【独自】YRPなどが空間伝送型ワイヤレス電力伝送実験
一般社団法人YRP研究開発推進協会(YRP、神奈川県横須賀市、河内正孝会長)は2025年12月17日、空間伝送型ワイヤレス電力伝送(WPT)実証評価試験について関係者に公開した。
WPTは、電池やケーブルを使用せず、多数の機器へ効率的に給電できる次世代技術として、産業界で大きな注目を集めている。
同協会は、国際電気通信基礎技術研究所(ATR)より総務省委託研究「空間伝送型ワイヤレス電力伝送の干渉抑制・高度化技術に関する研究開発」(代表研究機関:電気興業〈DKK〉)に係る試験測定評価システム(測定作業)の作業委託を受注した。WPTの漏洩電波による干渉影響を抑制する技術的評価・検証や、空間環境に応じたデバイス給電制御技術の評価・検証等の実証を行っており、今年度は、最終年の実証実験となる。
評価・検証の実証フィールドは、25年12月15日~19日まで横須賀市のYRP1番館玄関ホール及びYRPホールで行われた。参加機関は、研究機関として採択された東北大学、金沢工業大学、日本工業大学、大成建設、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)、国際電気通信基礎技術研究所(ATR)、電気興業(DKK)。
実証フィールドでの実施機関と主な役割は次の通り。
▽DKK=5・7GHz帯/24GHz帯WPT装置の提供
▽ATR=給電点/YRP1番館1階全体のWPT電力評価
▽東北大学=各機関実施時の信号のスペクトラムを観測
▽金沢工業大学=受電電力の実証・デモ評価(USBの出力を用意してスマートフォン充電)
▽NICT=無線LAN機器を用いた、WPT5・7GHzとの干渉・モニタの実証評価試験
▽大成建設=シミュレーション精度検証のための測定。
17日は、電気興業、金沢工業大学、日本工業大学、東北大学)が評価・検証を行い、向井ちほみ総務省総合通信基盤局電波部電波環境課長ら総務省及び関東総合通信局の関係者が視察した。
17日の実証試験の実施概要は次の通り。
YRP1番館玄関ホール内に24GHz帯WPT装置、YRPホール中央に5・7GHz帯WPT装置を設置した(いずれも実験試験局免許を取得済み)。
同日は次の3つのデモンストレーションを行った。
東北大学は、「各機関実施時の信号のスペクトラムを観測」を展示した。金沢工業大学は「受電電力の実証・デモ評価」でUSBの出力を用意し、スマートフォンを充電するところを見せた。日本工業大は「シミュレータによるスケジューリングアルゴリズムを実装し、実証評価」を見せた。
実証フィールドの実施概要をみると測定概要は、会議室内に5・7GHz帯WPT装置、YRP1番館玄関ホール中央に24GHz帯WPT装置を設置(いずれも実験試験局免許を取得済み)。給電される同一空間、壁を隔てた隣室空間、屋外に面する窓ガラス全面に電磁波防護シートを隔てた屋外空間と模擬した空間を設定した。各研究機関で単独で評価してきた研究案件をYRPホールでも実証・評価し、研究機関内以外での一般的なWPT設置環境でも研究成果の適用ができることの評価検証を実施した。
同研究開発の全体概要は次の通り。
課題は「【技術課題ア】新たな高周波数帯を活用した電力伝送効率化技術」(研究機関:電気興業、ATR、NICT、名古屋大学、名古屋工業大、金沢工業大)、「【技術課題イ】空間環境に応じた多数デバイス給電制御技術」(研究機関:ATR、日本工業大、NICT、東北大)、「【技術課題ウ】共存性評価技術」(研究機関:大成建設、青山学院大、三菱電機)である。
【技術課題ア】の技術概要は、ビームフォーミングの鋭角化が可能な、新たな高周波数帯(準ミリ波帯)の送電用デバイスを開発し、送信電力当たりの給電可能量を向上させる。▽新たな高周波数帯利用を視野に入れて、高出力鋭角ビームの送信機を開発し、数Wクラスの空間伝送型ワイヤレス電力伝送の実現を図る▽準ミリ波帯送電アンテナと5G基地局アンテナを共用化し、高電力となる給電システムから5G通信への干渉低減を図る。
【技術課題イ】の技術概要は、多数デバイスの給電タイミング等を適切に制御することで、給電時間割合を向上させる。▽多種多様なマルチデバイスを適切に送電スケジューリングするためのアクセス制御プロトコルを開発する。有人環境に対応するため電波防護指針によって定められている指針値以下となるよう給電を制御する▽空間環境に応じてビーム方向等を調整し、特定空間への漏洩電力量を最小化する技術を開発する。
【技術課題ウ】の技術概要は、他の無線システムへの与干渉を適切に評価する共存性評価技術を確立し、他者が管理する無線システムとの隔離距離を適切に設定することで、空間的稠密度を向上させる。
WPTは技術的には可能になったが、普及拡大に向けて依然として次の4つの課題がある。
▽人や無線通信との共存ができないため、導入可能場所が限定的である▽メディアアクセスのルールが存在しないため、同一空間内に複数の空間伝送型WPTシステムの導入ができない▽人や無線通信への影響が正確に見積もれないため、安全性が担保できない▽周囲環境を評価する方法が無いので、新規導入場所での影響評価が困難。
「同研究開発は、これらの課題を解決するために3つの課題、11の研究機関にて研究開発を実施している。委託研究の目標は、【技術課題ア】でWPTシステムの動作必要電力を2Wから7・5W程度にすることで動作必要電力を最大3・75倍とする。【技術課題イ】で給電時間割合を現行の20%程度から80%まで向上することで最大4倍にする。これらを組み合わせて、想定される複数のユースケースに対し、それぞれ最適化し利用効率10倍以上の改善を目指す」(YRP研究開発推進協会研究推進部)。
3つのデモンストレーションについて各担当者が詳細の説明を行った。
▽「各機関実施時の信号のスペクトラムを観測」(東北大学)
東北大のスペクトラム観測装置のシステムブロックを示した。WPT用の帯域の中で、2・4GHz、5GHz帯域は、Wi―Fi帯域が近傍に存在しWi―Fi通信への影響が懸念され、そのスペクトラム観測は重要である。そこで、東北大学はダイレクトRFアンダーサンプリング型のスペクトラムモニタへの適用展開を想定し、基礎実験として、アンダーサンプリングスペクトラムから、同帯域のWPTスペクトラムの再生を試みた、その結果、ダイレクトRFアンダーサンプリング方式を用いて、Wi―FiスペクトラムとWPTスペクトラムを同時に捉えることに成功した。今回は、そうした開発の背景を受けて、実証フィールドでのリアルタイムスペクトラム観測の様子を示したもの。
「私どもは、本来必要なサンプリングレートで例えば6GHz帯まで見ようとすると、その倍の12GHzまでサンプリングレートがないと再現できない。我々は意図的にサンプリングレートを下げ、その低いサンプリングレートで、リアルタイムにスペクトラムを再現しようという技術を進めている。今回は5・7GHz帯、24GHz帯のWPTの帯域を全部見られるようになっている。実際にこの実証フィールドの信号をここで見ています。実際リアルタイムで見ており、WPTのグルーピングの制御で2・4GHzのWi―Fiを使って制御している」(東北大学電気通信研究所)と説明した。
▽「受電電力の実証・デモ評価」(金沢工業大)
デモでは、USBの出力を用意してスマートフォンを充電するところを見せた。金沢工業大のレクテナアレーによる受電評価を見せた。
同大は24GHz帯の電波を直流に変換する「受電パネル」の研究を行っている。「受電パネル」は、アンテナと電波(交流)を直流に変換する整流器を一体化した受電素子であるレクテナ(マイクロ波を直流電流に整流変換するアンテナ)を複数配置し、構成されている。
送信機から受信機まで1mぐらい距離が離れている。送り側は約20Wの電力を出し、そこから無線で受電して直流に変換して携帯電話を充電するデモとなっている。
開発したレクテナについて金沢工業大学電気・光・エネルギー応用研究センターが説明した。
「受信側のレクテナの研究開発を担当している。この先端に付いているものは非常に小さい。周波数が24GHz帯と高い周波数を使っている。1波長自体が10ミリぐらいの小さなサイズになっているので、先端の40ミリ角の中にアンテナ素子を16個配置できている。その各々の1素子が1Wを受電して、それで直流を得る形になっている。このシステムでは、16W直流では大体12Wぐらいの出力ができる。それを携帯に充電できるようにした。電圧が30Vと高いので、それを5Vまで降圧して携帯を遠隔充電するデモシステムを作った」と話した。
さらに「技術的な特徴は2つある。ひとつは効率が非常に良い。世界一の効率として、無線電力伝送技術に関する国際会議『WPTCE2025』(25年6月にローマで開催)で当大学の電子情報システム工学科の伊東健治教授の発表論文が『Best paper award』として表彰された」と述べた。
受電素子として、24GHz帯において高いエネルギー変換効率を有するGaAs(ガリウム砒素)集積回路と高い熱伝導率を持つ窒化アルミニウムによるアンテナ基板をモジュール化した「24GHz帯1Wレクテナ」を開発した。高周波エネルギーの損失要素を最小化した結果、1Wの高周波入力電力で、直流への変換効率としては他に類のない世界最高の73・9%を実現したという。
「小さいところに10Wの電力を集中させて変換しているので熱問題が発生する。それを解決したのが2つ目の特長。内部の半導体チップが熱源になるが、そのままでは燃えて性能が劣化して問題となる。この半導体チップを熱放熱させるために、この基板と後ろにあるアルミの治具でヒートシンク(放熱器)の役割を持たせた。加えて、アンテナのリフレクターと呼ばれる反射素子の機能を持たせた。これらで熱的にも問題がないようにした設計となった。70%超という効率を、大きな電流でこれだけの狭いところに変換して受け取って充電することが実現できている」と話した(金沢工業大学電気・光・エネルギー応用研究センター)。
電気興業はこのデモで送信アンテナを提供した。24GHz帯WPTは、アンテナの小型化により高出力化が可能である一方で、伝搬損失が大きいため、比較的近距離での数ワット級の給電に適していると考えられている。なお、同社はこの送信アンテナに取り付けられている「1024素子・2偏波対応の24GHz帯WPT装置」について、実証評価を目的とした実験局免許を25年3月7日に取得している。
電気興業R&D統括センターワイヤレス研究所では「このWPT装置は、表面にそれぞれ1素子になっている10ミリ程度の角がまとまっている。その一つひとつが円偏波の複偏波アンテナになっている。そして、空間上で円偏波を直線偏波に変換できる。なぜ、こうしたことが必要かというと、携帯電話を持つ時に斜めになると、偏波面が変わる。45度で3dB落ちてしまう。20Wが10Wになる。WPTでは大変影響があるので、偏波面が変わることに対応したアンテナを設計した」と話した。
「具体的には、偏波面角と上下左右のXY方向及びZ軸方向に合わせる形のフォーカスビームを作って、収束させるビームを作る形にした。目標は40W送電向けだが、現在は20W相当、等価等方輻射電力で78dBmという状態になっている。送電すると、小さい複数の角がたくさんつながっているその間を通る電波が円偏波を作っている形だ。通常は円偏波を作るとすると、ハイブリッドみたいな立体回路を用いた素子が必要だが、その形状がいらない特殊なアンテナを使用している。素子自体は汎用の5G用のチップを使っているがそこでWPTとしての性能を出そうとしている。汎用なので、熱効率が悪く水冷方式で熱を下げている」(同)。
▽日本工業大の開発アルゴリズムの実証研究である「シミュレータによるスケジューリングアルゴリズムを実装し、実証評価」では、給電効率を高めながら携帯電話に充電するアルゴリズムを開発。アンテナ装置とビームを受ける端末装置を置いてアルゴリズムによる効率のよい割当ての様子を見せた。
「ここではアンテナ10個と端末10台という想定で、その10台に向けて全体的に給電して効率を高めるようなアルゴリズムをお見せしている。32素子のアンテナからビームを向ける。そうすると、電波の届く方向は絞られるので、そのビームを向けているアンテナごとに切り替えている。その時、ひとつのビームを1台1台に向けると効率を落としてしまう。例えば10台あると時間は10分割しないといけない。そうすると、充電できる端末が10分の1台でしかないので、距離で近くに偏っている端末をひとつのビームを充てる。ここでは、グループが大体3つあるように使われているので、そうするとビームを3つだけ切り替えればいい。そうすると、時間の切り替えを10分の1から3分の1となる。その分、13倍ぐらいの時間をその給電に使えるので、全体的な効率が上がる方式だ」と述べた。
さらに特長として「端末によって消費電力が違うので、その充電量の差でばらつきがある。この充電量を全部、送信側にフィードバックできる機能が入っている。バッテリーがいちばん少なくなってきたようなところに対して、ビームを集中的に振り向けるアルゴリズムが入っている。例えば、3番目の減りが早い。そうすると、ビームを向けている時間の割合も少し長めに頻度が高くできる。これらによって、端末のバッテリー切れを抑えつつも、全体としての給電効率を高めるような、公平性を保ちながら給電していくアルゴリズムとなっている」(日本工業大学基幹工学部電気情報工学科スマート情報センター)と話した。
さらにデモでは、端末ごとに消費量が変わるようにセッティングした。減りが早いところにはビームを向けるタイミングの回数を増やし、で、減りが少ないものは回数を減らす。グループの中でいちばん低くなりやすい端末がある場合には、そこに集中的に送るような形になる。ビームを送ると手前側と外側で外側の方が減衰量が大きい。そうすると充電する時間も量も減るので、それに合わせてグループ全体で平均的に取って、すべての端末が電池切れを起こさないアルゴリズムを開発した。
「ビームでのスケジューリングというのは、通信の世界では公平的に通信するのがあるが、電力伝送の世界では公平に分配することはまだ誰も行っていない。そこが新しいところで、これは通信のトラヒックのアルゴリズムを電力伝送に持ってきて、しかもひとつの電力をパケット化する。トラヒックの世界でいわゆるキュー制御をする、スケジューリングところを電力伝送に持ってきて、解析をしやすくする。ここも新しい技術だ。アルゴリズム自体は昨年度までにできていたが、アルゴリズムを入れた装置を今回、実装して、ほんとうにその通り動くか実証実験をおこなっている」と述べた。
向井電波環境課長は視察した後「いずれも画期的な技術だと感じた。一つひとつの実証実験を積み重ねて、実現に向けて進めることはとても大事なことだ。こういった技術がいずれ成熟して実用化される動きに、制度も併せて整備を行うことが重要だと改めて感じた」と述べた。
写真は 「受電電力の実証・デモ評価」(金沢工業大、電気興業)
この記事を書いた記者
- 元「日本工業新聞」産業部記者。主な担当は情報通信、ケーブルテレビ。鉄道オタク。長野県上田市出身。
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