材・サービスも追求してほしい。信頼できるメディアを支えるために我々は放送機器専業メーカーとして、どんな過酷な状況でも一瞬でも途切れることなく動き信頼性が高く機動性のあるハードウェアやシステムを作り続ける必要がある。また、現場に寄り添い今後の不確実性の時代でも最適なWorkflowを追求したシステムを構築し提供し続けていく使命があると考えている。
 三つ目は、お話したように、放送は、人と人を繋ぐ役割を昔から果たしてきた。放送を介して人と人をブリッジする場をデザインする新たな展開を探求して欲しいと思う。そのためには、視聴者のニーズに応える放送の持つ潜在的価値の追及がなお必要であり、私たちも一緒に考えていきたいと思っている。

この記事を書いた記者

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成澤誠
放送技術を中心に、ICTなども担当。以前は半導体系記者。なんちゃってキャンプが趣味で、競馬はたしなみ程度。
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