
南極で世界初の自律型AUV無索海氷下航行、東大・極地研・東京海洋大
東京大学生産技術研究所、国立極地研究所(極地研)、及び東京海洋大学は今般、南極リュツォ・ホルム湾とトッテン氷河沖で、自律型海中ロボット(AUV:Autonomoos Under Water Vehicld)「MONAKA」(モナカ)による無索(AUVと船を繋ぐケーブルを外した状態)での海氷下航行に成功したことを明らかにした。両海域でのAUVの無索運用は世界で初めて。2022年度の第64次南極地域観測より「モナカ」の運用を開始し、2024年度の第66次南極地域観測でリュツォ・ホルム湾とトッテン氷河沖での無索運用に成功したもので、今後は更なる性能向上を図り、今年度に予定されている第67次南極地域観測での運用に備える考えで、氷床融解と海洋環境の関係解明に役立つ観測データを提供し、地球システムにおける南極の役割解明に貢献するとした。
南極の氷床及び海洋環境は、地球全体の環境変動に大きく影響すると考えられており、船舶や航空機、人工衛星などのプラットフォームにより観測されてきたが、船舶の入れない棚氷や海氷の裏側、その下に広がる海はほとんど観測されていなかった。ケ-ブル不要かつ全自動で運用できるAUVは新たな水中探査プラットフォームとして注目されているが、母船の動きが制限されるため連携が難しいこと、浮上できる場所が限られるなどの課題から、氷海域における展開事例は限られていた。
そこで、東大・極地研・東京海洋大の研究チームは、「MONAKA」が氷海域の奥深く潜入して形状計測を行い、その後投入地点まで安全に帰って来られるよう、マルチビームソーナーとドップラー式対地速度計(DVL:Doppler Velocity Log)、慣性航法装置(INS:Inertial Navigation System)を備えたセンサユニット、音響測位装置、これら機器による氷及び母船に対する相対ナビゲーションアルゴリズムを実装した。
第64次南極地域観測(夏隊)では、日本初の南極海でのAUV運用を昭和基地沖の定着氷及びラングホブデ氷河沖で実施。この際には20回の潜航で17時間、15kmの自律航行を実施し、延べ約0・5平方kmの海底地形形状と約0・46平方kmの海氷裏面形状を得たが、無索での運用ができなかったため母船の「しらせ」周辺での運用にとどまった。
第66次南極地域観測(夏隊)では、第64次の結果を基に「MONAKA」の性能向上を図るとともに、運用方法を再検討のうえ挑んだ。東京海洋大の溝端浩平准教授が代表を務める重点観測課題「東南極の氷床―海水―海洋相互作用と物質循環の実態解明」の一環として、極地研の真壁竜介准教授指揮のもと、東大からは山縣広和特任研究員、関森祐樹博士課程大学院生、竹本健人修士課程大学院生が隊員として運用にあたった。
リュツォ・ホルム湾では6日間で8回の航行を実施し、合計約11km航行する中で映像・海流・水質などのデータを得た。本年2月8日には無索での100mの往復航行に成功。また、トッテン氷河沖でも4日の運用日程で2回、合計で約1・5kmの航行を実施し、このうち1回は無索での200mの往復航行。両海域でのAUVの無索運用は世界初で、無索運用の達成により、従来母船近傍に限られていた運用範囲が数百m規模に拡大し、観測困難だった棚氷下部の探査が現実的な目標となりつつあり、氷床質量の変化や海洋との相互作用に関する理解を深めるうえで重要な一歩となった。
東京大学生産技術研究所の巻俊宏准教授=写真=は、「氷の下は地球上で最高レベルにアクセスが難しい場所で、わかっていないことが山積み。AUVは氷の下にアクセスできる点に価値があると考えている。今後はよりチャレンジングな環境にロボットを送り込み、科学的な新発見を目指すとともに、『ロボットでこんなこともできるんだ』と皆に夢をもってもらえるよう、研究を進めていく」とコメント。
研究チームでは、同実験により氷海域探査用AUV「MONAKA」による南極海の完全氷結域の探査の技術的目途が立ったとした。具体的には、①母船との連携が難しい②音響が乱反射することで位置推定が難しい③浮上できる場所が氷の無い環境に限られる、等の課題に対して、氷及び母船に対する相対ナビゲーションアルゴリズム、スキャニングソーナーによる障害物回避手法によって限られた場所に浮上できることを確認し、さらにCTDなどのセンサで水質データも取得できた。
この実験で得られた各種センサデータをもとに、自律航行アルゴリズムのさらなる性能向上を図り、2025年度に実施の第67次南極地域観測では、「しらせ」及び海上自衛隊の協力のもと、さらなる長距離運用を目指す。南極の海氷や棚氷の計測を通して、地球システムにおける南極の役割の解明や、地球環境変動予測の高精度化に貢献していくとした。
◇
※AUV:無索・全自動で行動する海中探査ロボット。母船から離れ、広い海域を効率的に調査することができる。海中では無線通信手段が限られるため、人間の指示を受けずに行動する高い自律性が求められる。
※棚氷:陸上の氷河や氷床が海上に張り出した部分。その厚さは海水が凍ってできる海氷よりも非常に厚く、数百mにもなる。
※マルチビームソーナー:複数の超音波ビームにより物体の、形状を計測するセンサ。海底地形の計測に広く用いられるマルチビームソナーとも呼ばれる。
※DVL:海底に超音波ビームを照射し、その反射波の周波数から海底に対する相対速度を求めるセンサ。
※INS:高性能な加速度・角速度センサによって自身にかかる力を計測し、自己位置や姿勢を推定する装置。
※CTD:Conductivity(電気伝導度)、Temperature(温度)、Depth(深度)という海水の基本パラメータを計測するセンサ。これらの情報から塩分濃度や水中音速を推定できる。
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