放送100年 特別企画「放送ルネサンス」第39回

齋藤清人

文化放送代表取締役社長

齋藤清人 さん

齋藤清人(さいとう・きよと)。1964年10月10日生まれ。東京都出身。早稲田大学第一文学部卒業。1987年 株式会社文化放送に入社。2017年 グループ会社である株式会社セントラルミュージックの社長、2019年 文化放送 取締役などを経て、2020年、文化放送代表取締役社長に就任。

齋藤清人さん インタビュー

放送の役割はまだ決して小さくない

2025年6月23日

 

―ご自身と放送とのかかわりについて。

 私は前回の東京オリンピックの開会式の日、1964年10月10日に生まれた。物心ついた時にはカラーテレビが家にあった。多分オリンピックをカラーで見たいと親が買ったのだと思う。あの時代は、東京オリンピックや高度経済成長時代の色々なものがテレビの中にきら星のごとくあり輝いていた。
 ただ、テレビはお茶の間に1台あるだけで、自分の部屋ではラジオでナイター中継などを聴いていた。「テレビ中継はここまで、この続きはラジオで聴いてください」という時代だった。
 もう少しして、深夜放送に出会いラジオの魅力にはまった。ラジオは音声だけの世界だから、想像する力が必要で、そこに楽しさや醍醐味がある。例えば日の出の中継があったとすれば、テレビでは視聴者は同じ日の出の映像を見ることができるが、ラジオでは100人が聴けば100通りの日の出がある。ラジオには、イメージする楽しさとか豊かさ、面白さがあると感じていた。
 いずれにしても、家族が揃えばそこにテレビがあり、自分の部屋に戻ればラジオで楽しむといった具合に、放送は常に身近なところにあった。

 

―今年ラジオ放送が始まって100年経つが、放送が果たしてきた役割をどう見ているか

 放送は、この100年、文化や教養、娯楽など様々なものを、日本中に、あまり差もなく広く届けてきた。それによって、国民の文化度を向上させ教養を広めるなど、多大な貢献をしてきたと思う。

 

―一方、昨今はインターネットを始めとするメディアの多様化によって、放送の地位が低下しているという見方もあるが

 確かに、放送の役割は、ネットの出現によって変わってくる部分はある。しかし、放送の役割は、まだまだ決して小さくはなってはいないと思う。
ネットの出現で、何が変わったかといえば、私が小さい頃は、みんながテレビの視聴者であり、ラジオのリスナーであった。それが、今はスマートフォンを持っていれば誰でも発信者になることができる。その環境は劇的に変わった。スマートフォン1台あれば世界中に発信できるという時代の変化は認めなくてはならない。
 ただその環境の変化がイコール、放送が不要になったとは全く思ってない。

 

―ネットには変えられない放送の価値とは何か

 放送は、一定のルールの下に事業が行われていて、それに伴う信頼性があり、それはネットにはないものだ。
 ネットが面白いか面白くないかが価値判断の軸だとすれば、放送はもちろん事実を伝えることも大事だが、何かを考え判断する材料を提供することが重要な役割となる。
 Aという道もあればBという道もあり、さらにCという道もある。これをリスナーや視聴者の方に提示していく。そうしたことが求められるのが放送だ。
 ネットはそういうルールがなく、制約のない世界であり、受け手がよほど上手に使わないと、特に若い方や高齢の方をミスリードしてしまうリスクもあるメディアだ。
 その意味で、様々なメディアが登場してきたからこそ、放送がしっかりしたルールに沿った形で発信をし続けていくということが、より重要になっている。
 私は視聴者やリスナーが放送に求めるものは、刺激や面白さだけではないと思っている。個人的に言えば、私は年齢のせいか、ネットの記事を読んでいるとかなり疲れる。一定のフィルターがかかり、そのフィルターがどういうものかをきっちり認識しなければならないからだ。一方、テレビやラジオでは、「この意見には賛同できる」「あの人の考え方と自分は違うな」などの思いにさせてくれる。
 刺激の強さや、面白さを求める人はなくはないだろうが、大部分はそうではないと信じている。

 

―しかし、ネットが大きく進展する中で、放送はどうすべきか

 しっかりしたドキュメンタリーや取材に裏打ちされた番組が放送に求められるものだと思う。例えば、戦後80年の今、日本はどこで舵取りを間違えたのかなどを検証する番組を制作するとか、そういう地道だが丁寧な取材に基づいた番組は、テレビでしか成し得ないものだ。
 残念ながら生放送のリアルタイムの情報は、3分後にはもう一般の方でも簡単に送ることができる。それは、ある種、甘んじて受け入れるしかない。
 しかし、検証するような番組をしっかりと作り、発信して届けることができるのは、やはりテレビを筆頭とした放送のアドバンテージであると同時に、放送の存在意義や存在価値だと強く思う。
 同時に、テレビで言えば視聴者の声、ラジオであればリスナーの声、新聞や紙媒体では読者の声に対応していくことも重要だ。
 それは、今こういう企画をやって欲しい、こういうゲストを出して欲しいというリアルの声だけでなく、声なき声も想像し、イメージすることも常に持たなければいけない。


 

―ラジオの状況について

 ラジオは、もっと地域に根ざした放送をしていく必要があると思う。地域に密着し、地元の自治体などと上手に連携をしながら進めていくことが大事だ。特にローカル局は地域性が特徴の一つであり、もっともっと独自性とかその局の色を出していってもいいと思う。
 もちろん、今民間放送のラジオ局は経営的には、各社かなり厳しいのは事実。特にAM局は広大な敷地や大掛かりなアンテナが必要になり、経営的にも負担が大きい。
 しかし、それがいわゆるFM転換で、そうした設備投資やランニングコスト、メンテナンスも含めて経営がずいぶん軽くなっていく可能性がある。

 

―ラジオはなくならないのか

 ラジオは絶対になくならないと思っている。音声コンテンツは目を奪われずに情報や音楽を楽しむことができる。ここ数年、革命的に風景が変わったのは、ワイヤレスイヤホンが普及したことだ。これは音声メディアにとってはかなりの好材料だ。
 昔はヘッドホンやイヤホンで音楽を楽しむのは、ある種、若者の象徴的なスタイルだった。それが、今は、我々の世代も含め、 電車の中や移動中にイヤホンで何かを聞いて いる。何を聴いているかといえば、音楽だけではなく、ニュースやニュースをまとめたサイトをポッドキャストで聞いて いる。さらに、radikoで前の日のオールナイトニッポンを聞 いたりしている。
 日本はだんだん高齢化社会になり、スマホで長時間、新聞を見るよりも、音で聞いていた方が楽だということになる。
ただ、それをビジネスとして成立させていくのかが今後の大きな課題だ。

 

―AMラジオはどうするのか

 災害時に関していえば、デジタルでは弱い面もあり、AMラジオ自体はなくならないと思う。またエリアによって状況が違うが、北海道はFMで全土をカバーできないので、AMで飛ばすしかない。その意味でAMは無くならないだろう。
 しかし、全体で言えば、この先も民間でAMを続けていくことは厳しい。FM転換を進めていくことになる。この際には、現在のAMのリスナーに、いかにFMで聞いて もらえるようにするかが全てのAM局の課題だ。ワイドFMが入らないラジオで聞いて いる方には、買い換えてもらう必要がある。そういうキャンペーンを各社が協調してやって行かなければならないと思う。またradikoで受信できるところは、それで対応することを総務省に認めて貰う必要もあるだろう。なかなかそのためにFMのアンテナを建てるのは、経営的には厳しいものがある。

 

―最後に、昨今、放送のあり方、そのものが根本から問われるような事態が起きているが

 放送の信頼が毀損されるようなことが、昨今起きてしまったのは、非常に残念だ。
 放送は、一定のルールに沿って行われていて、そのルールの先には憲法がある。それによって放送の信頼が築かれている。
 放送に携わる1人1人が何を根拠に、自分はこうした放送をして発信をしているのかということは、決して忘れてはならない。

 

―現在の放送に求められているものは何か

 放送人が放送に対する、しっかりした認識を持っていることが重要だ。
 例えば、取材に行って、人にマイクを向けること、それが、何の権利があって許されているのか。勿論、憲法21条で表現の自由が保障され、その上で報道の自由や取材の自由がある。しかし、かといって公共の福祉に反しないなら、何をしてもいいわけではない。
 自分が放送に携わって権利を行使している、その根底に何があるのかを、まずはきっちりと把握し、そして、やはり謙虚にならなければいけない。
これは番組を作ったり、取材したりする現場の人に限らず、放送に携わる放送人全員が認識することが大切だ。
 私も放送の現場にいたときは、テレビの視聴率、ラジオの聴取率で、多くの人に支持してもらえることが、ある種の正義だと思っていた。
 しかし、重要なのは、自分が何を根拠に放送という仕事に携わっているのかを常に忘れないことだ。今文化放送で働いているメンバーも、何かに迷ったり、壁に当たったときには、ぜひそこに立ち返って欲しい。

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