防災科研、日本版災害チャータの取り組み
国立研究開発法人防災科学技術研究所(防災科研、本所・茨城県つくば市、寶馨理事長)、富士通、衛星データサービス企画(SDS、東京都千代田区、粂野和孝代表取締役社長)、三菱電機の4者は、衛星データを活用した災害対応の体系的な枠組み「日本版災害チャータ」による本格サービス開始に向け、実運用スキーム(「日本版災害チャータ」のサービス提供に必要な運用機能のこと)の高度化を目的とした共同研究契約を5月15日に締結した。共同研究のもと、4者は「日本版災害チャータ」の事務局(「日本版災害チャータ」の全体統括、管理、運営等を一括して行う組織のこと)機能強化、システム改善を行っている。
具体的に4者は、これまでの共同研究成果をもとに、2025年度から「日本版災害チャータ」による実証サービス提供開始と、将来的には、24時間・365日対応へのサービス拡張を目指している。また、「日本版災害チャータ」を通じて、災害対応における衛星データの利活用拡大を図っている。
従来は衛星ごとに異なる複雑なタスキング(観測対象・時間・センサ条件等を指定し、衛星に撮影を指示すること)方法への対応、対応人員の確保、24時間365日体制の維持ができず、衛星データを効率的に活用する枠組みの構築が求められていた。
今後は統合タスキング(複数の衛星を連携させ、最適な観測計画を自動で立案・実行する技術)と日本版災害チャータのサービスを利用することで迅速な初動対応や効率的な復旧・復興作業が可能になる。
地震や水害等の広域災害発生後の初動対応や復旧・復興作業時に、迅速に被災状況の全容を把握することは非常に重要だ。
人工衛星が観測する衛星データは、一度に広範囲の被災状況を把握でき、災害時の活用に効果が期待される一方、衛星データを解析する事業者等のデータ解析機関だけでは多種多様な衛星データの解析や予測不能な災害に24時間・365日対応できず、特に自然災害が多発する日本において、衛星データを効率的に活用する枠組みの構築が求められていた。
「日本版災害チャータ」は、災害発生時、日本および海外が運用する人工衛星を活用して被災エリアを迅速に観測し、国や指定公共機関(公共的機関および公益的事業を営む法人のうち、防災行政上重要な役割を有するものとして内閣総理大臣が指定している機関)、自治体、民間事業者等のユーザーの要請に応じた解析データを速やかに提供することを見据えた枠組みで、情報提供サービスの開始を目指している。「日本版災害チャータ」のサービスを利用することで、ユーザーは災害発生後の被災状況の全体像を速やかに把握でき、迅速な初動対応や効率的な復旧・復興作業が可能となる。
今回、締結した共同研究契約により、4者はこれまでに共同で構築を進めてきた「日本版災害チャータ」の事務局機能や、事務局が運用する情報提供システムである「衛星ワンストップシステム」(災害時に観測可能な衛星を検索し、データ取得・提供までを速やかに実行するシステム)をさらに高度化する。事務局機能に関しては、官民連携ビジネスモデルの検討、衛星データ共通解析機能の強化、衛星データ等を迅速に共有するシステムの高度化を行っていく。
また、情報提供システムに関しては、災害発生検知から衛星タスキング指令(観測対象・時間・センサ条件等を指定し、衛星に撮影を指示する命令)のプロセスを自動化し、これまで手作業だった調整フローを省略することで、初動対応時に必要となる被災状況の解析結果提供までの時間を大幅に短縮することを目指す。
これらの取り組みを通じて、「日本版災害チャータ」の実運用スキームを高度化し、社会実装に向けた取り組みを加速する。
ここでの役割分担をみると、防災科研はユーザー等との訓練や実災害における実証実験の計画・推進取りまとめ、社会実装の牽引を行う。
富士通は「衛星ワンストップシステム」の高度化および訓練、実災害時における運用支援を行う。
SDSは民間事業社主導での自動タスキングおよびデータ連携基盤の構築・検証、事務局機能の高度化を行う。
三菱電機は衛星データの共通解析機能の強化および実証実験の支援、官民連携ビジネスモデルの検討推進を行う。
「電波タイムズ」は、「日本版災害チャータ」への取り組みの進捗状況を国立研究開発法人防災科学技術研究所の田口仁研究統括(総合防災情報センター 防災情報研究部門)に話を聞いた。
――はじめに防災科研の活動を教えてください
「地震、津波、火山噴火、暴風、豪雨、豪雪、洪水、地すべりなどあらゆる自然災害(オールハザード)に対する総合的な研究開発(オールアプローチ)を実施しています。様々な防災に関わる情報がある中で、私たちは社会が情報を最大限活用した対応を実現するための研究開発に取り組んでおり、衛星からの情報もそのひとつです。『デジタル技術を活用した防災・減災研究開発』として、被災状況把握の迅速化や、先手を打つ災害対応に有効な情報の生成・発信のための総合防災情報基盤の研究開発を行っています。例えば、災害対応に必要な情報を多様な情報源から収集し、迅速に共有する機能を備えた、防災情報の流通を担うシステム『SIP4D』を開発しました。『研究開発成果を活用した防災行政への貢献』として、内閣府ISUT(災害時情報集約支援チーム)の一員として、SIP4D等を介して災害情報を収集・集約し、現地災害対策本部、災害対応機関等へ共有してきました」
――その中で、衛星データに着目したのはなぜですか
「我々の研究部門では、特に災害時の状況認識の統一に向けて情報共有の実現に取り組んできました。その過程で、こういう情報をもっと早く知りたい、こういう情報がないと困る、といったニーズが出てきました。そのなかで一番ニーズが多かったのが被害状況の把握です。そのための解決策として、地球を周回している人工衛星からの観測データの活用に着目して取り組んだのが『日本版災害チャータ』です。衛星データは早期・広域被害把握において非常に可能性を秘めています。国内外で光学センサを搭載した光学衛星や合成開口レーダを搭載したSAR衛星といった様々な人工衛星が飛んでいます。光学衛星は雲がかかったりするとデータが撮影できないですが、SAR衛星の場合は自ら照射して雲を透過する電磁波の波長帯ですので、昼夜や天候を問わずデータが取得できるメリットがあることから、我々は主にSAR衛星を使って発災直後の被災状況を把握することを目指しています。国難災害(大規模な広域な災害)となると、ひとつの衛星や単一の『衛星コンステレーション』(多数の人工衛星を連携させて運用するシステム)を使うだけでは全体をカバーできません。1度に衛星が被災エリアを観測できる範囲は限られます。国難級災害時は多数の衛星の活用が必須なのです。国難級災害の際は国も自治体も民間企業も災害対応を行いますが、それぞれがバラバラに衛星による緊急観測を依頼した場合、結果的に人口が多いところや報道が多いところなどの観測エリアに集中や偏りが生じる恐れがあります。衛星は面的・網羅的に観測できることがメリットなのに、観測エリアの集中や偏りが生じたらもったいないと思います。衛星観測を効率的に行い、観測データを効率的に活用できるようにする枠組みが必要なのです」
――近年、小型衛星も多く打ち上げられています
「人工衛星の軌道情報は公表されており、衛星を地球の周りに仮想的に配置して画面上に可視化するアプリもあるくらいです。衛星の観測スペックがどのくらいで、この時間帯にどのあたりのデータが観測できるか、ということは計算が可能です。宇宙ビジネスがますます活発化しており、小型衛星の数が増え、観測できる頻度や時間帯が増えてきました。発災直後から時間が経過するにつれて現場の人による報告情報が入ってきます。人間の情報は信頼できるわけですが、国難級災害になれば現場から情報が上がってこない可能性があります。我々は、特に発災直後の数時間から半日ぐらいの時間帯で、衛星データの活用による被害状況の把握に期待しています。小型衛星によってさらに様々なタイミングで観測できるようになるので、そういうものを最大限活用してコントロールしていこうというのが我々の考えているところです」
――多数ある衛星のタスキングが重要になってくるのですね
「防災科研が技術開発してきたのは、衛星が数多く飛んでいる中で、どの衛星を使うと被災域全体を捉えられるか、この衛星だったら早いので優先的に使用する、データ取得まで時間がかかる衛星は避けるなど、発災直後に観測が可能な衛星に戦略的にタスキングしていくための技術です。その実現には、衛星を運用する事業者は複数いるわけですが、観測しなければならない場所をしっかりと特定しなければいけない―それをトリガーと呼んでいます。例えば、地震が発生したら防災科研では面的な震度分布を推定しており、確実に観測すべきところを場所として把握し、そして衛星へ観測を依頼する。それが可能な技術と実績があって初めて、衛星がこのように飛んでいるから、この時間帯でこの場所を観測してもらう、ということを指示できるようになります。プロセスをしっかり踏んだ上で、初めていろいろな衛星に対して的確にオーダーができるのです。発災直後の衛星データが来て、それを解析して、建物の被害であるとか浸水域がどこであるか、土砂災害がどこで起きているかなどが把握できるようになるのです。ステップを踏んで衛星観測をしっかりコントロールしていかないと、社会に役立つような衛星データによる情報プロダクツは作成できないと考えたということです」
――「日本版災害チャータ」の構想のひとつに『衛星タスキングからデータ提供までをワンストップで実施』とありますが
「防災科研には様々な研究開発がありますが、今回の「日本版災害チャータ」に関連したところでご紹介すると『衛星ワンストップシステムの研究開発』(富士通と共同開発)があります。これは、発災時に多数の衛星によって被災エリアを迅速に観測し、情報プロダクツをユーザーへ提供するために開発した実証システムです。産官学連携で災害対応を通じて実践しています。具体的には▽気象情報や予測シミュレーション等から災害が「いつ」「どこ」で発生するかを予測・推定▽「いつ」「どこ」をどの衛星が観測するべきか推奨し、速やか衛星観測を依頼▽各衛星からデータを受領し、解析処理を速やかに実行④情報プロダクツとして災害対応者に速やかに提供―となっており、ひとつのシステムで完結して、災害時衛星活用のDXを目指して開発してきました」
――「日本版災害チャータ」の今後の展開は
「2024年度から災害時実証としてチャータはスタンバイしており、大きな災害発生時、実際に発動しています。そして、本格運用に向けて知見を高めています。国土交通省などとも連携して、衛星に対して実際にオーダーを出して解析結果を作ってプロダクトとして迅速に渡していく、そういう実証に取り組んでいます。台風は進路がある程度予測ができるので準備はできますが、地震は突発的に起きるので、いつ発動するかはわかりません。今年度も共同研究の中で、例えば8月の九州の大雨災害では小型衛星と連携し、浸水域を抽出して国土交通省に解析結果を提供しました。引き続き実証を続けて実用化に向けて取り組んでいきます」。
◇「日本版災害チャータ」の概要
「日本版災害チャータ」の構想概要は次の通り。
▽災害後、早期に多様な衛星の観測データを取得、迅速かつ的確な災害対応に貢献
災害発生後、多種・複数機の衛星による緊急観測(災害発生時に政府や地方自治体の要請に基づき、通常の観測計画を変更して実施する衛星観測のこと)を実施。「衛星ワンストップシステム」により災害発生から数時間程度で広域な観測データに基づく被災状況データを提供することで、初動対応の迅速化に貢献。
▽ユーザーニーズに従い、衛星タスキングからデータ提供までをワンストップで実施
日本および海外が運営する多種・複数機の衛星の中から、「日本版災害チャータ」事務局が災害種別・発生時刻・規模・天候等に応じて最適な衛星タスキングを行うことで、ユーザーのニーズに沿った衛星データを取得・解析し、提供。衛星ごとに異なる衛星プロバイダー、データ解析機関との契約や調整を「日本版災害チャータ」事務局が一括実施することで、ユーザーはサービスの利用に専門知識を必要とせず、希望する情報をワンストップで入手可能。
▽定期的なモニタリングにより、災害後の復旧・復興および被害抑止に貢献
災害後に衛星で同一エリアを定期観測し、被災前後や経時変化を可視化するモニタリング技術を開発することで、復旧・復興作業の進捗を継続的かつ効率的に把握。災害発生前、直後およびその後の経過を観測したデータの比較から、液状化・地滑り等の被災エリアを特定しユーザーに提供することで、二次被害の抑制に貢献。
この記事を書いた記者
- 元「日本工業新聞」産業部記者。主な担当は情報通信、ケーブルテレビ。鉄道オタク。長野県上田市出身。
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