【放送ルネサンス】第45回:篠田 貴之さん(日本テレビ放送網 海外戦略センター 兼 創造テクノロジー部 部次長)

篠田 貴之

日本テレビ放送網 海外戦略センター 兼 創造テクノロジー部 部次長

篠田 貴之 さん

篠田 貴之氏(しのだ・たかゆき)。2008年、日本テレビ放送網に入社。入社以来、制作技術やCGなど番組制作部門に所属し、現場の視点を生かしたAI・画像処理技術の起案・開発に取り組む。これらの成果により、「日本民間放送連盟賞」6回、「経済産業大臣賞」3回をはじめ、35件以上の受賞歴を有する。2024年より海外戦略部門で事業リーダーを兼務。現在、米国大学院にて学位取得中。

篠田 貴之さん インタビュー

今こそ放送局は新しい技術に投資すべき

2025年11月14日

 

―ご自身と放送の関わり

 私が学生の頃の話だが、放送によって家族の命が救われたという経験があった。プロ野球の巨人の大ファンだった祖父が、当時、毎晩、自分の部屋でテレビの野球観戦に夢中になっていたが、ある日、部屋から放送の大歓声が聞こえてこないことがあった。おかしいなと思い、部屋を開けると、脳卒中で倒れていた。幸い、倒れてすぐだったので、病院に運んで命は救われた。夢中にさせてくれる放送コンテンツがあったからこそ、気づくことができた。その経験が、私にとって放送業界を志したいと思った原点だ。「コンテンツの力ってすごい」と心から思えた。この恩を少しでも返していきたいと思っている。
 放送業界に入ってからは、一貫して「どうすればコンテンツをより豊かに、よりよい形で届けられるか」ということを現場の視点から考えてきた。
 

―放送局に入ってからの取り組みは

 私はこれまで技術開発に携わってきたが、実は〝開発部署〟には所属しない形を取り続けてきた。私は開発部門で開発することよりも、「視聴者に届くまでの全体像の中で技術をどう生かすか」という観点から、放送の現場に拘り続けてきた。
 コンテンツと人との接点をいかに滑らかに、魅力的にしていくか。そのために必要なことを、これからも現場目線で考えていきたいと思っている。
 

―放送開始から100年、放送の位置づけや果たしてきた役割は

 個人的意見ではあるが、放送は情報提供の中心的存在として、国民に大きく貢献してきたことは間違いない。放送は単なる伝達手段にとどまらず、国民の心をつなぐ社会的インフラとして機能してきたと考えている。災害時の情報、重大ニュース、あるいはスポーツやエンタメによる共通体験。〝個人〟ではなく、〝社会〟としての共通体験を提供してきた。
 ただ、今、社会全体で大きな転換が起きている。中心化(セントラリゼーション)から分散化(ディセントラリゼーション)へと、さまざまな分野が変化しつつある。働き方も、オフィスに集まる中央集約型から、リモートワーク、デジタルノマド(インターネットを活用し働く場所を限定せずに仕事をする人々)、ギグワーク(企業と正式な雇用関係を結ばずデジタルプラットフォームを介して請け負う働き方)へと広がっている。こうした分散化の流れは、コンピューティング(クラウド集約→エッジ分散)、エネルギー(大規模発電所→分散型電源)、教育(画一型→個別最適化学習)、小売(大企業主導→D2C・個人ブランド)、金融(銀行主導→分散型金融)など、多くの領域で進んでいる。
 もちろん、コンテンツ産業も例外ではない。誰もが発信者となり、あらゆる形で情報が消費されるようになった今、放送はもはや「情報の中心」ではなく、「数ある情報源の一つ」になったと感じている。
 

―放送の役割も変わってきたと

 もちろん、多様な情報源があること自体は悪いことではない。ただ、その一方で、社会には混乱も生まれやすくなる。何が本当で、何がフェイクなのか、その判断は視聴者個人に委ねられる時代だ。
 だからこそ、「放送ならではの安心感」というものが、今後ますます重要になってくると考えている。
分散化が進み、情報が益々玉石混淆となる社会だからこそ、「放送だからこそ持てる信頼性とつながり」が、逆に際立つものになっていくと捉えている。
 

―放送の現状の課題

 いま話したように、放送は今でも、ニュースや災害情報、緊急時の信頼できる情報源としての役割をしっかりと果たしていると思っている。また、スポーツやエンタメなどを通じて、共通体験の場を提供する力も依然として健在だ。
 ただし、繰り返しになるが、視聴者の情報接触環境が大きく多様化した現在、「放送が唯一の映像を伴う情報源」という時代ではなくなった。時代が変化すれば、放送の役割もまた相対的に変わっていくのは当然だと思う。信頼される情報源として、社会的責任を果たし続けるためには、やはり新しい環境に合わせた柔軟な進化が不可欠だ。
 技術者視点からいえば、現在の放送業界が抱えている大きな課題の一つは、技術更新の遅さだ。一般のPCやIT機器は、通常5年ほどで更新されるが、放送専用機器は10年以上使われることも珍しくない。この差が、技術進化のスピードが加速する今、非常に大きな〝遅れ〟を生んでしまっているように感じる。10年後を見据えて設備計画を立てることも大事だが、現代のような技術進化が速すぎる時代において、それは極めて困難だ。
 だからこそ、常に最新技術を組み込めるような柔軟な仕組みを、放送設備そのものにどう実装していくか。ここが今、放送が生き残るための技術的な重要課題だと考えている。当たり前かもしれないが、テレビ局だからこそ、常に〝新しい技術に対して積極的に投資すべき〟だと強調したい。
 

―この先の放送の行方をどう見ているか

 今、誰もが情報発信できる時代で、そこに生成AIの発展が加わることで、人間の目では真偽を判別しきれない映像や情報が、次々と世の中に出回っている。私自身も、SNSで流れてくる映像を見ながら「これ本当に本物なのかな」と疑うことが増えてきた。そして、それに疲れてしまうこともある。きっと同じように感じている人は、今たくさんいると思う。
 だからこそ、「これは本物だ」と安心して視聴できるコンテンツの価値はこれからますます高まっていくと思っている。そして、それを安定的に提供し続けられるのが、放送であるべきだと信じている。放送は、「信頼できる情報源」としての最後の砦であり続けてほしい。それが、私自身が放送業界に対しての最大の願いだ。

 

―そうした課題に技術面ではどう対応していくのか

 インターネット空間では、フェイク情報の拡散が社会問題となっているが、同時に、ブロックチェーン(データの改ざんが極めて困難な分散型台帳)やデジタル署名、AIを用いた真偽性判定技術も進化し続けている。しばらくは、人が確認したほうが、信頼できる情報を選別できるが、その先にあるのは、「真偽を見極める力」さえも、人間よりもシステムのほうが優れてしまう時代かもしれない。
 そうなったとき、放送局が人海戦術だけで信頼性を担保しようとしても、限界がある。だからこそ、放送の信頼性を維持・向上していくには、技術的なアプローチと融合することが不可欠だと考えている。
 私は、比較的早くからAI技術に注目していて、2016年頃から放送現場への実装に取り組んできた。その取り組みの一つが、私が開発をスタートさせた「AiDi」というシステムだ。この「AiDi」では、例えば映像を1つ挿入すると、自動でテロップや情報の整合性などをチェックしてくれる。すべてが完全ではないにしても、人間が2人がかりでチェックするのと同程度の信頼性を持たせることができている。
 AIによる自動チェックだけでなく、映像情報の可視化・分かりやすさに関する技術研究も進めている。
 

―具体的にそうした取り組みはどこまで進んでいるか

 たとえば「自由視点映像」は、野球中継などに取り入れていて、MLBなど世界に配信される映像でも使われた。また、学生スポーツなどの放送されない埋もれた好試合を届ける取り組みも進めている。最近では、無人で中継が完結するシステムも開発し、野球中継のテスト配信もした。カメラ4台を使った中継を完全自動で実施することができた。人間は何も操作せず中継も可能となっている。
これにより、これまで映像化されてこなかった競技やイベントも、中継・配信が可能になる。コンテンツ制作のあり方そのものが、まさに進化している実感がある。
 

―放送とネットの関係とその在り方

 まず、放送がネットに完全に置き換わるとは考えていない。むしろ制作者側にとってはコンテンツの出し方が増えたと捉えるべきだと思う。放送だけでなく、ネット配信という新しい手段が加わって、より多くの選択肢が持てるようになった。
 私自身、現在、「海外戦略」も兼任しているが、その中で実感しているのが、ネットがあることで、コンテンツが世界へ届く可能性が一気に開けたということだ。地上波だけでは届かなかった場所にも、ネットであればすぐに届けられる。
 だから、「放送とネット、どっちが主役か」という議論よりも、「それぞれの良さをどう活かし分けるか」が重要になってくる。
 放送には、やはり安定性がある。特に災害時の強さや、同じ瞬間を多くの人が共有できる力は、ネットにはない放送独自の価値だ。一方ネットには、双方向性や個別最適化、さらにはグローバルへの展開力がある。それぞれに役割があって、どちらかが上ではなく、補完しあう関係が望ましいと感じている。
 

―今後の放送のあるべき姿

 放送というメディアは、技術の進化と共にその形を柔軟に変えていく必要があると思う。出口が増えたからこそ、放送局が担うべき「届け方」や「伝え方」は進化していかなければならない。私はこれまで、放送の現場の立場から「こうすればもっと良くなる」という提案をしながら、開発や改善を進めてきた。
 今まで、どちらかというと現場は受け身で動くことが多かったが、最近は大きく変わってきて、制作現場の人たち自身が、DXや技術活用に対して主体的に動き始めている。「どうすれば面白くなるか」「どうやって伝えるか」を、技術と話し合いながら、本気で考え出している。
 その意味でも、放送局にとって、現場の人たちが、さまざまなスキルを手に入れられる環境を実現することが重要だと思う。私も、労働組合の委員長をやっていた頃、教育制度の充実を会社側にも訴えきた。その結果、今は、社員が希望すれば、通信教育や、実際に学校に行って学ぶ機会が得られるような制度が導入された。実は私自身も、その制度により現在働きながらアメリカの大学院に通っていて、今年で三年目。こうして、現場にいる人が主体的に技術や知識を吸収し、次の放送の形を自ら作り出していってほしい。
 いま放送の世界では、色々な多様化が同時多発的に起きていて、制作プロセスも収益モデルも多様化し、制作現場の体制や、それぞれの人の役割も多様化が進んでいる。
 この変化は一次的なものではなく、不可逆な、もう戻れないものが多く、現場がどれだけ柔軟に追いつけるかが、今後の競争力を大きく左右するものだと見ている。
 これからも、放送局の一員として、こうした時代に即し、新しい価値を創出し、社会に貢献していきたいと思っている。

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(敬称略:あいうえお順)